第33話 旦那様と初デートです2

「……だよ。わかった?」


 お説教、終わったかな?


 私は神妙に聞いているふりをしながら、アダムの喉仏を観察していた。喉仏って、なんでこんなにエロいのかな。アダムのだからか、三割増しにエロく見える。


 実は男性の性感帯でもある喉仏。ちょっとMっ気のある男性には、喉仏ハムハムしてあげるのって好評なんだよね……なんてことを考えていた訳だ。

 だってさ、足で妄想が普通とかアダムが言うから、アダムにも少しMの思考があるのかなって、私の妄想も膨らむに決まってるじゃん。


 ソフトSMなら撮影でしたことはあるし、できれば私は攻められたい方なんだけど、アダムならば攻めるのもアリだよね。鞭とかは嫌だけど、緊縛とかはいいかなァ。


 手足を縛られたアダムかァ……。


 羞恥に染まったアダムが、情けなさそうな顔でお願いしてくるとか……。「足で……足でグリグリしてください」なんて上目遣いで言われたりなんかしてさ、「はい、喜んで!」って、喜々として答えちゃいそうだよ。焦らしたり言葉責めしたりは苦手なんだよね。


 ヤバイ……妄想が爆発しそう。


「ロッティ、聞いてた?」


 アダムの喉仏を凝視している私を訝しんでか、アダムは私の目の前で手を振ってみせた。


 別に耳栓してた訳じゃないから、言っていたことは聞こえていたよ。ちょっと、アダムの喉仏で妄想しすぎて、ちょこちょこ意識がエロの世界に飛んで行ってただけで、大まかな内容は頭に入っているから大丈夫。ちゃんと理解してますからね。


「大丈夫だよ。これでも前世はバリバリの社会人だったんだからね。悪さしようとする男にスキなんか見せないって」

「バリバリの……とか言ってる時点で大丈夫かなって思うんだけど」


 アダムの心配顔、ご馳走様です!


 私は、なんとなく言い足りなそうなアダムを引っ張り、次に予定していたパンケーキ屋へ向かう。


 うちのママリン、お菓子作りが趣味だったから、パンケーキも定番の三時のオヤツだったんだけど、やっぱり有名処のパンケーキも食べてみたいじゃん。食事みたいなパンケーキもあるみたいだから、甘い物を好んで食べないアダムでもいけると思うんだよね。もちろん私は生クリームたっぷりのインスタ映え(インスタどころか携帯すらないけどね。長距離通信手段は伝書鳩だし)するデコデコのパンケーキを頼む予定。


 アダムのお説教はすっぽり頭から抜け、ついでにソフトSMの妄想も頭の端に追いやられ(なくなりはしないよ。私だからね!)、意識の大半は甘々パンケーキに持っていかれる。

 パンケーキ屋に向かう途中、よろけながらアダムにぶつかってきた黒髪の子供がいた。なんか当たり方が……?


「気ぃつけろよ!木偶の坊!」


 支えてあげたつもりのアダムは、子供に罵られながら足を蹴られて、目を白黒させている。子供はすぐに走って路地に消え、アダムは頬をかきながらその後ろ姿を眺めていた。


「アダム、財布はある?」


 少し不自然な子供の様子に、私はアダムが財布を入れていたズボンのポケットにすぐに目をやった。

 キスコンチェも平和な国だったから、スリや強盗の類はいなかった(すぐ裏の山に山賊はいたけどね)けど、やはりこんな大きな都では、子供相手とはいえ注意が必要なんじゃないだろうか?


「え?」


 アダムが慌ててズボンのポケットを探った。


「やられた!」


 護衛のイーサンとロザリーは十五メートルくらい後ろをついてきていて、アダムはイーサンに合図を送ると走り出した。


「ロッティ、ここでイーサンと待ってて!すぐに戻る」


 すぐさまアダムは子供を追って路地に消えた。

 王太子自らこんな危なげな裏路地に飛び込むとか、いきなり襲われたりなんかしたらまずいんじゃないの?!


「シャーロット殿、どうした?!」


 アダムに呼ばれて近づいてきたイーサンは、眉をひそめてアダムが入った路地を凝視している。そりゃそうだ。私はロザリーの、アダムはイーサンの護衛対象なのだから、その護衛対象がいきなり走って行ってしまったら戸惑うだろう。私もアダムが心配で、裏路地の様子をうかがう。


「子供のスリ。アダムが追ったわ。子供は路地に入っていったよ。イーサンも追って!アダムじゃ裏路地はわからないでしょ」

「だな!」


 イーサンは口笛でロザリーに合図を送ると、すぐさまアダムの後を追った。


 ロザリーはこっちに走ってこようとしたが、足元に突っ込んできた子供につまずき、転がった子供が盛大に泣き出した。泣き喚く女の子の兄だろうか、ロザリーにくってかかっている。ロザリーは慌てて女の子を抱き起こしたが、激しく泣く女の子に、なぜかそれを見た違う子供まで泣き出し、周りに人だかりもできて、ロザリーを中心に大騒動になってしまった。


 慌ててそっちに向かおうとしたが、後ろの路地から子供の悲鳴と男の罵声が聞こえてきた。見ると、男が一方的に子供を殴り、子供は泣きながら助けを求めていた。


 あっちもこっちも子供の泣き声だらけ。王都はいったいどうなっているの?!


「ちょ……、もう!」


 ロザリーは人だかりで姿は見えなくなっているし、裏路地では男はさらに激昂して子供を蹴り飛ばすしで、私は慌てて蹴り飛ばされた子供の元に走った。


「止めて!止めなさいッ!!」


 男は子供に馬乗りになっていて、私はその背中に体当たりして振り上げられた腕にしがみついた。


「こんな子供になんてことすんのよ!」


 十歳くらいの男の子だった。男の子はグッタリして意識がないようで、これ以上殴られたら死んでしまうと、私は必死の思いで男の腕に体重をかけて押さえつけようとした。しかし、私の体重で成人の、しかもかなりガタイの良い男を押さえつけられる訳もなく、男は私を背負ったまま立ち上がると私を地面に向かって振り払った。

 地面に背中を強く打ってしまい、一瞬息が詰まる。しかしすぐに起き上がって男と子供の間に入り、背中に男の子をかばうように立って男を睨みつけた。


「なんだ!関係ねぇ嬢ちゃんは引っ込んでろ!こいつは……そう、昨日のシノギを払えなかったんだ。殴って何が悪い!仕事をきっちり勤めねぇこのガキが悪いんだろが!」


なんかよくわからない間があったけど、子供を殴る理由なんかある訳ないじゃないか。


「だからって、こんなになるまで殴るなんて酷いじゃない!これ以上手を出すなら大声を出して人を呼ぶわ」


 ロザリーを呼んでこの男を騎士団に付きだそうと、大声を出す為に大きく息を吸いこんだ瞬間、私の鼻と口を覆うように濡れた布が押し当てられた。


 この臭いは……。


 暴れて振り払おうとしたが、目の前の男の拳が私の鳩尾に入り、私は膝から崩れ落ちた。


「ごめんな、姉ちゃん……」


 子供の声が耳元で響き、私の意識は暗転した。

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