第20話 最低王子

 マロンに乗ってニングスキー王国まで来た私は、宮殿の門前にリズパインの騎士二人と数頭の馬の中にブラックがいるのを見つけた。

「ブラック!」


 ブラックは私が呼ぶ前にマロンの存在に気がついたようで、ひたすら蹄をかいて暴れ、騎士達に押さえられていた。


「王太子妃殿下?!」

「アダム様は?」

「宮殿の中に。ニングスキー王達を捕らえに」

「あなた達、騎乗しなさい!キスコンチェ馬は戦う馬なのよ。ほら、ついてくる!ブラック、おいで」


 私がブラックを呼ぶと、ブラックは騎士達を振り切って走ってきた。他のキスコンチェ馬もブラックに続く。キスコンチェ馬は群れで行動する習性があって統率も取れてるんだから、凄いでしょ!


 私は騎乗したままニングスキー宮殿に踏み入る。もちろん馬達も続く。騎士達は遅れて馬達の後を走ってついてきていた。ごめんね、待ってる時間が惜しいんだよ。君達も騎士だから、自分の身は自分で守ってね。私は馬達に守ってもらうから。


 あのク○みたいに趣味の悪い王の間を目指し、扉を開けるのももどかしくマロンに扉を蹴り飛ばさせる。重そうな扉が吹っ飛んでしまい、もし扉の近くにアダムがいたら大怪我だと青くなった。


「アダム様!」


 アダムは扉からは離れた玉座の近くにいた。良かったーッ!

 玉座に座っている男に剣を突きつけていたアダムは、ポカンとした顔で私達を見ていた。いや、敵から目を離したらいかんよ……って、あれ……?!


「チャンジィ?!」

「シャーロット様!」


 王冠を頭にのせて玉座に座っていたのは、ニングスキー宮殿の庭師のチャンジィだった。チャンジィはニングスキーには珍しい良識派で、ニングスキーに来ないといけない時は、たいてい私達はチャンジィのところに避難していた。ニングスキーの王太子であるザンザがティアラを追いかけ回していた時も、チャンジィはティアラを匿ってくれたりもした。


「なんだってそんな馬鹿みたいな格好を?チャンジィはいつものつなぎ姿が一番似合っているわ」

「ロッティ、知り合いか?」

「ああ!アダム様剣を下ろして。チャンジィはニングスキーの民だけど良い人だから」


 アダムが剣を鞘にしまうと、チャンジィはヘナヘナと玉座に寄りかかって崩れ落ちる。


「チャンジィ!持病のギックリ腰?!やだこんな時に」

「違いますわ。こ……腰が抜けただけですわい」

「で、なんでこんな」

「シャーロット様、ミミが……ミミが」

「ミミちゃんがどうしたの?!」


 チャンジィの話によると、王の影武者としてリズパインに殺されることを命じられたらしい。孫娘のミミの命を盾に取られて。


「なんて……。あのバカが考えそうなことね。ミミちゃんはどこに?」

「地下牢だと……」


 騎士達は自分に割り振られていた馬に騎乗し、アダムもチャンジィとブラックに二人乗りして地下牢へ向かった。地下牢は門番もすでにいなく、女の子の泣き声だけが響いていた。


「ミミちゃん!ミミちゃん壁側に寄って。牢を蹴り開けるわ」

「ロッティ、無茶……」


 マロンがクルリと向きをかえると、後ろ脚で牢の鍵を蹴り壊した。ジャストヒットだ。ついでに牢の鉄の扉もグニャリと歪む。


「ミミ!」


 チャンジィがブラックから飛び下りてミミを抱き上げた。


「ミミ、ミミ、良かった、良かった」

「チャンジィ、ニングスキー王と王太子はどこに行ったか知ってる?」

「あ……、大変ですわい!あの二人は海を越えて逃げると。昨日のうちに山に入りましたんじゃ。キスコンチェのティアラ様を人質にすると言っていましたぞ」

「ハァッ?!民を捨てて王だけでどうするつもりだ」

「アダム様、そんなことよりティアが攫われちゃう!早く戻らないと」


 私はマロンの腹を膝で挟み、手綱で方向転換させると、ニングスキー宮殿を飛び出してキスコンチェにマロンを走らせた。もちろん他の馬達もそれに続く。


 ザンザの奴、マジしつこい!もしティアラに変なことしてたら、マロンに顔面蹴り飛ばしてもらうんだから!


