第29話 第二妃の誕生日パーティー2

「ちょっとあなた!シャンパンを五つに赤ワインを四つ、白ワインを一つ用意して」


 ドリンクブースにやってきたのは、アダムの周りにいた令嬢だった。


「はい、かしこまりました」


 私が対応してお酒を注いでいると、令嬢が手のひらに持っていたなにかを白ワインが注がれたグラスに入れた。


 えっ?

 そんなわかりやすく目の前で入れてくれちゃうの?


 思わずマジマジと令嬢を見てしまうが、令嬢は私が見ていることなど全く気にしていない様子だ。


「あなた、それを持ってついていらっしゃい」

「あの、その娘はまだ見習いですので私が」


 カリナがかわりにグラスの乗ったトレーを持とうとすると、令嬢はピシャリとカリナの手を打った。


 叩いたよ、この人……。


「出過ぎた真似は控えなさい。私はこの娘に言ったのよ」

「カリナさん、私が行きます」


 白ワインになにか入れたの見たしね、白ワインは一つしかないからすり替えたりはできなそうだけど、渡すふりをして溢したりすればいいか。

 でもその前に、アダムに気づかれないようにしないとだよね。身長も体型も違うし、よっぽど顔をつき合わせなきゃ大丈夫……だと思うけど。


 令嬢の後についてトレーを運ぶと、そこにはアダムに話しかける今日の主役のテレジア第二妃がいた。

 ダニエル王は最初の挨拶のみですぐに退場してしまった為、見るからに不機嫌そうだ。


 テレジアは私がグラスを差し出す前に、自分から白ワインのグラスを手にとってしまう。


「アッ!」


 アダムに渡すと思いきや、まさかテレジアに薬を盛ったの?


 思わず溢れた声に、テレジアに一瞬ギロリと睨まれてしまう。


「アダム様、子のできなかった私にとって、あなたは私の子同然。スザンナ様が後宮から離れられた今、あなたの後ろ盾は私しかいないと思っております」

「過分なお言葉ありがとうございます」


 アダムがスマートに礼をすると、テレジアは取ってつけたような笑顔を浮かべた。


「あなたもこの度は、第一妃をダニエル様から押し付けられたようですし、次は気に入った娘を妃にしたらいかがかしら。私の親しくしている令嬢方は、みなさん見目も美しく教養も豊かでいらっしゃるわ。ミシュア様はご存知よね?彼女は特に素晴らしいご令嬢だと思うでしょ。ミシュア、恥ずかしがらないで前にいらっしゃいな」


 いや、そのご令嬢、さっきはそこにいるアナベルと競ってアダムにアピールしていたから。


 ミシュアは勝ち誇ったような顔をアナベルへ向け、アダムの前に出て綺麗な淑女の礼をきめる。そしてまるでアダムのエスコートを受けるのは自分だと言わんばかりに、アダムの右側に立つ。


「さぁ。これをアダム様に」


 テレジアは持っていた白ワインをミシュアを渡した。ミシュアは心得てますというようにそれを受け取りアダムに渡す。


 やっぱりアダム用かい!


「皆、私の誕生日を祝って乾杯しておくれ」


 ヤバイ!


 今までどんなにすすめられても飲食を断っていたアダムだが、今日の主役にすすめられては断る訳にいかない。

 私の持っていたトレーは一瞬で空になり、アナベルの唱和で皆がグラスを開けていく。


「……アダ」


 私がアダムの手からグラスを奪い取ろうと近寄ったその時、ドリンクを取りに来た令嬢が私の腕をグッとひいた。


「なにを?!」

「黙っていればあなたは無罪放免よ。でも、一言でも喋れば……わかるわよね。これはテレジア様の意志なんですから」


 他の令嬢にも阻まれ、アダムに近寄ることができない。


「もし、あなたがなにか言ったら、あなたがあれを仕込んだと言うわ。高位貴族の私と、たかだか侍女見習いのあなた、どちらの言うことが信用されるか。馬鹿な侍女でもわかるでしょ」


 令嬢達はクスクスと笑い、その間にアダムはグラスのワインに口をつけてしまった。そして、ミシュアに促されるままに歩き出してしまう。


「ミシュア様ったらうまくやったわね。テレジア様に取り入って、王太子妃の座をゲットするなんて」

「あら、私達にだってまだチャンスはあるわ」

「そうね。あの媚薬は一人じゃおさまらないっていうし……」


 媚薬?!


