第26話 結婚式の準備の為の集まりが、いつの間には恋バナになってました

「やっぱり、シャーロット様には紫色のドレスを着て欲しいですね」

「そうねぇ、アダムの瞳の色だし。でもシャーロット様には淡い紫色の方が似合いそう。あの子髪の毛が真っ黒だから、黒いドレスって訳にはいかないものね。結婚式ですもの」

「宝石をオニキスにすればよろしいのでは?」

「そうねぇ、ブラックダイヤに黒真珠もあるわね。ドレスの飾りにはブラックダイヤを使いたいから、首飾りや髪飾りはオニキスとアメジストかしらね」


 今日は王太子宮に、お忍びのスザンナを連れてエミリヤがやってきた。


 私が紅茶を飲んでいる間、テーブルの上に沢山置かれたドレスのデザイン画を手に、スザンナとエミリヤが前のめりになって話している。この二人、同じ男を夫にしているわりには仲が良すぎる。しかも、ダニエル王はエミリヤのところにくるふりをしてスザンナの元に通ったって話だったけれど、エミリヤのところにも通いつつスザンナと会っていたのか、エミリヤを完全に隠れ蓑にしただけだったのか、どちらにせよエミリヤの得がよくわからない。


「シャーロット様、私共の推しはこちらのドレスです。いかが思われますか。きっとシャーロット様にお似合いかと思いますよ」

「良いのではないでしょうか」


 棒読みのような言い方になってしまい、あまり乗り気ではないことがバレバレだよね。ぶっちゃけ、ドレスにも結婚式にもほぼ興味はない。

 たとえばさ、胸がガッツリ開いたドレスとか、際どいとこまでスリットが入ったドレスとか、セクシー系のドレスになら興味はなくはない。でもさ、それ着て男をその気にさせてHにもっていく為の手段として興味あるだけなんだよね。今の私じゃ……足はまぁまぁいけるかもだけど肝心なおっぱいもお尻もツルンペタンだからね。とてもじゃないけど、アダムをその気にさせられないじゃん。裸にタオルだって無理だったんだしさ。凹むわぁ。


「これなんか、王太子殿下が好きそうですよ。ねえ、スザンナ様」

「え?どれ?」


 私が身を乗り出すと、エミリヤがクスリと笑った。


「シャーロット様はお可愛らしいわ。王太子殿下のことお好きなんですね」

「え?好きだけど。だって、結婚したんだし、嫌いよりは好きな方がいいでしょ。それに、アダムを嫌う人間なんかいないんじゃないかな」


 アダムは優しいし、気使いができるし、なにより身体がタイプだ!嫌いになる要素0だよね。


 エミリヤとスザンナは顔を見合わせる。なんか苦笑している気がするけれど、なんか間違ったこと言ったかな?


「シャーロット様、エミリヤ様は恋愛的な意味でおっしゃったのですよ」

「恋愛?!」


 私に恋愛なんか……いつの話だ?いや、もしかしたら今世も前世も合わせてない?あら?


 今世はもちろんない。王女って、思っている以上に出会いがないのよ。

 前世は、彼氏とかはいたことはある。でも好きだったかと言われると謎だ。身体の相性は良いよねってくらいの感情しかなかったかも。それに、彼女枠よりも浮気相手とかセフレ枠のが多かった気がする。仕事してからは面倒で彼氏は作らなかった。欲求不満は仕事で解消できたし、あえてせフレはいらなかったしね。


 もしかして、私って恋愛らしい恋愛していない?

 その私がアダムのことが好きって、いったいなんでそうなるの?!


