第34話 誘拐されちゃいました。

 ドサリと身体が投げ出されて、その衝撃で私の意識が戻ってきた。


「おい!もう少し丁寧に扱えよ」

「うるせーよ、ガキが!どうせ薬が効いてて一日は目覚めねぇんだ。意識なきゃ痛くねぇだろが」


 どうやら、さっきの男の子を殴っていた男と殴られていた男の子が会話しているらしい。薬が効いて意識がないと思われているみたいだから、そのまま目を閉じて気を失ったふりを続ける。手だけ前側で縛られているが、あまりきつく縛られておらず、頑張ればいつでも外せそうな感じだ。


「こいつ、商品なんだろ。傷つけたら価値下がるんじゃないのかよ」

「うるせーよ!どうせ変態貴族の玩具になるかなんかだろ。ちょっとくらい傷ついてたってたいした違いはねぇだろが……って、だよな。味見くらいしたってバチは当たらねぇ……ってか?」


 男が下卑た笑い声を上げて、私に近づいてくる気配がした。いざとなったら男の股間を蹴り上げてやる気満々で、私はうっすらと目を開けて男の位置を確認する。しかし、すぐに男の子の素足が目の前に立って男が見えなくなった。


「拐かしに成功したって、報告にいかなくていいのかよ」

「ちょっと遅れるくらい大丈夫だろが」


 この男、「だろが」が口癖みたいだ。ちょっとアクセントがついた特徴のある話し方をしていた。


「この女、護衛がついてただろ。早く依頼主にぶん投げないと、いつ踏み込まれるかわかんねぇぞ。それにこんな胸も尻もないガキに発情するとか、どんだけ女に飢えてんだよ。おまえ、幼女趣味の変態かよ」

「チッ!うるせぇガキだ。まぁ睡姦は趣味じゃねぇしな。嫌がる女を無理やりヤんのが滾んだよ」

「マジ変態」

「うるせぇよ!おまえ、そこの紐で足とか身体も縛っとけよ。そんで、ちゃんと鍵かけて見張っとけ」

「わかってるから早く行けって!」


 ドカッと音がし、男の子が倒れたのが見えた。男に殴られたらしい。男はゲラゲラ笑いながら出て行き、男の子はどこか怪我したのか、顔を拭った手の甲に血がついていた。


「クソ野郎が!」


 男の子は落ちていた紐を手にすると、私の足と身体を手早く縛り上げた。その縄さばきは見事なものなのに、わざと痛くないように緩く縛っているのか、縛られているというのにあまり危機感は感じない。


 まさか、アダムに緊縛する妄想をしていた私が逆に縛られるとは……。


 意識がなくなる前に聞こえた「ごめんな」の声は、この男の子で間違いないだろうし、さっきも私に乱暴をしようとした男との間に立ってくれた。どんな経緯でこの誘拐に関わったかわからないけど、積極的に私を害するつもりはないと見た。


 男の子のため息と共に扉が閉まる音がした後、ガチャガチャと鎖を巻く音がし、最後に南京錠に鍵を閉めるような音が響いて静かになった。


 私は目をパッチリと開いて、腹筋の力で起き上がった。

 乗馬って、腹筋鍛えられるのよね。マロンのおかげで腹筋は割れているのよ。シックスパックじゃないけど、うっすら腹筋のラインが見えるくらいにはね。反動つけずに起き上がるくらいは楽勝よ。

 ついでにいろんな体位が楽しめるように、毎日の柔軟はかかせないの。私は身体を折り曲げて足に巻かれた紐の結び目を歯でガジガジかじった。結び目はすぐに緩み、足の拘束はすぐになくなる。

 縛られた腕ごとお腹のあたりで縛られていたから、肘の曲げ伸ばしをする要領で縄の位置を少しづつ上げていき、胸の辺りまで上げると腕が完璧に曲がるようになった。


 胸がなくて良かったね!胸があったらアンダーバストから上に縄は上がらなかったもの。


 私が連れ込まれたのは汚い倉庫みたいな場所で、灯りはついていない。しかし高い位置にある鉄格子入りの窓から日の光が入ってくるから、薄暗いけれど周りを見回すことはできた。


 下手に騒いで私が起きたと知られるのはまずい。さっきの男はお子様体型の私でもかまわずヤろうとしていたし、起きたとバレたら確実に襲われそうだ。


 ふと、足に巻き付けたアダムの髪紐が目に入った。ただの黒い革紐だが、これにさっき買った組紐を結びつければ……。


 頭を振って髪の毛を前に持ってきて、さっき結んだ組紐を解く。足の革紐も外して、その二つを外れないように片結びにした。壁際にあった箱によじ登ると、ギリギリ鉄格子つきの窓に手が届いた。鉄格子に黒い革紐を結び、ピンクと紫の組紐を外に垂らす。派手な紐ではないから、もしかしたら気づかれないかもしれないが、うまくいけば気づいてもらえるかもしれない。

