第9話 ハーレムは魔窟だそうです

「ロザリーは王宮のことは詳しい?」

「はい。それなりには。こちらにくる前は第十五妃殿下に仕えてましたから」


 第十五妃と言えば、ダニエル王の最後の妃で、今一番寵愛を受けていると噂の妃だ。年齢は確か二十五歳で、緩やかにウェーブした腰まで長い金髪にエメラルドグリーンの瞳、妖精のように儚げな美女と言われている。


「ヘェ、嫋やかな美人なんでしょ。どんな感じの人?とりあえず座って。立ってられると落ち着かないのよ」

「しかし、私は護衛騎士ですので」

「いいから、ほら、座ってちょうだい」


 アダムは視察に出かけ、私は食後のデザートを食べながらロザリーに向かい合う。目の前の椅子をひいて、半分無理やり椅子に座ってもらったのだ。本当は一緒にデザートを食べたかったんだけど、さすがに職務中だから無理だと断られてしまった。なんとかして食べさせたいものだ。美味しい物はみんなで食べたほうが美味しいもんね。


「エミリヤ様ですか……見た目と中身が全く一致していない方ですね。一見儚げなんですけど、かなり図太いタイプです。お若いのに、海千山千の后達と同等に渡り合っていますから。逞しい方ですよ」

「妃様方で、この人は要注意人物って人いる?」

「妃様でですか?そうですね。皆様個性的な方々ですが、第二と第三……第六妃殿下でしょうか。妃も夫人もどなたかの派閥に入っておりますから。エミリヤ様は別格ですが」


 第二妃はテレジア。ストレートの黒髪に黒い瞳の妖艶な美女で、第一妃を毒殺したとか、第五妃が妊娠中に毒を盛ろうとしたとか、とにかく黒い噂が絶えない人だ。

 第三妃はミランダ。栗色の髪に淡いグリーンの瞳の一見穏やかなそうな女性。しかし性格は苛烈で、一度激昂すると、体罰くらいなら生易しく、気に入らない侍女などは爪を剥いだり指を落としたりするらしい。

 第六妃はルチア。銀髪にグレーの瞳のクール系美女で、口を開くと嫌味しか言わない。


 この三人が派閥を作り、ハーレムを牛耳っているということだ。


 ダニエル王のハーレム入りしなくて、本当に良かったァッ。大奥みたいな感じなんでしょ?女のドロドロとか怖いもんねぇ。多少の毒は耐性があるし、嫌味くらいならスルーできるだろうけど、生爪剥がれたり指詰めたりとか、どんなヤ○ザだって話じゃんか。しかも、オバチャン達にへーコラしなきゃなんないとか、苦痛以外のなにものでもないっしょ。


「王太子妃殿下は、夫人達の方が要注意だと思いますけれど」

「もう!エミリヤ様のことは名前で呼んだんでしょ?私も名前で呼んでよ。シャーロットってね」

「はぁ、よろしいのでしょうか?」

「いいのいいの。イーサンだってシャーロット殿って呼んでるんだしね」

「では、シャーロット様。夫人達には注意なさいますよう」

「なんで?」


 私はさりげないふりをしてロザリーの前に紅茶のカップを置いてみた。お茶くらいなら飲んでくれるかな?と、ドキドキしながら見守る。


「夫人達の中には、王のお渡りの絶えた方々もおります。そんな方々が次に狙うのは王太子殿下でございます。王太子殿下の寵を受け、それこそ王太子妃になろうと目論んでいることでしょう。特に、殿下と年の近い夫人達に、王太子殿下人気は凄まじいものがあります。今までは女嫌いならばしょうがないと指を加えて見ていた夫人達も、妃を迎えられたことで、ならば自分も!と、猛烈アタックしてくる筈です。下手したら邪魔な第一王太子妃であるシャーロット様に危害が及ぶ可能性も」


 そこまで一気に喋ったロザリーは、紅茶を一口で飲み干した。飲み干してから、ハッとしたように紅茶のカップに目をやる。


「あ……なぜ紅茶が?」


 ハハハ、私がいれたからだよ。お茶ミッション成功!


