第10話 ライラ夫人事件(語り︰ロザリー)&説明回

「あれは六年前、ちょうどエミリヤ様が後宮に入られて一年がたった頃です。私もまだ護衛騎士ではありませんでしたが、エミリヤ様付きの見習い侍女兼護衛としてお側仕えさせていただいておりました」


 ダニエル王は、それまでは特にお気に入りとかはおらず、後宮の女性達と万遍なく関係を持っていたらしい。それなりに秩序があり、古参の妃や夫人が権勢を誇っていたそうだ。その均衡が崩れたのは、エミリヤの後宮入りが原因だった。

 ダニエル王は十三歳年下のエミリヤにドはまりしたらしい。エミリヤばかりを閨に呼びつけ、他の妃や夫人達を蔑ろにした。しかも、最初は夫人として後宮入りしたエミリヤを、妃として娶りなおした。それ以降は、どんなに地位の高い女性でも妃にすることはなく夫人止まりだそうだ。


 あまりにエミリヤばかりを寵愛するものだから、年若い他の夫人達は徐々に欲求不満を溜め始めた。


 そして起こったのがライラ夫人事件。


 まだ十二歳だった第一王子アダムの寝室に忍込み、彼の童貞を奪ってしまったのだ。彼はあまりのショックに高熱を出し、その後は人が変わったようになってしまったそうだ。なにより、その事件が原因で、アダムは女性恐怖症になってしまった。これに激怒したのがダニエル王だ。たとえ最近は抱いていないとはいえ、妃や夫人達は自分だけの女であるべきという自分勝手な征服欲と、アダムは一応第一王子であり王太子候補であったのもあり、アダムが寝込んでいる間にライラ夫人を後宮にて公開処刑した。


 二度と夫人達が欲求不満に陥らないよう、自分との閨は週に多くても一日。それ以外は他の妃や夫人を閨に呼ぶようにとエミリヤはダニエル王に強く進言したらしい。

 ダニエル王はエミリヤに、せめて週に二日、できれば三日で!と拝み倒したとか。


 そんな惨たらしい事件を知らない新参の夫人達が、欲求不満のはけ口としてアダムに懸想している……というのがロザリーから聞いた話だ。


 ★★★


「後宮に入って六年未満夫人は四名いらっしゃいます。アナベル夫人、ダイアナ夫人、マーガレット夫人、ポリアンナ夫人です。特にダイアナ夫人とマーガレット夫人は常にお色気を巻き散らかしているタイプですから、我が王に相手にされずに苛ついていることでしょう」

「フムフム。とりあえず、相手を知らないとだよね」


 葡萄の最後の一つを口に入れると、私はどうやったら後宮ハーレムにまぎれこめるかを考えた。


「何か……たくらんでません?」

「たくらんでなんかないよー。ロザリー、とりあえず王宮の中を案内してくれない?その前に地図みたいなのがあると嬉しいんだけど」

「地図はございません。しかし大まかなものでよろしければ、絵を書いて説明いたしますね。王宮は広いので、徒歩での案内は難しいかと存じます。馬車をご用意いたしましょうか?」

「書いて書いて。あ、馬ならマロンがいるから大丈夫。ロザリーは馬乗れるよね」

「騎士ですので。マロンというのはシャーロット様が乗っていらしたという馬ですよね。王太子宮の厩舎に移されている筈ですので、馬装を整えるように伝えておきましょう」


 ロザリーはベルを鳴らして従者を呼ぶと、マロンの馬装の準備を言いつけ、紙にペンを出して王宮の簡単な見取り図を書き始めた。


「まず東側にあるのが王宮の正門ですね。そこから並木道があり大噴水庭園があります。その向かいに立つ宮殿が我が王のいらっしゃる主宮殿です。主宮殿も王太子宮と同じでコの字型をしており、中央が広間や我が王と第三妃までの私室などがあり、南側は客室、北側は私達第一騎士団の詰め所や各省庁の執務室があります」

「謁見の間には入ったよ。他の場所も見れる?」

「そうですね。北側は誰でも入れます。南側は舞踏会など、客室を利用する時には。中央は広間などある一階のみですね。二階以上は無理です。そして、主宮殿の湖を挟んで裏にあるのが、後宮です。第四妃以降夫人達や成人前の御子様方がお住まいになられています」

後宮ハーレムには入れる?」

「お茶会などに呼ばれたり招待されなければ無理です。そして南の林を抜けたここが王太子宮ですね。他にも王子様方の宮が点在してます」

「王女様方は?」

「皆様、ご結婚可能な十四才になれば嫁がれますので、宮はありません」

「みんな政略結婚?」

「そうですね。国内の大貴族とか国外の友好国とかにお輿入れなさってますね」


 女子は政略結婚の駒ということだろう。ロザリーの話を聞けば聞くほどダニエル王の株がダダ下がりだ。(嫁全員を満足させない)酷い夫で、娘を政略に使う酷い父親。ダニエル王が即位してからリズパイン王国は国土も拡大したし、軍事大国として周りからも恐れられる存在になった。王としては素晴らしいのかもしれないけど、人間としてはどうなのよ?!と思わなくはない。まだうちのパパリンのが王としてはチマッとしてるけど、人間としては最高に良い人だ。うん、パパリンの娘で良かった。


