第12話 エミリヤ様のお茶会
「シャーロット様、さすがにそのお顔はどうかと……」
今日は国から持ってきた中で一番の勝負服である紺色のドレス(流行りのフリフリはついてないよ。丈が膝丈とやや子供っぽいかもしれない)を着て、朝のうちにアダムに可愛く頭を結ってもらった。
ゴロゴロしたいのをグッと我慢して、自力でドレスに着替えて自分で化粧をしてみた。だってさ、侍女は高齢のマリア一人だよ。一階から三階まで呼び付けるなんてできないし、侍従に化粧なんて頼めないじゃん。
前世ではちゃんと化粧してたし、ティアラがやってくれるの見てたから、自分で出来るって思ったんだよ。いやあ、前世の化粧品の質の良さを痛感したね。
ソバカスはバッチリ隠せた!そのかわりに能面みたいな肌質になったけど。首の色と顔の色が全然違うんだよ。色を自分で配合しなきゃなんないんだけど、なかなか思う色にならなくて、結局ただの白塗り。バ○殿か!って、自分でツッコんだくらい。それからは色の配合は諦めたから、アイシャドウやチーク、口紅とかはドギツイ原色のままでさ、そっと鏡を閉めて見なかったことにした。
時間がたって馴染んだかと思ったけど、馴染む以前の問題だったようだ。
「そんな言うならロザリーがやってよー」
「侍女はどうしました?」
「マリアをここまで呼ぶのは忍びないじゃん。膝痛いみたいだしさぁ。ほら、私の部屋作るので一階から三階を何往復もしたら、腰と膝にきちゃったらしいのよ」
おかげさまで可愛い部屋ができました。広いウォークインクローゼットに、ドレスが数着しかないのはスッカスカで逆に気持ちいいくらいだ。掃除が楽だよね。
ウォークインクローゼットの入口の横にはでっかい鏡台があって、プロ仕様なの?というくらい化粧品やら美容グッズがしまわれていた。化粧にダメ出し(顔そのものじゃないよね?)されるくらいしか化粧テクのない私に、この鏡台は宝の持ち腐れ感ガ半端ない。かといって、前世みたいに使い勝手のよい化粧品を開発商品化するほどの知識なんかある訳もなく、今のところアダムが髪の毛を結ってくれる時くらいしか出番はなかった。
「……さようですか。それは大変でしたね。では、お着替えや御髪は?」
「着替えは自分でしたよ。コルセット好きじゃないのと、つけてもたいして変化ないから簡易のしか持ってないから自分でできるし、ドレスは前ボタンだから自分で着れるもん。髪の毛はアダム様がやってくれた」
「アダム様が?!」
「すっごい器用でビックリするよねぇ」
ロザリーの顔は、ビックリしたのはそこじゃないだろとあからさまにツッコんでいたけれど、言いたいことを飲み込んで咳ばらいをした。
「やはり侍女はまだマリア様だけなんですね」
「うん。マリア様……って、マリアも貴族なの?ロザリーは男爵令嬢だったっけ?」
「いえ、正確には違うかと。マリア様は第五妃スザンナ様の乳母様です。殿下のことも生まれた時からお世話をなさっておられましたし、スザンナ様が後宮をお出になられてからは、殿下の為に侍女としてお残りになられました」
リアルおばあちゃん!血は繋がってないけど。やっぱりいたわらないとだよね。
「だからアダム様も気安いんだね。じゃあ私もマリアじゃなく、マリア様って呼んだ方がいいかな?」
「そんな訳ないでしょう。シャーロット様、その顔じゃお茶会にはいけませんから、とにあえずお座りください。私がなおしてみます」
私が鏡台前に座ると、ロザリーは一旦私の化粧を全て拭き取り、新しく色を調合しつつ塗りたくっていく。
「……できました?」
なんで疑問形なのかな?
鏡を見てみると、さっきと大差ない自分が鏡の中にいた。おてもやんかな?
「駄目じゃない?これ」
「私、マリア様をおぶって連れてまいります!」
「まだおんぶで運ばれる年じゃありませんよ」
嗄れ声に振り向いて見ると、開いた扉をノックしたマリアが、私の顔を見て頬をピクピクさせていた。笑いたければ遠慮なくどうぞ?
