Ⅷ‐3
金魚とピンクと黒を基調とした浴衣が、着ている村田さんの動きに合わせて揺れていた。視界からどんどんと離れていって、俺はそれを追わずにぼんやりと立ち尽くす。
「いいの?」
「何が?」
「あの子でしょ? 櫻井が最近仲良くしてる子って」
「そうだけど、別に何してたわけでもないじゃん」
「『そうだけど』じゃないって。ほっといちゃダメでしょ」
「西島に関係なくない?」
「うわっ… 最悪」
「いいよ、じゃあ帰るよ」
「何だよそれ。自分で自分の状況を処理できなくなってキレるのやめなよ。ダメだって秀ちゃん、あの子と話した方がいいって」
「うっせ、バーカ」
俺はただ、ヨッチとバンブーに会えればそれでよかった。地元のやつらにワンクッション置かれてることも知りたくなかったし、俺のことビビッてるやつらとなんか、いまさら仲良くなりたいとも思ってない。ただ、ちょっと寂しいなって思ってたけど、そんな寂しいなって思ってる時に、会えると思ってなかった西島と会って、新鮮な感じで久々に会えて嬉しくなってはしゃいだ。それで浮かれて脳内浮気してるとこ村田さんに見られて、由美子さんが前に言ってた通り、俺は傷つける自覚もないまま人を傷つけちゃったね、はいはい。西島が村田さんの肩持つのも何かイライラしたわぁ。そうだよ、ヨッチの言う通り、自分で自分の状況を処理できなくなってキレてんだよ。
「あー‼ めんどくせえ‼」
急にでっかい声で叫んだから、辺りが一瞬静まりかえったけど知らねぇよ。懐かしい気持ちになって、わくわくさせてた祭囃子が今は耳障りでしょうがない。
夏祭りの途中でいきなり家に帰ってからの母親の「夏祭り行ったんじゃなかったの? ずいぶん帰ってくるの早いね」とかうざかった。「焼きトウモロコシ買ってきてって言ったじゃん」とかどうでもいいわ! 何も言わないで部屋にこもると「何かあったの?」っていうのもうざかったし「寝るから」とだけ言ったら「そう」って、それだけでおしまいにした寂しそうな声もうざかった。
はいはい、いろんなやつ傷つけた後に、今度は母親に八つ当たりするマザコンですみません。最悪だ。何でこんなにイライラするんだろ? 何でこんなに、いろんなことがうまくいかないんだろ? 何でみんな生きてんの? 死ねよ。
母親に寝るって言ったけど全然眠れるわけなくてイライラしてる時に、部屋をノックする音が聞こえて「寝るって言っただろうが‼」ってブチギレようとしてたら「女の子が2人来てるんだけど」って言われて「はっ?」ってなったし、言われて玄関のドアを開けて出たら本当に西島と村田さんがいて、また「はっ?」ってなった。
「ちょっと出てきてよ」
西島にそう言われてしまっては「分かった」としか言いようがない。お説教が始まりそうで怖いし、俺にだって言いたいことがいっぱいあるのに、それ言っても全部論破されそうな予感しかない。
「どっちと話がしたい?」って西島に聞かれて「村田さんと」って答えたら「よし、私って言ったら殺そうと思ってた」って西島に言われて、マジあっぶねえと思ったのは絶対に絶対に内緒。
「西島」
「何?」
「ありがとう」
「うっせ、バーカ」
浴衣姿のかわいらしい女の子が中指を突き立てて暴言を吐くところを俺は生まれて初めて生で見た。
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