第25話 ハアッ、気持ちいいです

 キスコンチェの王宮の復興にも目処がつき、スチュワートが自治領主となってからはニングスキーも急速に落ち着きを見せた。私達はニングスキーを抜ける陸路を使い、快適な陸の旅をへてリズパインに帰ってきた。


「ただいまー」

「お帰りなさいませ、殿下、シャーロット様」


 王太子宮につくと、マリアとロザリーが出迎えてくれた。


「そういえば、ロザリーは私の護衛なのに、今回の遠征にはついてこなかったね」

「私は船だけは駄目で……。申し訳ありません」

「別に大丈夫だけど。私も二度と船には乗りたくないもん」


 誰にも得手不得手があるからね。駄目なものは駄目でしょうがないと、この時の私は思っていたのだが……。


「ロッティは船酔いが酷いからな」

「アダムは全然だったね。やっぱ体質かな」

「「アダム?!」」


 マリアとロザリーが素っ頓狂な声で叫んだ。


「え?なに?」


 アダムも、「無礼者!」とかならずに普通に返事をするから、みんなが一瞬シンと静まり返る。


「御無礼をいたしました。アダム王太子殿下をお呼びしたんじゃないんです。ただ、ちょっと、……驚いて反復してしまっただけで」

「まぁまぁ、より仲良くなられたようでよーございました。ささ、長旅でお疲れでしょう。湯を用意いたしております。夕飯には遅い時間ですが、お食事はいかがいたしましょう?」


 ロザリーは慌てて謝罪し、マリアは皺の多い顔をさらに皺だらけにしてご機嫌なようだ。


「食事はとってきたから、部屋に軽食を用意してくれ」

「承知いたしました。では料理長にそう伝えてまいります」


 マリアがお辞儀をして引っ込むと、ロザリーも挨拶をする為にきただけだからと帰っていった。


「さすがに埃っぽいから、早く汚れ落として着替えたいね。ハァ、何回洗えばジャリジャリ取れるかな」


 海の旅も海風でべたついたが、陸の旅は土埃で砂っぽく、髪の毛の中までジャリジャリしている。こんなんじゃ、最初は泡立つ気がしない。


「そうだな。今日だけはマリアに頭を洗ってもらえばどうだ?」

「中腰はヤバイって。マリアの腰がさらに死んじゃうよ」

「それもそうか。でも、大丈夫か?」

「頑張るよ。じゃあ、後で」

「ああ」


 私達は三階の部屋の前で別れた。中の扉で繋がっているけれど、廊下側にはアダムの部屋と私の部屋には別の扉がある。

 アダムの部屋、主寝室、私の部屋と三室が内扉で行き来できるようになっており、一応鍵はついているけれど、今まで閉められたことはない。


 パタンと扉が閉まり、私はまずは自分の部屋の浴室に入り、洋服をポイポイと脱ぐと、お湯を肩からかけて身体をしっかりと洗った。次に結われていた髪の毛を解く。ギシギシと指に絡まり、頭を振っただけで砂が降ってきそうだ。


「これはちょっと……」


 何回も洗ったら、それこそ髪が傷んで明日の朝はアフロヘアーになっていそうだ。まずは髪の毛を梳かして、汚れを落としてから洗ったほうが良くないだろうか?


 冷えると嫌だから、大判のタオルを身体に巻き、さらに肩からタオルもかけてからバスチェアーに座り、熱心に髪の毛を梳かし始めた。絡まった髪の毛を解くところから始めなければならないから、ブチブチと髪は切れるわよけいこんがらがるわで、私は次第にイライラしてくる。


 私の髪は背中の真ん中くらいの長さだ。ティアラくらい綺麗なストレートだったら、私だってそれくらい伸ばしただろう。でも、私の髪質だとこれが限界だった。これ以上伸ばすと、絡まった髪の毛が解けなくなるのだ。


 どうせなら、バッサリとショートに切ってしまおうか?パパリンも同じ髪質だけど、肩ギリギリくらいなら絡まったりはしてないみたいだ。見た目は鳥の巣だけど。

 でもなぁ、この世界に女性のショートの文化ないんだよね。女性は腰まで、男性も肩過ぎから背中くらいまでが一般的。いっそ、私が先駆けになっちゃう?いやでもさ、鳥の巣頭を見て、真似したいって思う人間は皆無だよね。そしたら、ただの奇人変人扱いされて終わる未来しか見えないじゃん。


 そんなことをツラツラ考えていたら、かなり時間がたってしまっていたらしく、控えめに浴室の扉がノックされた。


「またのぼせたりしてないか?」

「のぼせてはないけど……」


 だって、まだ湯船に浸かるとこまでいってないもん。お湯もだいぶ冷めてきているし。


「アダム、やっぱり王太子妃が奇人変人じゃまずいよね?」

「は?どういうこと?」

「髪がね、からまっちゃって全然洗えないの。こんな長いからいけないのよ。すっぱりベリーショートにしたらどうかなって思って。でもさ、こっちの世界は女子のショートヘアー文化がないじゃん。いきなり私がベリーショートにしたら、奇人変人扱いされるかな?どう思う?」

「いやいやいや、切るのはまずいだろ。ちょっと思い直して」

「えー!すっきりすると思うんだけど」

「僕はロッティの髪の毛好きだよ。長い髪が似合ってる。艶々の茶色の髪がうねって背中に流れてるのとか凄く綺麗だし、髪を結った時のおくれ毛がクルクル首元を踊るのも可愛いと思う」