「こっちの北側は?」

「北側は私達や官吏達の宿舎ですね。あとは北側と南側には離宮も多数あります。季節により、王族の皆様が滞在なさいますよ。西側だけは後宮の裏になるので林しかなく、この林は立入禁止になってます」


 ライラ夫人に厳罰を与えたことといい、ダニエル王は何気に独占欲の塊なのかもしれない。わかんないけどね。


 それからロザリーに案内してもらい、マロンに乗って王宮の南側を探索した。ロザリーの愛馬はサラブレッド系の白馬で、ずんぐりがっしりしたマロンと比べると、シュッとしたイケメン(女の子らしいけど)というイメージだ。名前がスノーホワイトだと聞いて、思わず「白雪姫かよ?!」とツッコんでしまったが、当たり前のことだがロザリーは不思議そうな顔をするだけだった。


 王子宮や離宮を外から眺め、どんな王子が住んでいるか、離宮の特徴などを聞いていく。

 ダニエル王はみなが「我が王」というだけあり、独裁的で武に秀でた唯一の存在であるが、王子達の中にはダニエル王のようなカリスマを持つ存在はいないようだった。いわゆるどんぐりの背比べ状態。

 中でもアダムは第一王子でもあり、一番智に優れているということで立太子したらしいが、誰もが認める王太子という訳ではなさそうだ。妃達の中には、自分の息子こそが!とアダムを陥れようと策略を練っている者がいるとかいないとか……。


「なんか、あっちもこっちも敵だらけっぽくない?」

「どこの国もそうではないですか?政権争いとかでドロドロのグチャグチャでしょう」

「うちはクリーンだったよ。というか、パパリンは兄弟でジャンケンして王位決めたらしいし」


 ロザリーは目を丸くして驚いた。


「パパリン?」


 あ、そっち?驚いたのはジャンケンじゃないのね。


「可愛いでしょ?お父様ってがらじゃないしさ、今さら陛下なんて私が呼んでも自分のことだって気が付かないかもね。ちなみに、ジャンケンは負けて王を押し付けられたんだって」

「……負けたもん勝ち」


 いや、負けたもん負けじゃん?


 そんな話をしているうちに、グルッと回って主宮殿まで来てしまった。


「あら、ロザリーじゃないの」


 主宮殿に入ろうとしていた大名行列、その先頭を歩いていた女性がロザリーを見るなりニコリと微笑んで近寄ってきた。ロザリーはすぐさま馬を下りて騎士の礼をとる。


「エミリヤ様におかれましてはご機嫌麗しく存じ上げます」


 エミリヤ様?!うそやん!同名の別人じゃないの?


 第十五妃のエミリヤならば、私より十くらい年上の筈なのに、目の前の女性は全く年を感じさせない。透明感のある美肌は十代で通じるだろうし、顔立ちだって美人というよりも美少女と呼ぶ方が相応しい。


「そちらは?」

「アダム王太子殿下のお妃様になられましたシャーロット様でございます。シャーロット様、こちらは第十五妃のエミリヤ様でございます」


 本人かよ!


 私は慌ててマロンから下馬すると、淑女の礼をとって挨拶した。


「お初にお目にかかります。キスコンチェから参りましたシャーロットと申します」

「まぁ、可愛らしい王太子妃殿下ね」


 妖精のように麗しいエミリヤに言われても、全く心に響きませんけどね。


「ありがとう存じます」

「ウフフフ、顔をよく見せてちょうだい。まぁ、桃色の瞳なのね。なんて綺麗なのかしら。ねぇ?シャーロット様とお呼びしても良いかしら」

「もちろんでございます」


 私はやれば出来る子!

 今のところまだボロは出てないよね。


「エミリヤ様、我が王がお待ちでございます」


 エミリヤの後ろについていた侍女がエミリヤに耳打ちする。


「そうね。ねぇシャーロット様、是非ともあなたと仲良しになりたいわ。今度お茶に招待してもよろしいかしら?」

「もちろんでございます」

「まぁ!後で招待状を送らせますね。では、また今度。ごきげんよう」


 エミリヤが動くと、大名行列も後に続いて行く。大名行列は主宮殿に消えて行った。


 そしてその日の夕方、社交辞令だとばかり思っていたが、本当に私の元にエミリヤからのお茶会の招待状が届いた。

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