Ⅴ‐5

 ギャンブルで金を手にする時間はあっという間だけど、失う時間はもっと早い。瞬きする間に誰かに財布から金を抜き取られてんじゃねぇかってくらい早い。パンチさんのバカづきが終わっていつものパンチさんが帰ってきた。


 連戦連勝から1度負けて、まあ、たまにはこんな時もあるかってやって2度目も負ける。「調子悪いのかな?」って思い始めて3度4度と負けが続いて、5度目のギャンブルでやっとこちょいプラス。よし、つきが戻ってきたと大勝負に出た6度目で大負けしてさらにドツボにハマっていく。


 その後も大負けが続いて鼻クソみたいなちょいプラスが悪魔的なタイミングで現れてはパンチさんの射幸心を煽りに煽って躍らせる。気付けばプラスが一気にマイナスになって100万あった勝ち分はとっくに全部溶けて、それでもやめられなかったパンチさんはプータローが借りられる限度額MAXの50万まで借金をした。その50万もあっさり溶けてギャンブルをしようにも打つ金が完全に無くなって、買ったばかりの15万の竿も5万のリールも売ってそれが5万になって返ってきて、その金を握りしめて絶対に負けられねぇって意気込んでパチ屋に行って、2時間ストレートにのまれて溶けちゃいけないはずの金が簡単に溶ける。後悔で胸がいっぱいになってガチで死にたくなって、でもまた家にある金目の物を全部売り払って金を作っては勝負して、1時間もしないうちに溶けて家に帰ることになる。


 ギャンブルに勝ち続けて脳内麻薬でぐちゅぐちゅになった脳みそは、その快感をお代わりしようとパンチさんに命令する。こんなはずがない。今回はたまたま運が悪かっただけだ。今度やればまたつきは戻ってくる。


 明らかに人相が悪くなってイライラしてるパンチさんを見ていられなかった。ただ「もうやめた方がいいですよ」って後輩の俺が言って止まるとも思えなかった。


 パンチさんは自分の博才を完全に信じてる。それを否定する言葉を吐くやつに耳を貸すはずがない。周りにできるのは落ちるとこまで落ちたパンチさんが自分で這い上がろうとするのを待つことだけだ。


 ギャンブル依存症はれっきとした病気で、国もそれを認めてる。世間では自分の感情をコントロールできない人がなるものだと思われがちだけど違う。本人の意志でどうにかなるような簡単なものじゃない。重度のギャンブル依存症者が本気で治療したいなら専門の医療機関と患者を支えてくれる家族とか周りの協力が必要不可欠なめちゃくちゃやっかいな脳の病気だ。


 何よりもギャンブル依存症の一番不幸なところは依存症という言葉に反応してしまって、患者本人や患者の家族が患者を意志の弱い人間なんだと思ってしまうこと。そういった誤解や偏見が患者自身の治療を遅らせる。


 パンチさんを見ていて、ネットに転がっている依存症チェックシートで判別してみたら正真正銘のギャンブル依存症者だったし、何なら俺も重度の依存症者だった。ヤバいと思ってて、でもパンチさんから俺に電話がかかってくる様子も無い。


 あの野郎、勝った時だけでかい顔しやがって許さん。俺はパンチさんに電話して、また釣りに連れてってくださいよって電話した。パンチさんは「いや~、今それどころじゃねぇんだよ。俺、あれからパチンコと競馬と麻雀で負け続けちゃって今は逆に借金が50万もあってさ。だから今はそれ返すのに週7で働いててさ。借金なんてするもんじゃねぇな。マジで知らない番号からの電話がバンバンかかってくるから」とか何とか言ってた。


「パンチさんなら、取り立てに来てもほとんどのやつ腕力でぶっ飛ばせますよ。それに実家でパラサイトしてるんだから、稼いだら稼いだ分だけ借金減らせるんだしいいんじゃないすか」

「そうだけどさ、やっぱ金は、額に汗して稼がないと俺みたいなバカはダメだわ」


 パンチさんが寂しそうに言ってて、俺は「ずっとあのペースで稼げるならみんなギャンブラーになりたいですよ」ってパンチさんを励ました。


「今度の給料日、パンチさんの敵討ちしてくるんで」

「やめとけよ。今の俺を見て何とも思わねえのか?」

「負け始めた途端にどんどん人相が悪くなってイライラしてるパンチさんはドン引きしました。勝ち逃げしましょうって言ってそうするって言ったくせに即行でパチやったのも」

「じゃあ、何で敵討ちとか言ってんだよ?」

「俺なら勝ち逃げできるんじゃないかと思って」

「みんなそう思ってギャンブルやってんだよ」

「そうですよ。何でパンチさんが落ち目になったからって俺までそうなるって思わなきゃいけないんですか? ぶっちゃけあぶく銭で食う飯うまいし、爆勝ちした時の気持ち良さ異常だし、散々楽しんでおいて俺にやるななんてズルいっすよ」

「どうなっても知らねえぞ。俺はギャンブルから足洗うから」

「ホントかなぁ? じゃあ、パンチさんに3万あげますよ。その代わりパンチさんがまたギャンブルしたら5万円ください」

「その提案自体がギャンブルじゃねえかよ。やらないっつっただろ。それに俺が嘘ついたらどうすんだよ?」

「パンチさんはそういうとこは正直だと思ってるんで。それにもう俺が言った賭けに反応して自分がやるとこ想像しちゃってるじゃないですか。たぶんまたやりますよ」

「うるせえな、人の決心にケチつけんじゃねえよ」


 自分も重度のギャンブル依存症だって分かってて、その怖さもやっかいさも分かってて、それでもギャンブルはやめられない。


 パンチさんにも言ったけど、あぶく銭で食う飯はうまいし、連チャンしてる時の脳汁半端ないし、どん底からの逆転劇を何度も繰り返すマンガの主人公はカッコイイ。タバコが何で好きかって体に悪いからだし、ギャンブルは人をダメにするからいいんだと思う。ド深夜に油ギトギトのラーメンを食ってうまいと感じるのは、絶対に背徳感ってスパイスが効いてるからだ。


 たまにさ、自分の努力で積み上げてきたものを一瞬でぶっ壊してみたくなる時ってない? 破滅願望? よく分かんないけど、たまに正解ばっかり選択してる自分をバカにしたくなる時が俺にはある。そうでもしないと周りがバカに見えてしょうがない時があるから、自分で自分を笑ってやらなきゃしょうがないって気分になる時が俺にはある。ほんでもってそういう時の酒とタバコとギャンブルは困ったことに最高なんだよな。

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