 ★★★ザンザ目線★★★


 奇襲闇討ちを得意とする精鋭部隊五十人を連れた俺と父上は、夜の闇に紛れて山に入った。山にはリズパインの騎士団が潜んでいやがった。そいつらをやり過ごして見張りをたてておき、少し離れた場所で待機する。

 明日まで国に留まっていたら、前方からはリズパインの主力ダニエル王の軍勢が、背後からは別動部隊により挟み打ちになってたな。危ないところだった。


「おまえの言う通り、今日移動して良かったな。しかし、金目の物を沢山置いてきてしまったことが悔やまれる」

「父上、他国には隠し財産もありますし、命あってのものだねです」

「そうだな。しかし、まだここにいなくてはならんのか?蚊にくわれてたまらん」


 父上は、パチンと頬に止まった蚊を叩き殺し、ボリボリと掻きむしった。


「国に残してきた兵達が戦を開始してからです」

「ううむ、痒くてたまらんぞ」

「虫除けは焚けないので我慢してください」

「そこのおまえ、上半身裸になりわしの横に立て。蚊を引き寄せるんじゃ」


 人間蚊取り線香にさせられた兵は、朝までには人相がかわるくらい蚊に刺されていた。

 朝がきて、戦が開始されてしばらくたつと、別動部隊も移動を開始しだしたようで、俺達はそれを見守ってからキスコンチェ王国へ足を向けた。


 キスコンチェ王国の近くまでくると、まず斥候をたててキスコンチェ王国を探った。こちら側のリズパインの主兵力はほとんどニングスキーに向かったらしく、残っているのは少数の兵糧部隊とキスコンチェの農夫達、炊き出しをしている女達だけだという話だった。


「ふん!恩あるわしらを裏切るなど、とんでもない奴らだ!細々と農作業するしか能がないくせに!!」

「父上、奴らにも利用価値はありますよ。眉唾ですが、シャーロットがリズパインの王太子妃になったとか」

「あのガキが?ティアラの間違いじゃないのか?」

「ティアラはキスコンチェから出ていないです。きちんと見張りをつけてますから」

「おー、おまえは昔からティアラに執着しておったものな」

「そのおかげで今回の情報が手に入ったのですから良かったではないですか」


 しかし、あの見張りのクソビ○チめ!ティアラのことを報告しろとは言っていたが、本当にティアラのことしか報告してこないなんて、どんだけ阿呆なんだ!


 俺は三歳の時に生まれたばかりのティアラを見て、そのあまりの可愛さに一瞬で恋に堕ちた。全く同じ顔の男女の双子だったが、一目でティアラの見分けがついたのは、やっぱり愛の力に違いない!(見た目も髪色も同じ双子だけど、スチュワートは巻き毛、ティアラはストレートと、誰にでも見分けはつくんだよ……シャーロット談)

 成長すればするほど美しさを増すティアラに、俺は密かに見張りをつけた。ついでにティアラが使ったカトラリーやハンカチ、捨てたティッシュ、着れなくなったドレスなどを集めさせ、ティアラコレクションとして大切に保管している。

 その長年ティアラを見張らせていた見張り役、侍女のマンマという女なんだが、最初は本当にティアラの行動(朝何時に起きて、どこに行ったかとか、何を食べたかなど)しか報告してきやがらなかった。吟遊詩人と恋仲になっていたと知った時には、頭が沸騰するかと思ったぞ!だから、それからはティアラが接触した男についても報告しろって言ったんだ。

 そして今回、ティアラがリズパインの王太子と接触したと報告を受けた。


 は?


 今、うちと戦争中のリズパインの王太子が、なんだってキスコンチェに現れるんだ?あっち側は山賊の横行する険しい山が他国との間にそびえ立ち、いわゆる山に隔てられた孤島のような場所だ。だからこそ、うちがキスコンチェの港のような役割を果たしていると理解していたのだが……。


 だいぶ前から山を越えてリズパインがキスコンチェに接触してる?キスコンチェはリズパインの自治領扱いになり、シャーロットがリズパインの王太子妃になった?それは嘘だろ!というか、なぜそんな重要なことを報告しない!!!……ティアラのことではないからって、ド阿呆がッッッ!


 そこで怒りに任せてマンマを叩き切ってしまった。それ以上の情報を得ることはできず、俺は慌てて父上に報告し、国を捨てる算段を立てて今に至るという訳だ。


「王子、先程シャーロット王女が単身ニングスキーに向かったようです」

「なに?!なんで捕らえない!人質にできたではないか!!」

「しかし、あの馬に騎乗しておられたので……」

「マロンか……。まぁいい、ということは今キスコンチェにはキスコンチェ馬はいないな。ならばいっきに攻め、ティアラを人質にするぞ!!」


 俺は父上を守る騎士を残し、三十人を連れてキスコンチェに攻め入った。

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