第36話 アダム!座ってください

 私が王都の浮浪児事情に衝撃を受けていたその頃、王都の裏路地は大騒ぎになっていた。


「シャーロット様がいなくなりました!!」


 シャーロットがいなくなったことに気がついたロザリーは、直ぐ様騎士団に通報、護衛として王都のいたるところに配置されていた第一騎士団第三中隊にすぐに伝令がとんだ。

 同時に王都警備を担当している第二騎士団にも連絡がいき、第二騎士団第一、第二中隊も召集され、裏路地をローリング戦法で捜索した。


「なにがあった?」


 スリの子供を捕まえたアダムが、裏路地を捜索中の第二騎士団の小隊に遭遇し、子供を引き渡そうとした。しかし、今は非常事態だから騎士団詰め所に連れて行けと言われ、アダムは騎士団員に詰め寄った。


「一般市民には関係ないことだ」

「まて、この方はアダム王太子殿下だ。俺はイーサン・ジェルモンド。非公式の王都視察をしている」


 イーサンの顔の傷跡を見てイーサンを本人と認識したのか、騎士団員は騎士の礼をとって頭を下げた。


「大変失礼いたしました。王太子妃殿下が行方不明になった為、ただいま捜索中であります」

「ロッティが?!」 


 直ぐ様走り出そうとしたアダムをイーサンが引き止める。


「まずはロザリーに話を聞こう。動くのはそれからだ」


 スリの子供は、イーサンが担ぎ上げ、二人はさっきスリにあった場所まで走って戻った。そこには簡易テントがたてられ、ロザリーが騎士達に指示を出しながら地図にバツ印をつけていた。


「ロザリー!」


 アダムの声にバッと顔を上げたロザリーは、顔面蒼白で立ち上がるとアダムの前でスライディング土下座をした。前に私が最大限の謝罪の形だと説明したからだろう。


「申し訳ございません!ほんの数分目が離れたばかりに……」

「とにかく、事情を説明しろ!」


 ロザリーいわく、子供が突っ込んできてぶつかって転ばせてしまい、泣き喚く子供とその兄の猛抗議に気を取られ、周りに野次馬も集まってきた為に私を見失ったと。子供を泣き止ませてすぐに私を探したがすでに私の姿はなく、時間にしたら五分くらいの出来事だったらしい。


「それで、その子供は?」

「いきなり泣き止んで、走って行ってしまいました」


 イーサンは顎に手を当てて考えていたが、肩に担いだ子供の存在を思い出した。


「おまえ、なんか知ってるだろう」

「なんのことだよ!いい加減下ろせよ、筋肉ダルマ!」


 今まで静かに担がれていた子供が、イーサンの一言でジタバタ暴れ出した。


「殿下の財布をすってシャーロット殿から引き離したのも、わざと護衛であるロザリーの注意をひいたのも子供だ。なんの関係もないと、なぜ言える?」

「知らねぇよ!第一、シャーロット殿って誰だよ」

「こちらの御人と一緒にいた御婦人だ」

「ただの、平民の女がいなくなったくらいでおまえら大げさなんだよ!」

「彼女は僕の大事な妻だ」

「僕?はっ!お上品なこった」


 イーサンは子供を肩から下ろし、しゃがみこんで子供と視線の高さを合わせた。普通の子供ならば泣き出すイーサンの強面顔も、この子供には効果はないらしい。


「そりゃお上品だろうさ。リズパイン王国王太子殿下であらせられるからな。いなくなられたのは、王太子妃殿下だ。いいか、これに関わった人間がただでいられると思うな。たとえ幼児であろうと、探し出して厳罰に処せられるだろうよ」

「王太子妃……殿下?」


 子供は騎士団の必死さからも事実だと認識したらしく、すぐにガタガタ震えだした。


「俺……俺……」


 イーサンは、そんな子供の肩をガッシリつかみ、額がつくくらい顔を寄せた。


「だがな、恩赦っていう言葉を知っているか?」

「恩赦?」

「おまえが俺達に協力してシャーロット殿が無事見つかったら、おまえもおまえの仲間達も、罪を見逃してやるということだ。わかるか?」


 子供はブンブン首を縦に振る。


「じゃあ、全部話せ」


 子供の話から、この誘拐劇のあらましを知ったアダムとイーサンは、子供が話した王都外れの倉庫に騎士団の馬で駆けつけた。


「あれ!あの髪紐!!」


 駆けつけた倉庫の窓から、ヒラヒラ揺れるピンクと紫の組紐を見つけたアダムは、馬から飛び降りて倉庫に走り寄った。


「ロッティ!ロッティ!!」


 組紐はアダムの黒の革紐に結ばれており、アダムはその紐をむしり取るようにとると、窓から中を覗き込んだ。半地下のようになった倉庫で、中は暗めで明るい外からはよく見えない。


