第32話 旦那様と初デートです

 元が地味顔だからかな、髪の毛を三つ編みにして平民が着るようなワンピースを着た私は、これといった変装もしていないのに、見事に街に同化していた。


「ロッティ、ほら、はぐれたらいけない。手を繋ぐよ」


 それに比べて、アダムは髪色も茶色に、眼鏡をかけて瞳の色もかえ、特徴的な目元の黒子を化粧で消しているというのに、滲み出る気品は隠せないのか、いかにも高位貴族がお忍びで王都探索してます感が抜けない。お忍びデートと思われないのは、手を繋いでいる相手の私が明らかにアダムに釣り合わないお子様にしか見えないからだろう。

 なんでデートに見られてないかって?アダムに集まる女性の視線がえげつないのよ。女連れの男にあからさまな視線を送るとか……もしかして私に喧嘩売ってる?お子様だと思ってなめてもらっちゃ困るよ。男性をイかせるテクなら、あんたらには負けないんだから!


「ロッティ、なに百面相してるの?」

「威嚇してんの!みんなアダムに色目使うんだもん。ちょっと目を離したら、裏道に連れ込まれちゃうんだから」

「一応、王都はそこまで治安は悪くないよ」


 アダムは苦笑しているが、全然わかっていない。右前の女子のグループなんか注意引こうと高い声で笑ってチラチラアダムを見ているし、なんなら私無視して話しかける相談なんかしてる。その斜め横にいるお姉さん二人組は、胸元のボタン二つも外したよ。わざとらしく腕を組んだりして、谷間自慢かよ!向こうの主婦なんか、投げキッスとか……ちょっと意味がわからない。そこまでわざとらしくはなくても、すれ違う女と名のつく人種はみんなアダムをうっとり見てるじゃないか。


 ウーッ!王都は危険がいっぱいだ!


 私はアダムと手を繋ぎ、さらに腕にしがみついて(多分、ぶら下がっているようにしか見えない)周りを威嚇して歩く。


 まずはロザリーに聞いた雑貨屋に向かった。


 ハンカチもいいけど、見せつけるなら髪紐だよね。雑貨屋に入ると、髪紐が沢山置いてある棚の前で足を止めた。


「髪紐が欲しいの?」

「ウフフフ、仲良しはお揃いにするらしいよ」

「あー、うん。そうみたいだね」


 アダムは肩過ぎちょい長めくらいの髪の長さだが、いつも黒い革紐で縛っているか、無造作にそのまま垂らしているかで、他の貴族達みたいに派手な髪紐などを使っているのを見たことがなかった。


「もしかして、アダムは髪を切りたい派だったりする?」


 声をひそめて聞くと、アダムは小さく頷いた。


「前の記憶が戻ってから、男の長い髪に違和感があってさ。特にレースのリボンとかで髪を結ぶ意味がわからないっていうか。まぁ、中途半端な長さより、結べた方が剣をふるう時とかは邪魔にならないから伸ばしてるけど」

「あー、確かに。男の長髪とか、なんか昔のアイドルかオタクのイメージかもね」


 完璧に先入観のみの会話になっているが、この世にはアイドルもオタク文化もないので良しとする。


 ピラピラしたリボンに抵抗があるなら……。


 私は目についた組紐を手に取った。黒と茶色の糸を編んだ組紐と、ピンクと紫の紐を編んだ組紐。うまい具合にお互いの髪色同士と、瞳の色同士じゃないか。しかも、シンプルで使い勝手が良さそうだし、なによりアダムも抵抗なく使えそうだ。


「この組紐なら、髪を止めるのにいいよね。リボンじゃないから、ピラピラしてないし」

「あぁ、うん。これならいいな。凄くいい」


 アダムも気に入ってくれたようで、直ぐ様購入し、その場で髪紐を付け替えた。


「ね、アダム。その髪紐ちょうだい」

「いいけど、どうするんだ?」


 アダムが使っていた使い古した革紐を貰うと、私は足首にクルクルと巻き付け、踝のところでチョウチョ結びにした。簡易革紐アンクレットの完成だ。


「可愛いでしょ」

「いいね、革のアンクレットか」


 すると、店主が話しかけてきた。


「お客様、それはなにか新しいアクセサリーかなにかですか?アンク……なんとかって。不勉強なもので、申し訳ありません」


 アダムがサッと私と店主の間に入り込み、片手で私を背中に隠すようにする。


 え?この店主、刺客なのかな?


