第35話 襲われてます!

「おまえ、貴族の女なんだろ?どこのご令嬢かは聞いてないがよ、こんな貧相な身体でも需要があるとか、どんなマニアックな貴族に目つけられたんだ、あ?あのじいさん、さる高貴な方からのご依頼としか言いやがらねぇからな」


 男はベロリと私の首筋を舐め、私の反応を見るように顔を離した。気色の悪い感触に思わず鳥肌が立ちそうになったが、あえて笑顔を作り男の目を真正面から見つめた。男は、相変わらず私の手の縄をつかみ、私の両手はバンザイの状態で頭の上に上げられたままだ。


「知らないよ。なに?あんたも知らないの?へぇ、ずいぶん危険な橋渡るんだね。私が誰かも知らない、依頼人のことも知らない。使い捨てのコマ的な存在なんだ。危なくなったらポイってされるね」


 恐怖で震えているとばかり思っていた私が、平然と笑みまで浮かべていることに、男は理解できないというような顔をする。


 普通の貴族の子女なら、こんなレイプ一歩手前みたいな状況、泣き叫ぶか気絶してるかかもしれない。泣き叫んで嫌がる女を無理やりヤるのがこの男の性癖なら、どんなに気持ち悪かろうが余裕綽々みたいな顔をしてやる。


「なんだよ、ずいぶん余裕だな。おこちゃま過ぎて、男と女がなにするか知らねぇんだろが」

「さぁ、それはどうかしら」


 私は膝を立て、男の股間をグリグリと刺激した。


「ゥハ……、なんだよ、ガキみたいな顔してやる気満々じゃねぇか。貴族の女とはヤッたことねぇんだよ。平民女とどう違うか、じっくり堪能してやるよ」


 男はつかんでいた縄から手を離し、興奮したように私の身体を弄りだした。


「できるものなら……ね!」


 やっと腕を動かせるようになり、私は手のひらに握り込んでいた物を男の口に突っ込んだ。


「アガッ……」


 男は私の上に倒れ込んできた。私は大きな男の身体の下敷きとなり、ジタバタと暴れた。


「ちょっとそこの君!こいつをどかしてよ。重くて死んじゃう、死んじゃうから!」


 男は、私の上で高鼾をかいて爆睡していた。私が男の口に突っ込んだのは、さっき男の子から取り上げた眠りキノコの胞子が染み込ませてあるハンカチで、ずっと手に握り込んで隠し持っていたのだ。


 いつの間にか意識を取り戻していた男の子は、慌てて近寄ってきて男をゴロリと床に転がしてくれた。


「はー、ありがと。君のハンカチもありがと。こいつの口の中に入ったやつでよければ返すよ。自分で取って欲しいけどさ」


 私は男の下から出ると、膝を手でゴシゴシと擦った。


「まじキッモ!キッモ!ヤバイ、キモ過ぎる!」


 自分の身体を触られたのよりも、男の粗チンの感覚が気持ち悪過ぎて、今更ながらに鳥肌が立ってくる。


「ちょっと君、この縄解きなさいよ」

「は、はい」


 鳥肌が立った腕を擦りたくとも、手首を縛られているから擦れない。男の子は私の手の縄を解いてくれた。両手が自由になり、身体の縄も自分で解いた。


「君、こいつとはどういう関係?親子じゃないよね」

「そんな訳あるかよ!こいつはこの辺の浮浪児を束ねている元締めだ。俺ら使って悪さしてんだ。いつもは俺らにスリをさせて、そのアガリをくすねていくヒルみたいな男さ。たまに今日みたいにスリ以外のこともやらされっけど」

「じゃああれ、全部君の仲間?アダムの財布すったり、ロザリーに体当たりしたりしたの」

「あぁ、俺の弟妹さ。血は繋がってねぇけど」


 男の子の名前はナチ。

 五歳の時に父親は徴兵されて死亡、母親はその少し前に流行り病で亡くなり、その後三年間親戚の家をたらい回しにされたそうだ。寝床があるだけマシというような生活だったようだが、最後の引取先の暴力があまりにも酷く、家出したところをさっきの男ガルマに会い、スリの腕を仕込まれたらしい。その後、同じような境遇の子供やガルマが拐ってきた子供達と王都の裏路地を根城に生活するようになり、今ではナチが彼らの兄貴分として小さい子らの面倒を見ながら、数人の年長者とスリをして生活していた……ということを、ナチはポツポツと話してくれた。他にも路地裏で暮らす浮浪児達の惨状も……。