「でもさ、ダニエル王はハーレムの女性みんなを満足させてるって噂だったよ」


 だから、私は嫁入りを決意したんだもん。


 私はロザリーの紅茶を新しく注ぎ、目の前にデザートの葡萄も置いてみた。


「ハーレム……後宮ですね?まさか、そんな訳ないじゃないですか。今現在、後宮にお住まいの妃が十名、夫人は二十五名おりますが、毎日一人をお渡りでも一ヶ月以上かかります。私がエミリヤ様の警護をしていた時は、週に二回から三回はお渡りがありましたが、今でもかわらないそうですよ。多分ですけど、エミリヤ様以外のほとんどの妃は一年以上お渡りはないでしょうね。夫人達も一ヶ月に一回でもお渡りがあれば良い方かと。噂は噂です」


 うわーッ、絶対に欲求不満じゃん!良かったァッ、そっちの仲間入りしなくて。


 ロザリーは開き直ったのか、葡萄を一つ口に入れ、紅茶を飲んだ。


「そっかあ、欲求不満のはけ口をアダム様にねぇ。アハハハ、アダム様、なおさら女嫌いになっちゃうじゃん」

「笑い事じゃありませんよ。でも、シャーロット様を娶られたのですから、女嫌いは治ったのでは?」

「どうかなぁ?私には鳥肌は立たないみたいだけど、女嫌いは治ってないんじゃないかな。昨日だって、同じベッドで寝たけど、全然手出してこなかったし。十代若者の癖に枯れっ枯れだね」


 私が豪快に笑うと、ロザリーは躊躇いがちに聞いてくる。


「シャーロット様は手を出して欲しいのですか?」

「あったりまえじゃん!目指せ、めくるめく官能の世界だからね」

「ハァ……?エミリヤ様にお仕えした時も思いましたが、シャーロット様もなかなか常人とは違う感性をお持ちのようで」


 へぇー、エミリヤ様とやらも前世の記憶があったりして。……まぁそんなポコポコ記憶持ちがいる訳ないか。そうしたら、もっと世界は進歩してるだろうしね。この世界は、車も飛行機もないしス○ホだってなくて超不便なんだよ。まぁ、私も免許は持ってたけど車なんか作れないし、スマ○でユーチ○ーブ配信とかしてたけど、基本機械オンチだったから、世界の進歩に貢献とか、サラサラ無理ゲーだけどさ。


「ね、ハーレムのことも教えて。私になんかしそうな人って、何人くらいいそう?暗殺者とかおくってきそう?それとも毒殺?ハーレムで他人をおとしいれるとか、メジャーな方法ってなに?」


 つい興味津々に身を乗り出して聞いてしまったせいか、ロザリーは驚くというか呆れたように息を吐いた。


「本当に不思議な方だ。怖くはないのですか?」


 怖い?二回の人生生きてきたけれど、まだわからない感覚だなぁ。だって、平和な日本のちょっとした闇の世界でも面白可笑しく生きてこれたし、生まれ変わってからはのんびりした田舎の国で生活してきたから怖いなんて感じたことなかったもんな。ただ、田舎の自給自足生活なせいで、毒ヘビに噛まれたり毒キノコを間違ってたべちゃったりして、毒耐性は無茶苦茶ついたけどね。うちの国はなんの取り柄もないごく普通の農業国だけど、わりと身近に毒があったせいか、薬草の研究は他の国より進んでいる。まぁ、おばあちゃんの生活の知恵みたいな感じかな。この毒にはこの葉っぱが効くよみたいなね。民間療法も馬鹿にならないんだから。


「怖いってわかんないなぁ。ほら、まだ身近じゃないから?」

「身近に感じられたら困ります。後宮は魔窟のようなものです。お近寄りならないのが懸命です」

「へー!リアル大奥。昼ドラの世界だね」

「……ちょっと意味がわかりかねます」

「あぁ、気にしないで。うちの方言みたいなもんだから」


 説明するのも面倒なので、スルーしてもらうことにする。


「とりあえずは、敵を知らなきゃ自衛もできないじゃん。ハーレムのこと詳しく知らないとだよね」

「だから後宮……まぁいいでしょう。シャーロット様の言うハーレムで気をつけなければならないのは、今から六年前までに入ってきた新参の夫人でしょうか?」

「なんで?あ、年が若いから?」

「それもありますが、やはりライラ夫人の事件を直に知っているかいないかではないでしょうか」

「ライラ夫人?」


 ロザリーはゆっくり頷くと、前のめりになって話しだした。


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