 私は慌ててアダム達が歩いていった方へ走った。アダムにミシュアが寄り添うようにして、大広間からベランダに出ていく二人が目に入った。人混みを縫うようにしてベランダにたどり着いたが、アダム達はベランダから庭園に出てしまったようで、辺りを見回してもどこにもいない。


 庭園に下りてとりあえず、人のこなさうな場所を探す。わざわざ庭園に出たということは、媚薬の効果が出るまでに少し時間がかかるのだろう。即効性だったら、休憩室に連れ込んでしまえばいいからだ。庭園を観賞するふりをして、人気のないところに連れ込んで、徐々に効果のでてきたアダムを頂くつもりに違いない。


 花々の迷宮。あそこが一番怪しい。

 庭園の一角に、低木で作られた生け垣の迷路がある。低木に花が咲く時期は、白とピンクの花々が迷宮を彩り、花々の迷宮と呼ばれている。今の時期は葉のみの迷路であまり人気がない。しかも、迷路のいたるところに休憩できるガゼボがあり、お茶会などを催す為の小離宮まであると聞いた。


 私は花々の迷宮に飛び込んだ。


 とにかく人の気配をするところに闇雲に突っ込んでいく。迷路なんか無視だ。ちょっとして隙間や地面スレスレをくぐり抜け、とにかく直進して奥に向かった。侍女服は枝に引っかかって破れるし、小枝で顔や腕に引っかき傷もできるし、眼鏡なんかどっかに吹っ飛んでいってしまった。

 真ん中辺りまで来た時、人の話し声が聞こえてきて、私は生け垣からスボッと顔を出した。


「アァァッ!もっと……キャー!!」


 目的の二人とは違うカップルに遭遇してしまい、まさに最中のところ、二人の間に顔を出してしまったようだ。

 女性が最初に私に気づき、男性を突き飛ばして悲鳴を上げながら走っていってしまう。

 下半身丸出しのままの男性は、何が起こったのか理解し難いようで、滾るナニを隠すことなく間抜けヅラを晒していた。


「お邪魔しました!」


 残念ながら、全く魅力的なナニではなかった。中の下くらいかなと、勝手に評価をつけながら、私は生け垣を飛び出してまたさらに先に突っ込んでいく。


「おい、こら、ちょっと待て!」

「邪魔してごめんなさい、でもちょっと一大事なの。離してよ!」


 生け垣を抜けようとしたところを、腕を掴まれて引き戻された。


「おまえのせいで、あとちょっとだったのに逃げられたじゃないか!どうしてくれるんだ?!責任とれ!」

「自分でなんとかしなよ。ってか、あとちょっとなら、ちゃちゃっと擦ればいいじゃん。じゃ、頑張って!」


 再度生け垣を抜けようとしたが、強く腕を引っ張られ、枝で裂けていた袖が大きく破けた。


「あ!」


 白い生腕が男のスイッチを押してしまったのか、男はそのまま私を地面に引き倒し、マウントをとってきた。


「ちょっと!あんたの三擦り半に付き合ってる場合じゃないんだってば!離して!降りなさいよ!」


 ジタバタ暴れるが、小柄な私が一般成人男性の力に敵う訳がない。


「おとなしくしろ!おまえみたいなブサイクな侍女が、お貴族様の子だねを貰えるんだ。素直に足を開けば、痛い思いはさせないさ」


 男は私の胸を鷲掴みにした。ほとんどパッドの部分を。


「うん?なんだ、この感触……」


 パッドだよ!パッド!本物のおっぱいはその下!


 私は男の股間目がけて膝を蹴り上げた。クリーンヒット!ざまぁみやがれ!


 悶絶する男を押し退け男の下から這い出ると、スカートの上に男が乗っていたようで、またもやビリッと破ける音がする。


 もう!借り物なのに。


 最初に枝でかぎ裂きを作ったのは私だが、それは見て見ぬふりだ。だって、修復不可能なくらい破れたのはこの男のせいだもんね。


「……この女!」


 男が腕を振り上げて私を叩こうとし、私は頭を両手で抱えて目をギュッと閉じた。


 殴られる!


 しかし、男の平手は私の頬を張ることはなく、私は恐る恐る目を開けた。


「女性に乱暴を働くとは、どこの家の者だ!」


 目元を赤らめたアダムが、男の腕を掴んで私から引き離していた。



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