マリアが部屋に入ってくると、朝に渡した痛み止めの貼り薬を使っているのか、凄い臭いが漂う。
「凄まじいセンスですね。ちょっと失礼」
マリアは腰を叩きながら私の前にやってくると、私の顔をリメイクしていく。全部化粧を落とすのではなく、少し拭ったり色を足したり、ほんの数分で見違える出来栄えになった。
そばかすが消えて、肌に透明感までプラスされたよ。油絵の具みたいな材料なのに、どうやったらこんな出来になるんだろう。しかもほぼ別人、変装レベルの化粧技術だった。
「さぁさ、お茶会の時間は過ぎてますよ。早く行かれた方がよろしいでしょう」
「マリア様、ありがとうございました。シャーロット様、お急ぎくださいませ」
「マリア、ありがとね。今度お化粧教えてね」
私達はバタバタと急ぎ足で階段を下り、用意されていた馬車に乗り込んだ。さすがにドレスで馬に乗るのははしたないからね。それくらいの分別はあったのよ。この時は。
普通ならば並足で走らせる馬車も、急いでいるせいで早足(かなり駆け足寄りの)になり、馬車はかなりガタガタ揺れた。お尻が何度もバウンドして、多分青痣になった気がする。
後宮に馬車がつくと、体格のよい門兵がいて色々聞かれた。身分が証明されると、門の外で馬車から下ろされ、後宮の中には護衛騎士はいらないと、単身で後宮に入るように言われた。以前ロザリーはエミリヤ様付きの護衛騎士をしていたことを訴え、一緒に入りたい旨を伝えると、しばらく待たされてやっと許可が出たが、大遅刻間違いないだった。
「ヤバイ、遅刻だ!ロザリー、エミリヤ様って時間に厳しいタイプ?いきなり『遅い!』とか言って扇子を投げつけられたりしないかな?」
「そのような方じゃありませんから大丈夫です。でも、しっかりとした理由と謝罪は必要だと思います」
「やっぱりスライディング土下座かな!」
「土下座とは?」
「説明は後で!」
多分ご令嬢は走らない。そしてもちろん王女も走らない。そんな常識の中、ロザリーと大声で話しながら走る私は、かなり注目を集めたらしい。
「王太子妃シャーロット様をお連れいたしました」
お茶会が開かれているだろう広間に到着し、ロザリーが息を切らしながら扉の前にいた護衛騎士に告げると、扉がサッと開かれた。中には、エミリヤ様ともう一人の女性が談笑しながらお茶をしていて、私は自分の名前を告げながらスライディング土下座を決めた。
「シャーロットでございます。遅れてしまい大変申し訳ございません。これは土下座といって、私の国の最大級な謝意の表れにございます」
礼をとる時に、最大限膝を折るくらいはするが、頭を地面にこすりつけるような文化はこの世にはない。だからこそ、小さい時から悪いことをした時はこれで乗り切ってきた。これをされると、大抵の人は「そこまでしなくても……」と慌てて怒りをおさめてくれるのだ。やり過ぎには注意だが。
「まぁ、面白いお作法もありますのね。スザンナ様はご存知?」
「さぁ?リズパインでは初めて拝見いたしますね。シャーロット様?でしたわね。お立ちになって、可愛らしいドレスが汚れてしまいますわ」
エミリヤがスザンナと呼んだ夫人が私の元にやってきて腕をとって立ち上がらせてくれた?
スザンナ?
少しふっくらしていて優しそうな笑顔の夫人は、金髪で綺麗な薄紫色の瞳をしていた。目の下の黒子が熟年の色消を感じさせるその顔に何か見覚えがあるような……。
背後で広間の扉が閉められ、エミリヤとスザンナという夫人、そして私の三人だけのお茶会がスタートした。
後で後宮を疾走する王太子妃の噂は後宮だけでなく王都にまで広がり、王太子が妻を娶ったという話よりも先に、私の話が面白可笑しく語られたとか。さらにエミリヤに初めて会った時に、扉が開いた途端にスライディング土下座を決めたことも奇行の一つとしてつけくわえられたらしいが、それは後日の話である。
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