「……そうか。うん、ナチの境遇はわかったよ。で、ナチの仲間の子供は何人いるの?」


 ナチはキュッと唇を噛むと、うつむいて黙ってしまった。


「小さい子もいるんでしょ?ちゃんと保護しないとじゃん」

「保護?」


 ナチは恐る恐る顔を上げると、こいつ何言ってんだ?と訝しんだ表情を浮かべた。


「そうよ。子供には保護者が必要でしょ」

「俺らを騎士団に引き渡すんじゃないのか?」

「こいつは引き渡すよ」


 落ちていた縄を拾うと、私はガルマを縛り上げだした。一日は起きないとは思うけど、子供を手加減なく殴り飛ばすような男をそのまま放置は怖いじゃん。ナチみたいに手加減はせず、前世で覚えた緊縛術(一応講習会出て、初級と中級者コースはクリアした)を余すところなく披露する。


「その縛り方……おかしくないか?」

「まぁ、気にしないで。とりあえずは絶対に外せないから」

「俺……おまえには絶対に縛られたくないな。なんか、色んな意味で人生が終わる気がする」

「あら、新しい扉が開くかもよ。あとね、私はシャーロット。おまえって名前じゃないわ。ナチは十歳くらい?私より全然年下なんだから、シャーロットさんと呼ばなきゃ駄目よ。親しみをこめてロッティ姉さんでもかまわないわよ」


 ナチは呆れ顔をした後、プッと吹き出した。


「俺は十一歳だ。俺よりガキくさい顔して、姉さん気取りかよ」

「実年齢は上だからいいのよ」

「なぁ、そのロッティ姉さんは、あいつらを保護してくれんのか?あんた貴族だろ。下働きとかに雇ってくれんのかよ」

「だいたい何歳から何歳までいるのよ?ナチが一番上なんでしょ?ってことはみんな十歳以下くらいじゃないの?」

「俺の下が九歳のカンジとサラ、一番下は五歳のミリアで全部で八人だ」


 成人が早いこの世界ではあるが、子供が親の手伝いとして仕事を始めるのはだいたい十歳くらいから。でもそれも見習いとしてで、ちゃんと稼ぐようになるのは十三・四歳くらいからだろうか。つまり、ナチも含めてまだ雇える年齢ですらない。ギリギリ見習いとして雇えるとしたらナチくらいだ。


「五歳の子供を雇えとか、無理がない?」

「水汲みや簡単な野菜の皮むきくらいならできる。床の拭き掃除とかも」

「五歳でそれは凄いね。でも、雇うのは無理だからやっぱ保護かな」

「保護ってなんだよ」


 キスコンチェには孤児院はなかった。小さな国でみんな親戚付き合いみたいなもんだったから、片親になっちゃった時はご近所さんが子供の面倒みたりしてたし、両親がたまたま不慮の事故とかでいなくなった子供は、里親制度があったからね。

 リズパインに孤児院か里親制度があるかどうか、後でアダムに聞かないとわからないけど、これだけ大きくなった国だし、しかも戦争孤児なんか沢山いそうだから、里親制度じゃまかないきれないだろう。立派な孤児院くらいいくつもある筈だ。


「衣食住の補償をするの。最低限の教育を施して、一人で生活できるくらいの職業技術が身につくまで面倒みることかな」

「は?」


 ナチはそれこそ鳩が豆鉄砲を食ったようにポカンとした顔をし、それからクシャクシャと顔を歪ませた。


「……そんなんある訳ねぇじゃん」

「はい?」

「どこの理想郷だよ。たいていの孤児は野垂れ死ぬんだ。じゃなきゃ俺らみたいに浮浪児になって、クソみたいな大人に食い物にされる。それが普通だろ」


 アダムさん、どの口が王都はそんなに治安は悪くないとかほざきましたかね?無茶苦茶治安悪いじゃん!


 私はナチを観察した。


 薄汚れていたるところが破けた衣服、靴なんか履いていないし、髪の毛はいつ洗ったんだかわからないくらいボサボサでフケだらけだ。皮膚は垢だらけで、ところどころ炎症をおこしているのか、膿んでいる場所もある。

 明らかに大人の手がかかっていない子供。


 特に子供好きとかじゃないけど、ナチはキスコンチェにはいなかった種類の子供で、日本人の感覚が強い私からしたら衝撃だった。


「そんなの普通じゃないよ。それが普通じゃ駄目なんだよ」

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