第31話 旦那様とデートの約束をしました(後半アダム目線あり)

「アダム、お忍びデートがしたいです!」

「デート?」


 初恋を自覚した私だけど、アダムが女性になれるよりも、まず、私が好きな相手の前でアワアワならないようになれる必要があるってことを学んだ。毎回「好き」って言おうとしただけで熱を出したと思われて寝かしつけられたら、いっこうに先に進まないじゃない?寝なきゃいいだけの話なんだけど、健康に育ったこの身体は、どうにも睡眠欲には勝てないらしい。


 どんな私でも、欲求には忠実なんです!……って、自慢してる場合じゃない。その為のデートのプレゼンをしなくては。


「そう!護衛とかもなしで、二人で王都をブラブラするの。美味しいパンケーキの店や、可愛い雑貨屋さんの場所も聞いたよ。なんか、夜景スポットとかもあるらしいんだ」


 まずはデートで二人の距離を縮めて、アダムを好きな自分に抗体を作る。それから夜景スポットで良い雰囲気の中告白!まぁ、万が一尋常じゃないくらい顔が赤くなろうが、緊張からドス黒くなろうが、暗ければアダムにはバレないでしょうし。


 それにね、今回のデートの目的はもう一つある。


 ロザリーに聞いたんだけど、仲の良い恋人や夫婦はお揃いの小物を持つんだって。指輪文化がないから、ハンカチや髪紐をお揃いにするらしい。

 ハンカチといえば、ロザリーも前にハンカチ見てニヤニヤしていたような。まぁ、他人の恋愛には興味ないからそれはあえてスルーしたけど、どうせならアダムとそういうの持ちたいじゃん。なんか王道の恋愛って感じがして、恋愛初心者の私向きな気がするし。


「王都か……、非公式視察の時期ではあるけど」


 アダムはブツブツつぶやき、なにやら考えているようだ。


「駄目?」


 必殺、潤んだ瞳攻撃!(子供好きなおじさんにしか効いたことないけどさ)


「……護衛なしは無理だよ。目立たないように影から護衛させるのでよければ、明後日ならば時間がとれそうだ。でも、夜景はなしだ。夜の護衛は複数人必要だし、さすがに離れた位置からの護衛は認められない」


 フム、王太子になるとそんなにガチガチに護衛が必要なのか……。


 日中歩き回っている林にも護衛を置いているということを知らない私は、護衛が必要なのはアダムではなく私だということにも気づかず、王族(自分は除外)って大変なんだなぁと呑気に考えていた。


 だって、実家(一応王家)にいた時は一人で出歩きたい放題だったし、夜中にしか咲かない薬草の蜜を取りに、山(山賊いる方ね)で野宿とか平気でしてたから。


「じゃあ、明後日!約束ね」


 私が小指を出すと、アダムは懐かしそうに微笑んで小指を絡めた。


 ヤバイ!

 顔が真っ赤になってる筈!アダムのふとした笑顔にトキメイちゃったじゃん。


 私は病気認定される前に撤収した。


 ★★★(アダム目線)


 指切り、凄い昔の記憶だ。前世であの人とした指切りが最後だな。


 サキさん、あの人の遺作となったあの幻のAV。結局世に出せる訳もなくお蔵入りになったのだが、あれを撮る前に「いい作品にしようね!約束」と、小指を差し出してきた彼女は、さっきのシャーロットのようにワクワクしたような楽しげな表情をしていた。


 小指を絡められて指切りしただけなのに、なぜか裸で抱き合うよりもドキドキしたのを覚えている。


 多分だけど、あれが僕の初恋だったような気がする。高校時代の彼女は、告白されてなんとなく付き合っただけだったし、それからは恋愛なんかする状況じゃなかったしで。

 仕事の話をして好感を持った彼女に、あの指切りで墜ちたんだと思う。ただ、それからの出来事が大事過ぎて、すっぱり頭から抜けていたが。


 シャーロットとの指切りでそれを思い出した僕は、なんとなく浮気をしてしまった男性のような気分になって落ち着かなかった。


 突拍子もないことを急に言ったりやったりするシャーロットは、まさに本能のままに生きているというか、裏表がなくて魅力的だ。大きな瞳は吸い込まれそうだし、クルクルかわる表情は愛嬌満点で、そばかすも愛らしい。しかも可愛らしいだけじゃなく、戦場を馬で駆け抜ける豪胆さや、変装して宮殿に潜り込む奇抜さも持ち合わせている。


