第3話 山越えから海路で向かいます

 数枚のドレスと下着などの入った鞄を馬に積み、乗馬服に身を包んだ私は颯爽と栗毛の愛馬に跨った。家族はみんな大号泣だったけれど、私はニコニコ笑顔で手を振って王宮(ちょっと豪華なお屋敷)を後にした。


 うちの子は足は早くないけど、茂った山の中も奥せず突き進んだり、崖とかも駆け上がる脚力とバランス能力に長けた馬力重視のキスコンチェの特産馬だ。足は短めでガッチリしていて、蹄が無茶苦茶固い。けっこう主人思いの良い子だから、山賊くらいならその凄まじい脚力と固い蹄で蹴り飛ばして撃退してくれる。直に蹴られたら即死しちゃうから、この辺りの山賊はキスコンチェ種を連れている人間は襲わないものだ。


「良い馬だな」


 イーサンが横並びに馬を歩かせながら言った。この子もうちの馬でイーサンにレンタル中。私の愛馬マロンよりも一回り大きい雄馬で、マロンのお婿さん候補だ。ビックリしたことに、イーサンはあの甲冑をつけて徒歩で山越えしてきたらしい。こっちの山は崖が多い。生い茂った藪をかき分けて進むといきなり崖だったり、底なし沼だったりと、トラップのような地形をしている上、全体的にエグイ程急勾配で土質が滑りやすいときている。よく生きて辿り着いたものだ。


「そうでしょう。うちのマロンちゃんはお利口さんなの」

「マロンというのか?」

「うん。マロンがいれば山賊も襲ってこないからね。安全に山越えできるわよ」

「それは心強いな」


 豪快に笑うイーサンだが、キスコンチェ国に辿り着くまで、この険しい山を登山し、遭遇した数組の山賊を全て撃退してきた武勇の騎士だ。マロンがいようがいまいが心配などないのだろうが、愛馬を自慢気に褒める私を微笑ましそうに見ながら、喉は渇かないか、お腹はすかないかと、渋メンのわりに甲斐甲斐しい。どうやら彼はこんな見た目で子供好きなようだ。


「ちょっと遠回りになるが、海に出て海路を通ってリズパイン王国に戻る。シャーロット殿は船は大丈夫か?」

「乗ったことないからわかんないけど、きっと大丈夫よ。マロンが崖を下る時だってかなり揺れるけど気持ち悪くなったことないもの。でも、なぜ海路なの?」


 リズパイン王国からうちの国にくるなら、逆の山を越えて隣国のニングスキー王国を縦断した方が速い。わざわざ船を出し、危険な海路を選択する意味がわからない。


「あぁ、ニングスキー王国にも使者を出したんだがな、使者が棺に入って帰ってきたから、今日明日にでも開戦するだろう」


 なるほど。

 ニングスキー王国の奴らはみんな血の気が多かったな。リズパイン王国程じゃないにしろそこそこの大国だし、勝てるとでも思ったのかな。いや、馬鹿ばっかだから何も考えていなかったかもしれない。


 ニングスキー王国とキスコンチェ王国は同盟国とまではいかないが昔から交流があり、一年に一度交流会という名の晩餐会を催していた。というかさせられてきた。

 ニングスキー王国のおかげで、リズパイン王国の脅威にも他人事のように平和に生活できてるって、奴ら恩着せがましくいつも言ってたっけ。うちみたいな農業国、ただ単に眼中にないだけだって思わなくはなかったけど、今まではそれを否定もできなかったから、よっぽどの無理難題(ティアラを嫁に寄こせとか言われた時は、そっこう仮の婚約者を立てて婚約済みですって断ったけどな)じゃなければ、あっちの言うことを聞いてきた。なのにさ結局、うちもリズパイン王国の支配下に入ったじゃんかね。


 そんな相手との晩餐会が楽しい晩餐会になる筈もなく、まさに苦行の時間だったよ。みんな嫌味な奴らだったけど、特にニングスキー国の第一王子は激情型で思い込みが激しく……まぁ昔から鬱陶しい男だった。しかも、ティアラに懸想している気持ち悪い男でもあり、婚約者がいるって断ったにもかかわらず、嫌がるティアラを何度手籠めにしようとしたことか。その度に私が何も知らない子供のふりしてぶっ潰してきたから、あいつには嫌われている自信がある。


 そして、私もあいつが大嫌いだ!あいつらみんな嫌いだけど特にな!


