Ⅲ‐7

「やっぱ油淋鶏ユーリンチーっていいよなぁ。甘じょっぱくて最高だわ、誰が考えたんだろうな? これ」


 日曜日のバイトで昼のラッシュが終わり、遅めの昼食を食べていた安田やすださんが、黄色いスピリットを豪快に吸い込み、鼻から煙を吐き出した後につぶやいた。


 休憩室には俺しかいない。俺に言ってんのかなと思って「中国人の誰かじゃないっすかね」と適当な返事をしたら安田さんが「そうか、中国人は偉いなぁ」って言いながら満足そうにタバコを吸いこみまた煙を吐き出す。


 ラッシュが終わったとはいえまだ客足は途絶えていない。休憩室の外からはオーダーが絶えることなく聞こえてくる。そういう、人が必死に働いている横で死ぬほどリラックスしてる状況の緩急と、肉体労働で疲れてる時に飯食ってタバコ吸って何の意味も無い会話をするのは好きだ。


 初日で辞めようとしたバイトは思った以上に興味深い場所で、店長の方針としてカワイイ子を入れると俺のようなバカが一生懸命働くらしく、ここのバイトにはカワイイ子が多い。


 高校時代は将棋部の部長、詰めの中岡なかおかと呼ばれた男の戦略は見事にハマり、俺は根性無しにもかかわらず、バイトに精を出すようになっていた。


 ホールはホールで忙しいし、嫌な客が来た時の対応とか面倒だけど、厨房ほどラッシュ時に殺伐としたりしないのは、きっとホールには女の子やパートのおばさん達が多いからだと思う。


 男でホールやるのは人当りの良さそうな沢ちゃんとかで、俺とか高杉とかヤンチキ系で嫌な客が来た時にすぐ顔に出そうなやつは厨房になる。臨機応変な対応よりも根性が絶対条件の厨房の方が向いてるからだ。


 ほんでヤンチキ系の男達がわんさか集まってる厨房組が何を話すかっていえば、SEXかギャンブルか昔の武勇伝ばっかり。


 俺にとって神秘のベールに包まれていたSEXを次々と得意げに解き明かしたり、自分が経験したことのない面白おかしいギャンブルの話や武勇伝を語る先輩達。自分が一番興味のある情報を喜んで教えてくれるんだから、そりゃその人を尊敬するようにもなるよね。


 まだ18に満たない俺に「18になったらいろんなとこ連れてってやるからな」とみんな言う。何故だか知らないのだけれど、これ系の男連中というのは童貞を見るとすぐ風俗に連れて行きたがる。共通する「俺達はいいことをしている」というドヤ顔がムカついたけど、男はみんな性に対して後輩や年下に先輩風を吹かせたいのかもしれない。


 安田さんは、そんな悪い先輩達の1人で、昔はプロキックボクサーだったらしい。現役を離れて、多少は腹に脂肪が付きはしていたけど、体のほとんどを筋肉で覆われた体は凄みがあったし、喧嘩したらマジで強そうだった。


 凹凸おうとつの無いのっぺりとした昔ながらの日本人顔とのミスマッチが第一印象で、性格は真面目。人が嫌がる大変な仕事を自分から率先してやるような人だった。逆にそこまで死に物狂いで必死に働いて、ようやく手にした給料やボーナスの大半を週2、3の風俗で使いきってしまうのが玉にきずだったけど。


 俺が高杉や沢ちゃん以外のバイトの男連中で一番初めに仲良くなったのがこの人。賄いの時に牛肉とニンニクの芽が入ったスタミナ定食っていうのがあるんだけど、安田さんと初めて隣で食べた時に、俺の茶碗にニンニクの芽を入れまくってきて「何するんすか」みたいな感じから会話が始まって、それが仲良くなったきっかけだったような気もするし、安田さんも社員だしチーフだからバイトの面接したりするんだけど、絶対にブスは入れないって豪語してたのが印象的だったのかな。時代にそぐわない信念と行動に衝撃を受けたっていうか、それで興味持って俺から話しかけたとか? 分かんない。仲良くなるきっかけは色々あったと思うけど、どこで仲良くなったか覚えてないくらいにいつの間にか仲良くなってた。

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