Ⅸ‐5
西島のテンションがちょっと上がってる今がチャンスだ。俺は速やかにパンチさんに電話して、パンチさんの店からバイクを貸してくれるように頼んだんだけど、ごねられちゃってさぁ。
「えっ? そんな、お前、ダメだよ。店の商品に手ぇ出せるわけないだろ」
「別にくれって言ってるわけじゃないんですよ、一晩だけ貸してください」
「いや、ダメだって」
完全にパンチさんを当てにしてたからNGが出るとは思わなかった。文字通り売るほどバイクあるんだから気楽に貸してくれると思ってたし、ぶっちゃけパンチさん以外でバイクを貸してくれるつてなんか無い。田舎の緩さを買いかぶり過ぎた。しょうがないっちゃ、しょうがないんだけどさぁ、しかしなぁ、絶対に何が何でも今日この瞬間にバイクが欲しいわけじゃん? このままじゃ俺、盗んだバイクで走りだしちゃうよ?
「人がプレゼントした15万の竿は売るくせに…」
「えっ? お前…」
「知らないとでも思ってたんですか?」
「いや… お前… それはお前…」
「とりあえず、そっちに向かいますね」
俺はパンチさんが何か言おうとしてたのを無視して電話を切った。これ以上ごねられて断られでもしたらたまらん。
「えっ、何かもめてない?」
「ううん、全然」
「ホントに? いいよ、そんなに無理しなくて」
「無理なんかしてないよ。西島は俺がバイク取ってくるまでに親に今日の夜は友達の誰かのうちに泊まるとか言ってアリバイ工作しといて」
「うん、分かったけど…」
西島の気が変わらないうちに、早くバイクを借りに行かなくては。しかし、まさかダメとか言われると思わなかった。まあでも揺さぶっといたし、あとは泣き落としかめんどくさくなるくらい粘って何とかするしかない。今日の俺はいつもと違って何だってできそうだしやっちゃう。
パンチさんの家に着いて電話して、パンチさんが出てきた瞬間から一言も発させないうちに泣き落としモード。パンチさんが「いや… だからマジでダメなんだって」って言ってるのは聞こえたけど聞こえないふりして泣き落とす。
「普段、俺、こんなわがまま言わないじゃないっすかぁ」
「お願いお願いお願い、ホントにお願いしますって。もうパンチさん、お願い」
「え~、パンチさん、マジで言ってんすか?」
「大丈夫っすよ。安全運転しますし、事故ったりなんかもしませんって」
「返す時はガソリン満タンにして洗車してから返しますから。ねっ? いいじゃないっすか、ちょっとだけですって」
「ねぇ、パンチさん、パンチさん。お願いしますよ、一生のお願いここで使うんで、今夜一晩だけバイク貸してくださいよぉ」
真剣な顔して頼んだり、腕に絡みついて泣き落としたり、とにかくパンチさんを揺さぶった。悪質なのは分かってる。でもわしは西島と海に行きたいんじゃ!
「いや、マジで無理だから。それにお前、カブ持ってんじゃん」
「二人乗りしてるとこ見つかったらヤバいじゃないですか」
「銚子に行くんだろ?
「そんなこと言って貸したくないんじゃん」
「うるせぇな、ホント、お前はよぉ。分かったよ、貸すよ。ただ絶対に事故ったりすんなよ」
「やった~!」
あっぶねぇ。ギリギリ首の皮一枚繋がった。パンチさんが渋々ながらも家のガレージから青い
「パンチさん、俺はこれからもパンチさんについていくんで」
「そうかよ」
「パンチさん大好き!」
パンチさんはもうどっか行ってくれって感じであきれてたけど、俺はそれを見てうれしくなってニカっと笑った。
バックファイアをパンパンと盛大に鳴らしたり、コール切ったり蛇行運転しながら「うっひょ~、超
夏休みの夜ってドキドキする。少しくらい、いけないことをしたって神様も大目に見てくれるような、そんな空気に満ちているからかも。それに背中から伸びる白い両腕がかわいくて、それだけで、もうどうでもよくなった。
この夜に走るこの道は、俺と西島だけのためにどこかの誰かが用意してくれたんじゃないかってそんな特別感さえ感じるし、きっと世界は俺達のために回ってる。
夜のとばりに染まった景色を時速120キロで追い越しながら、風の音しか聞こえない世界で「めっちゃ好き」ってこっそり西島につぶやいた。聞こえてるわけないけどね。16の夏の夜にバイクに女の子乗せてこんなことしてみ? いろんなもんぶっ飛ぶぞ。
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