Ⅲ‐8

 何の話でそうなったんだっけかな? 最初はマンガか何かの話をしてて、そこから格闘技の話になって、そういえば安田さんってキックボクサーだったんですよねみたいなことを俺が言って、そしたら安田さんが「ちょっと教えてやろうか?」って言って、俺は安田さんの目の前に立ってる。


「いいか? パンチってのは、よけるか弾けば痛くないんだよ。見てろ。パンチが来たら外に弾くんだ」


 安田さんはそう言って、一度だけゆっくりとパンチを打ってくれて、俺はそれをタイミングを合わせて弾いた。安田さんのパンチは軌道から外れ、俺の体に触れることなく空を切る。ここで重要なのが次の安田さんの言ったこととやったこと。もう一度言うけど、ゆっくりとパンチを打ってくれたのも説明してくれたのもこの時のたった一度だけだったっていうこと。


「分かっただろ? じゃあいくぞ」


「えっ? 何が?」と思ってる間に安田さんのフルスイングのパンチが飛んで来た。反射的にパンチを弾けたからよかったものの、この人って超怖い。「分かったか?」とか言われたけど分かったか? じゃねぇってば、ホントに。


「パンチが怖いのは分かるし、つい目をつぶっちゃうのも分かるんだけど、身の危険が迫ってる時に必要以上に怖がったり目を瞑る方が危ないから」


 いや、分かるけども。いやぁ~、マジでまぐれでも安田さんのパンチをさばけた自分を褒めてやりたい。俺は安田さんにその後もキックボクシングを教えてもらったりしてたんだけど、教え方はいつもこんな感じだった。パンチのさばき方の他にも色々と教えてもらって、他にはパンチとキックの打ち方とか、相手と対峙した時の構え方、それと最後にカウンターを教えてもらった。


 パンチはね、結構自信あったんだけど、打った瞬間に安田さんに「ああ…」って残念だなみたいな声を出されて、「素人のパンチだね」って。「遠心力を使ってフック気味に打ってるけど、ちゃんと足と腰を使って真っすぐに打った方が強いよ」とか「その打ち方だと分かりやすいしさばきやすいから」って言われてちょっとショックだった。


 逆に何とも思ってなかったキックは褒められて、体がやわらかい分、高い位置から回し蹴りが打ててるって。まあでも実践では前蹴りの方が使えるよみたいなこと言われたかな。


 あとは構え。ファイティングポーズだけど、相手に正面を向けるんじゃなくて半身にして、体の中でも割と打たれ強い肩を使って防ぐといいとか言われたり、結構分かりやすく教えてくれたんだけど、実際にものになったのはパンチのさばき方だけだったかな。


 いざ喧嘩って時に、相手の間合いを取るタイプなら構えもパンチの打ち方も重要なんだろうけど、喧嘩の時は距離感が目まぐるしく変わって乱れたりしやすい。そんな中で距離取ってっていう高杉が俺との喧嘩でやってきたやり方を、俺が本チャンで実践できるほどには習得できなかったし、せっかくの柔道の技が使えないのもね。


 そんな中で俺のファイトスタイルとは違うんだけど、使ってみたくなったのがカウンターだった。一番有名なパンチの方のクロスカウンターも教えてくれたんだけど、何かね、膝蹴りのカウンターもあって、パンチが来たら、よけるのと同時に相手の懐に踏み込んで、踏み込んだ足とは逆の足をそのまま腹にぶち込むっていうのを教わったんだよ。


 カウンターのすごいっていうか恐ろしいところは、普通はよけて移動して攻撃するから3回動作があるんだけど、カウンターは、よけるのと移動が同時でそのまま攻撃だから動作が2回で済むところ。しかも相手が攻撃した直後で体勢が無防備になってるところに食らわすからヤバい。


 あれだけムチャクチャする安田さんでも、カウンターの時だけはスローモーションにしてくれたし寸止めしてくれた。しかも寸止めしてくれても心臓がヒヤッとするからね。本能的に「まずい!」っていうのが分かるっていうかとにかくヤバい。


 よくマンガとかで主人公が必殺技として使ったりする理由が初めて分かったっていうか「『はじめの一歩』の宮田みやた君ってこんなにカッコイイことしてたの?」みたいなね。

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