 王太子妃としてはどうなんだと、頭の硬いお祖父様あたりには言われそうだが、シャーロットの魅力の一部であるから、今のままのシャーロットでいられるように、彼女を支えていきたいと思うようになった。


 まぁ……ぶっちゃけ、規格外のシャーロットに惚れてしまったということで、彼女とならトラウマも克服できるんじゃないかと思う。たとえ、これから先シャーロットの胸が爆発的に成長を遂げたとしても!


 今のシャーロットならば、全くトラウマは発動せず、なんならベッドだって共にできてしまっている。シャーロットの寝相が悪すぎて、いつベッドから落ちて怪我をするか心配で、一人で寝かせられないからなんだけど。

 閨的ななにかは皆無で、色気のイの字もないのが実情だったのだが、最近のシャーロットは僕のことを見てさっきみたいに顔を赤らめてくれることが増えた気がする。相変わらず下品なことを言ってニシシと笑っているところを見ると、僕をそういう対象としては見てないんだろうけど、多少は意識し初めたのかもしれない。


 けれど、シャーロットが成人……いや女性の身体の負担を考えればせめて18歳になるまでは、子供ができる行為をするつもりはない。それまであと四年、二人で夫婦の絆を深めていきたい。その我慢を考えれば、トラウマがあるくらいでちょうど良かったんだろうなと思う。


 主宮殿の王太子執務室で、四年後のシャーロットを妄想しニマニマしていると、イーサンがちょっと気味悪そうにしながら声をかけてきた。


「殿下、王都の非公式視察のことだが」

「それ、明後日に決めた」

「明後日か……午後なら時間があるな」

「護衛の手配を」

「護衛?いつも殿下には護衛はつかないじゃないか」


 僕にはね。


 イーサンに剣術をしごかれた僕には、通常の護衛は必要ない。不慮の事態に備えてイーサンについてもらっているが、二人でいればだいたいの事件には対処できる。だから、非公式の視察にはだいたい護衛はつかないのだが、今回はシャーロットの為の護衛が必要だ。もちろん、僕がしっかり守るけれど、万が一には備えないといけない。


「今回の視察はロッティも一緒だ。ロザリーはもちろん、イーサンも護衛に入ってくれ。あと、騎士団の小隊……いや中隊を王都に配備だ」

「そこまでするか?」

「ロッティになにかあったら僕が耐えられない」


 顔に「過保護」とデカデカと書いてあるが、それはお互い様だ。こんな顔をして子供好きなイーサンには、平民出身の内縁の妻との間に三歳になる可愛い女の子供がいる。その娘を溺愛してやまないイーサンは、家の警備に半端ないくらい金を投資し、自分の王国騎士団団長の地位をフル活用して、騎士の見回りの順路に自分の家を組み込んだりしている。理由は、娘が可愛すぎて誘拐される恐れがあるから。


 貴族のしがらみで平民とは結婚できないから内縁扱いだが、イーサンは妻と娘を溺愛する、超がつくほどの過保護夫であり父親だった。


「ずいぶんと仲良くなったものだな」

「あぁ、陛下には感謝している。彼女が後宮に入れられていたらと考えたら、ちょっと謀反でもおこしていたかもな」


 けっこう真面目に答えたのだが、イーサンは冗談だととらえたらしく、軽く笑って書類を大量に寄越してきた。


「視察デートがしたけりゃ、書類はかちんと終わらせておくんだな」

「わかってる」


 僕はシャーロットとのデートの為に、山となった書類に黙々と目を通して判を押していった。







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