 なぜか顔がボンッて赤くなった。湯気で顔だけのぼせたかな?身体は少し冷えてるくらいなのに。


「……、アダムがそんなに言うなら切らなくてもいいかなぁ〜。でも、そんなに言うなら責任もとってくんなきゃ……ね」


 私は浴室の扉を勢いよく開けた。


「ロ、ロッティ!!」


 アダムは両目を見開いて硬直する。裸だと思ったでしょ。巻いてますから。


「どうにもならないの。アダム、お願い」


 私はアダムの胸のところに手を置き、身長差があるから上目遣いでジッとアダムの目を見つめる。


「あ……いや……え?」


 明らかに挙動不審になっているアダムは、なるべく私を見ないように視線を泳がせている。ここでラッキー!って襲ってこないのがアダムらしいと言えばアダムらしいけれど、妻としてはかなりせつないぞ!


「私の…………髪の毛を洗って!」

「髪を……洗う?」

「そう。梳かしてある程度きれいにしてから洗おうとしたんだけど、絡まっちゃってうまく梳かせないの。何回か洗わないとなんだろうけど、きっとゴワゴワになってとんでもないことになる気しかしないの」

「まあ……そうかもね」

「ほら、マリアを長い時間中腰にもさせられないし、自分で頑張ってみたんだけどやっぱり無理で。そこで二択です」

「二択?」


 アダムの目の前にグーを出し、人差し指を一本出して見せる。


「その一、従者の誰かに洗ってもらう」

「ハアッ?!」

「だって侍女がマリアだけなんだからしょうがないじゃん。タオル落ちてポロリしちゃうかもねぇ」


 いや、落ちにくい巻き方してるけどさ。


「駄目駄目駄目、絶対に駄目!」


 アダムが断固拒否してくれて、私は内心ホッとする。だって、じゃあ従者を呼ぼうとか言われたら、私の立ち位置わからなくなるじゃん。一応、他の男に見られたくないくらいには思ってくれてるんなら、後は積極的に見たいくらい思うようになってもらわないとだよね。


 次に中指を出してピースサインにすり。


「じゃあその二、アダムが全部やる。旦那様だしね、問題はないよね。キスコンチェの温泉では混浴もしたしさ」


 私がピースサインの指をニギニギ折り曲げ、どっちを選ぶかアダムに委ねる。アダムは眉の間に深い溝ができるくらい眉を寄せ、ゆっくりと私の中指を握った。


 そこまで苦渋の決断かね。失礼しちゃうわ。


「じゃあ、よろしく!」


 私は浴室に戻るとかなり冷めた浴槽に浸かって頭を浴槽の縁に置いた。


「冷めてないか?」


 アダムは諦めたのか、シャツとズボンの袖をめくり浴室に入ってきた。


「まぁ、少しね。」

「ちょっと待って、今温かい湯を持ってこさせる」


 アダムは浴室から出ていき、部屋の外の侍従に声をかけるとすぐに戻ってきた。

 この世界の湯船には追い焚き機能なんかついてないからね。それどころか、お風呂に入るにはお湯を運ばなければならなくて一苦労なんだよ。


 アダムが私の髪の毛を丁寧に梳かしてくれているうちにお湯が運ばれてきて、湯船にはアダムがお湯を足してくれた。至れり尽くせりだね。


「じゃあ、まず流すよ」


 温かい湯で頭を流され、「ホーッ」と吐息が漏れる。

 シャンプーを泡立て、揉むように髪を洗ってくれる。泡はすぐに消えてしまい、一回目を洗い流して二回目。毛先に泡を馴染ませ、絡まないように揉み洗いし、さらに泡を足して頭皮はマッサージするように指の腹で優しく押される。


「痒いところはありませんか」

「えーとね、耳の後ろと首筋のとこ。あとは頭全体をもう少し強めに揉んで」


 アダムはクスクス笑いながらも、言ったようにしてくれる。


「美容院とかでよく言われたじゃん。実際に要求を言ってるの初めて聞いたよ」

「普通言うでしょ。気持ちいい方がいいじゃん。アダムは言わないの?」

「僕は言えなかったかなぁ。後でこっそりかいてたかも。でも、ロッティはガンガン言いそうな感じだよね」

「言う言う。焦らされるあんま好きじゃないんだよね。焦らしのテクとかイライラするタイプ」

「美容院で焦らされるって、ちょっと笑える。痒いとこわざとピンポイントで外すの?それ、嫌がらせじゃん」


 そうか、美容院ネタだった。つい前世のド下手男優のこと思い出してたよ。それに比べると、シンさんの焦らしは逸品だったなぁ。ガーッと盛り上げといてイく一歩手前で寸止めすんの。それを繰り返されたらもう……。


 ヤバイ、思い出したらムズムズしてきた。


「お湯熱い?なんかボーッとして顔が赤いけど」

「アハハハ、大丈夫大丈夫。アダムに洗ってもらうのが気持良くて、つい眠くなっちゃった」

「あとはタオルドライして、オイルを塗ろう。主寝室で待ってるから、きちんと拭いてからおいで」


 アダムは私の頭にタオルを巻くと、浴室から出て行った。


(タオルは巻いてるけど)素っ裸で、(アダム相手じゃなく、過去のアレやコレやを思い出し)ムラムラしている妻を放置とか、旦那としてはいかがなものか?!色んな意味で切ないんです!



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る