「ロッティ、いるのか?!」

「はーい、いるよー」


 中から呑気そうな返事が聞こえ、アダムはホッとして鉄格子をつかんで崩れ落ちる。


「怪我はない?!今行く」


 アダムとイーサンが倉庫の入口に回り、階段を下りてすぐに扉の開いた扉を見つけた。


 ★★★


「ロッティ!ロッティ!!」


 鉄格子のはまった窓から、アダムの声が聞こえてきた。

 やはりアダムは来てくれたという嬉しい気持ちと、さっきナチから聞いた浮浪児の話に悶々としながら、私は「はーい、いるよー」と声を上げた。


「怪我はない?!今行く」という声がしてすぐ、階段をダンッダンッダンッと数段飛ばしで下りてくる音がして、開いた扉からアダムとイーサンが飛び込んできた。


「ロッティ!!」

 

 アダムは私に向かって一直線で駆けてくると、ギューギューと私を抱きしめた。「グエッ」と声が漏れたが、しばらくアダムの力強い抱擁を堪能した。


「あー、感動の再会を邪魔して悪いんだが……これはなんだ?」


 イーサンが指差したのは、口にハンカチを突っ込まれ、後手縛りから股縄を通し胡座縛りの状態で転がされているガルマだった。


「これって……緊縛……胡座縛り」



 アダムが私を抱きしめたままガルマを見て、耳元でボソリとつぶやいた。

 よくご存知で。というか、前世のアダムはM男さんでしたかね?もしくはS男さん?


「捕縛してみた。私を誘拐した現行犯」

「だろうな。で、そっちの坊主は?」


 ナチはイーサンにジロリと見られて、ビクリと身体を震わせた。


「ナチ。その男の被害者だよ。私をかばってくれたの。ナチがいなかったら、今頃その男に犯されてたかもね」

「なに?!」


 アダムが私の肩をつかんで身体を離すと、上から下まで何度も確認するように見て、衣服の乱れがないことにホッとしたように私の頭におでこを乗せた。


「あの男にお腹殴られて気絶しさせられてここに運ばれたんだけど、気絶してる時にやられなかったのは、ナチがうまいこと男を追い出してくれたからだもん。あの男、ガルマっていうらしいんだけど、孤児達をこきつかって酷いことさせてたみたい。ナチも殴られて言うこと聞かせられてたのよ」

「だろうな。酷い傷だ」


 ナチの顔は何箇所も紫色に腫れていて、明らかに男に虐待を受けていたのは目に見えてわかった。


「しかし、共犯だ。他の子供達同様な」

「カンジ達が捕まったのか?!あいつらはなんも知らないんだ!ガルマに言われたことをやっただけで、ロッティ姉さんを誘拐することは知らなかった。俺がロッティ姉さんを騙す役だったんだよ。ほら、ガルマの口の中に入ってるハンカチ、あれでおびき出した姉さんを眠らせて運ぶ予定だったんだ。……なんでか姉さんには効かなかったけど」


 ナチはイーサンに詰め寄り、自分以外は罪が無いんだと訴える。イーサンはガルマの口からハンカチを取り出し嫌そうに指で摘んで見せた。


「これか?これは?」

「眠りキノコの胞子がついたハンカチ。ナチに借りて、私がその男の口に突っ込んだの。爆睡してなきゃ、そんなふうには縛れないでしょ」

「爆睡してても……縛れるか?」


 アダムさん、そこは突っ込んじゃいけないよ。


「あのね、悪いのは全部こいつ!そんでもって、子供達はみんな被害者だよ。というか、アダム」

「は……い?」


 私はニッコリ笑って、床を指差した。


「ちょっとここに座って。お話があります。イーサン、その男を外に運んでね。ネロ、手伝ってあげてね」


 アダムは訳も分からず私の指差す場所に正座し、イーサンは触らぬ神に祟りなし状態で、ネロと二人で恥ずかしいかっこうをして縛られたガルマを抱えて部屋を出て行った。


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