 広い背中がすぐ目の前にきて、後ろ手に私の腰を抱くように密着するものだから、アダムの匂いに包まれたような気がしてカッと頬が赤くなる。


「アンクレットだ。足首につける腕輪のようなものだよ。素材はなんでもいいが、結べたり留め具でとめるタイプのものだね。輪っかの腕輪みたいに足を通すものだと大きくなり過ぎるから」

「なるほど、アンクレット、アンクレット、アンクレット。覚えました。それは、どこか違う国の文化ですか?」

「そうだな。キスコンチェ……の文化?」

「あぁ、この間うちに吸収された国ですな」

「自治領になったんだよ。キスコンチェがニングスキーを統括し統治することになって、領地の大きさではリズパインの中では一番大きな自治領だ」

「はー、そうなんですか。それでそんなに素晴らしい文化もあるんですね。いや、キスコンチェ文化は素晴らしいですな」


 なんか、アダムが訳のわからない説明をしたせいで、キスコンチェの株が上がったのはいいが、キスコンチェにはそんな誇れる文化なんかないんだけどな。ついでにニングスキーはもっとないけどね。


「そう。王太子妃殿下のお国だ」

「アダム?!」


 なにを宣伝しているのかな?うちの旦那様は。


「王太子妃殿下の?いつの間に王太子殿下は妃殿下をお迎えになられたんですか?」

「つい最近だね。ニングスキーとの戦の前だよ」

「ほー、それはますます素晴らしい。あの、これを大々的売り出してもよろしいものでしょうか?王太子妃殿下ご愛用アンクレットと」

「良いのではないかな?どう思う?ロッティ」

「お好きにどうぞ」


 もう勝手にどうぞという心境で頷く。ちなみに、アンクレットはキスコンチェの文化じゃなく、異世界の文化だけどね。


「近々、王太子殿下と王太子妃殿下の結婚式もあるらしいからね、それに絡めて宣伝するといい。では、僕達はこれで」


 アダムに肩を抱かれるようにして店を出た。


「モードになった気分はどう?」

「流行るかどうかなんて知らないわ」


 アダムの着けていた物を身に着けたかった、そんな軽い気持ちで巻いただけだ。流行ろうが流行るまいが知ったことではない。


「ロッティが王太子妃として周知されるのは良いことだけど、みんながロッティの足に注目するのはまずかったかな」


 確かに足に革紐を巻いた途端、物珍しさからなのか、女性も男性も私の足に視線が行くらしかった。アダムの顔から女達の視線をそらすことができただけでも、アンクレットグッジョブ!って感じよね。


「ね、さっき店主が近寄ってきた時、私のことかばったじゃない?なんか殺気でも感じたの?」


 店主は普通に善良な平民らしかったが、アダムがあんなに過敏に反応したのだから、なにかしら危険なことを察知したからじゃないかと尋ねる。


 アダムはポリポリと頬をかく。


「あの店主、凄い食い入るような表情でロッティの足を見ていたから……」

「アンクレットに興味があるだけだったんだね。アハハハ、変態かと思ったのか」


 守ってくれたのは正直嬉しい。背中に頬擦りしたくなったくらいだ。私の旦那様ってかっこよすぎだよね。


「……見られたくなかったんだ」

「え?」

「誰にも見られたくないんだよ、ロッティの足。ロッティの足で知らない男が妄想するとか、考えるだけで嫌だ」


 妄想って、足○キとかかな?ちょっとマニアック?アダムだったら、お願いされたら全然やっちゃうよ。

 それにしても、ちょっと拗ねた感じのアダムも無茶苦茶可愛いな。


「アハハハ、私の足で妄想するなんてマニアだね」

「マニアじゃなくて普通だよ。ロッティは少し自分の魅力を再認識した方がいい。怖い目にあってからじゃ遅いんだからね。この間だって迷宮で……」


 いきなりお父さんモードに突入して、お説教が始まったよ。

 これも愛かな。

 父兄愛のような気がしないでもないけどさ!


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