 多分、アダムだったら私がいないことに気がついたら、必死に探してくれるだろう。だから、誘拐犯がこの紐に気がつく前にアダムが気づいてくれる方にかけた。


 箱に登るのよりも、降りる方が大変だった。最後の一歩で落ちそうになり、私はジャンプして箱から飛び降りた。着地はできたものの、ドンッという音がして、私は慌てて地面を転がってさっきいた位置に横になった。足をできるだけ曲げ、スカートの中に入れることを忘れない。


 しばらくしてから、ガチャガチャいう音がして扉が開いた。


「……起きてる訳ないか」


 さっきの男の子だろう。部屋に入ってきて、私の様子を伺った。


「こんなんが貴族のお姫様か。……見えねぇな」


 失礼な!正真正銘王女様だぞ。しかも、今は王太子妃にランクアップだ。


「……こいつ、さっき俺のこと助けてくれたよな。まじ、ありえねぇ……」


 私はパチッと目を開いて上半身をムクリと起こした。


「ウワッ!」


 男の子はかなり驚いたようで、後ろにのけぞり尻もちをついてしまった。


「なにがありえないのよ。さっきからなんか失礼ね。私はこんなんでもれっきとしたお姫様だし、胸も尻もないガキじゃないからね!十四歳の人妻ですからね!」


 私がふんぞり返って主張すると、男の子は目を見開いて口をパクパクさせた。


「は?人妻?嘘も大概にしろよ。てか、いつから気がついてんだよ!」

「この部屋に運ばれたくらい?お腹殴られて気絶しただけだしね」

「だって、これ嗅がせて……」


 男の子がポケットから、汚いハンカチを取り出した。私はそれを見て顔をしかめる。


「そんなきちゃないの私の口に押し当てたの?!」

「汚くはない!ちゃんと洗ってる……てことじゃないだろ!これ、吸い込んだら一日は目が覚めないって、強力な睡眠薬だぞ?なんでもう目が覚めてんだよ」


 やはり睡眠薬が仕込んであったのか。でも、睡眠薬系にも毒同様耐性があるんだよね。眠りキノコ(食べると眠くなるキノコ。けっこう強力な睡眠作用あり)とか大好物でよく食べてたし、今じゃおなかいっぱい食べても眠くならない自信がある。多分、その胞子を仕込んだハンカチを使ったんだと思うんだけど、私が気を失ったのは物理攻撃に対してだもんね。


「それ貸して」


 私はそのハンカチを奪い取り、その臭いを嗅いでみた。やはり思った通り眠りキノコの胞子の臭いがした。


「私、このキノコ大好物なの。最初は一口食べたら寝ちゃってたんだけど、美味しいからもっと食べたくてさ、頑張って睡魔に耐えながら食べてたら眠くならなくなったのよ」

「おまえ馬鹿だろ。そこまでして食うかよ」

「本当、失礼ね!キノコは秋の味覚の王様なんだから」

「食えるキノコ食えよ」


 まぁ、一理あるわね。


 私がフンとそっぽを向くと、開いた扉からさっきの男が現れてバッチリ目があってしまった。


「なんで起きてんだよ?!てめぇ、さっきも理由をつけて女を誘い出すのをゴネていやがったけど、ちゃんと眠り薬嗅がせなかったんだな!」

「違ッ、ゴネてた訳のじゃねぇよ。あんたがイチャモンつけて殴ってきたからだろ。それにちゃんと嗅がせたさ。あんただって見ただろ!」

「なら、起きてる訳ねぇだろが!」

「知らねぇよ!効かなかったんだろ」

「減らず口叩くな!」


 男が男の子を殴り飛ばし、男の子は壁まで吹っ飛んだ。そのまま床に崩れ落ちた男の子は、気絶してしまったようだ。


「あんた!なにすんのよ!相手は子供でしょ。さっきも人のお腹力いっぱい殴ってくれちゃって。あんた、殴るしか能のない馬鹿なの?!馬鹿なのね!馬鹿面してるもんね」


 さらに気絶している男の子をつかみ上げて殴ろうとしたから、私は男の子から意識をそらそうと罵声を飛ばした。


 男は、赤ら顔をさらに怒りで赤くして男の子を投げ捨て、大股で私の方に歩いてきた。

 そして私を見下ろすと、怒りの顔を引っ込めニタニタと笑い出した。


「殴るしか能がない?そんな訳ないだろが。女を啼かせる才能は王都一だぜ」


 男は、私の手を縛った縄をつかんで頭の上で拘束するようにすると、私を押し倒して覆い被さってきた。





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