「だから、うちなんだ」


 イーサンがわざわざ海を使って迂回し、面倒な山越え(こっちの山のが険しいから)してまで、キスコンチェ王国を落としたかった理由、わかっちゃったよ。


「だからとは?」

「挟み打ちにするんでしょ。あそこは背後が山だから後方の備えが薄いもん。でも海路で来てこっちの山越えして背後から襲うにも、距離あり過ぎて補給が大変なんだよね。だからうちで補給したいんでしょ。うちは農業国だからね。貯蓄はそこそこあるし」


 戦には補給が大事だって、前世の漫画で読んだもんね。ペラペラ得意気に話す私を、イーサンは目を細めて聞いている。


「確かに、補給地点としてはキスコンチェ王国は絶好の場所かもしれないが、この山越えはどうする?ニングスキー王国側の山と違い、この山を一般の兵士達が越えるのはきついだろうな」

「そうだね。うちの馬もそんなにいっぱいいる訳じゃないから、なるべく危なくないルート選びが重要だよね。崖とかには楔打って鎖を垂らしておけば登り降りしやすいしね。後は靴かな。靴の裏に鋲を打つの。もしくは、着脱できるように鋲打ったものを靴に縛り付けても良いよね。そしたら滑り止めになるから、滑落の恐れが減るよ」


 イメージは前世テレビで見たロッククライミング。あとはサッカーのスパイクとか、雪道で滑り止めの為に売ってたカンジキみたいなの。


「ほう!シャーロット殿は賢いな」

「常識だよ」


 褒められて鼻をこする。全部前世の知識だから、別に賢くなんかないんだけどさ、褒められたら嬉しいじゃん。私は謙遜なんかしないよ。もっと褒めてくれて良いからね。


「じゃあ、なるべく危なくないルート選びとやらもわかるか?」

「簡単よ!山賊を雇えばいいわ」

「山賊?」

「そうよ。商人達が山越えする時は道案内と護衛に山賊を雇うの。彼らは山の案内人と山賊のダブルワークなの。自分達の雇用主は守るけど、それ以外は全力で強奪する。どっちも命がけの仕事だから、雇うにはちょい値が張るけど、大国であるリズパインなら鼻くそみたいな値段よね」

「こらこら、淑女は鼻くそとか言わないだろ」

「そうね。あと半月もしないうちに成人するから、そうしたら淑女らしく振る舞わないとだよね。だから、今はできる限り子供を満喫するわ」


 AV取れば女優だもんね。演技は得意よ。特にイッたふりとかは大得意で、監督さんも本気イキだと思ってたもんね。


 それからも色々イーサンと話しながら山を越えた。私がお喋りなのか、イーサンが聞き上手なのか、船に乗り込んだ時にはイーサンはすっかり私のことにもキスコンチェ王国のことにもマニアになっていた。


 私的には、イーサンも全然アリ(性的に)だったんだけど、さすがにダニエル王に嫁入りするからね!健全に旅したよ。


 船旅は、まぁ、あんまり思い出したくない。二度と船に乗りたくないって思うくらいにはゲロゲロしたよね。次に里帰りする時には陸路で帰りたいから、是非ともニングスキー王国征服お願いしますって感じだね。あいつら嫌いだから、良心とか全然痛まないよ。


 海路からリズパイン川に入ると、波がないからゲロゲロもだいぶ治って、周りを見る余裕もできてきた。

 山と畑と肥溜め(パパリンがよく落ちるからイメージ強めなのよ)しかない場所で育ってきたから、この世界は前世と比べたら無茶苦茶遅れてるのかと思っていたんだけど、こんな馬鹿でかい船が人力じゃなく動いているんだからそんなわけなかった。

 川沿いに見える街並みはきちんと区画されており、道路も舗装されているようだ。街頭も見えるから、夜でも歩けるんだろう。日の出と共に起き日没に就寝してたうちらとは文化レベルも違いそうだ。


 さすがにスマホがある生活じゃないだろうから、全然臆することなんかないけどね!


「シャーロット殿、あまり乗り出しては落ちてしまう」


 私の乗馬服の裾を掴んだイーサンは、過保護なお父さんよろしく、さっきからあっちこっち移動しながら街並みを見る私の後をついて回っていた。


「ねぇ、リズパイン王国の王宮はどこ?ここから見える?」

「ここはまだ国外れの田舎町だからな、まだまだ川を上らないと見えない」

「ここが田舎町?!」 

「まぁ港があるから多少は栄えているがな」


 なるほど……。

 これは戦う前に白旗降伏で良かったよ。大人と幼稚園児程の差がある。鉄砲に槍で対抗するようなもんだ。


 それから数日かけて川を上り、リズパイン王国の王都に辿り着いたその日は、私の十四歳の誕生日だった。


 よし!これでダニエル王とめくるめく官能の日々を送るんだから!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る