「まぁ、気がついていらっしゃらなかったのね。ロザリー、こちらへいらっしゃい」


 エミリヤは、部屋の扉の前で警護をしていたロザリーを手招きした。


「ロザリーから見て、シャーロット様は王太子殿下に恋していらっしゃるように見える?」

「百パーセント見えます」


 エミリヤの椅子の横に立ったロザリーは、戸惑うことなく頷いた。


「へ?」

「キスコンチェからお帰りになられてから一ヶ月、お側でお仕えさせていただきましたが、仲睦まじい様子に正直砂を吐くかと思いました」

「はい?」

「お二人は、相思相愛のラブラブカップルにしか見えません。お立ちになる距離も近いですし、自然に触れ合う様子は恋人のそれです。なにより、シャーロット様がアダム様の前だとニ割増しにお可愛らしいんです。たまに真っ赤になられて胸に手を当てて恥じらっている姿などを目撃しますと、見ているこちらが照れてしまいそうになるくらい初々しくて」

「ロザリーもそんな時期もありましたよね」

「エミリヤ様!」


 ロザリーが真っ赤になってエミリヤの肩を叩くと、エミリヤがコロコロと笑った。


「冗談です。ロザリーはいつでも初々しくて可愛らしいですよ」


 うん?なんか、この二人距離が近くないか?まぁ、エミリヤ付きが長いから気心も知れているんだろうけど。


「ロザリーをからかうのはこのくらいにして、シャーロット様はご自覚はあられないのですか?」

「なんの自覚ですか?」

「ですから、シャーロット様がアダム様を恋愛対象としてお好きだという自覚ですわ」


 私の顔が意図せず赤くなり、心臓の鼓動が煩いくらいバクバクした。


「いやいやいや、ないでしょう。ないない」

「そんなにお顔を赤くしてるのに?」

「やっぱり顔赤いですか?たまにこうなるんです。心臓もバクバクなるし、これって病気じゃないですかね?今まで風邪らしい風邪をひいたこともないから、今一身体の不調ってのがわからなくて」


 私が熱くなった顔を手で扇ぎながら言うと、私以外の全員が私の顔をマジマジと見た。


「ちなみに、どんな時にそうなるかお聞きしても良いかしら?もしくは、誰の側にいる時によくなるとか」


 私は顎に手を当てて考えた。


 まぁ、アダムといる時だよね。アダムのさりげない笑顔とか、私に向ける優しげな眼差しとか、髪を結う時に丁寧に触れてくれる指先とか……。


 うん?

 とか……って続きは何を思った?


 自己評価が低いとこや、王太子のくせに苦労人気質が抜けないとことかも……。


 とかも……だからなんだ?!


 美形のくせにたまに見せる情けない顔とか、照れて慌てふためく様子なんかも、可愛くて好きだ!!

 好きだ、好きだ、大好きだァッ!


 私は「グォーッ!」と唸りながら机に突っ伏した。


「理解したようですわね」

「そのようですわね」


 もしかしてだけど、もしかしてだけど、これって初恋っていうんじゃないのォッ?!


 その後私は復活することなく、初恋を自覚したショックに放心状態で、いつエミリヤ達が帰ったのかも気が付かなかった。


 ★★★


「ところで、アダムの方はどうなの?」


 帰りの馬車の中、エミリヤとロザリーが並んで座り、その前に座っていたスザンナがロザリーに訪ねた。


「王太子殿下ですか?シャーロット様のこと大切になさっているんじゃないんでしょうか?」

「たとえば?」

「シャーロット様に内緒で、他の妃や婦人達からのお茶会の招待は断ってますね。接触もしないように、シャーロット様は気付いておりませんが、行動制限もなさっておいでです」

「そこまで?」

「食事などもご自分だけの時より気になさっておいでで、毒見はしっかりさせているようです。シャーロット様は雑草……薬草?集めが趣味なようで、お勉強の時間以外は林散策されていますので、王太子殿下は林にも警備を置かれています」

「あら、溺愛ね」


 ロザリーは苦笑する。


「シャーロット様は全く気がついておりませんが」

「……良かったわ。あの子が女性を愛することができるようになるなんて」

「本当に。でも、何度も言いますがあれはスザンナ様のせいではありませんから。陛下が馬鹿みたいに後宮に女性を増やしたのがいけないんです。権力を誇示したいなら、もっと違うやり方があったでしょうに」

「そうね。アダム様がお若かった時は、国策に口を出す高位貴族が沢山いたのよ。自分の利の為に縁のある姫達を嫁がせたがったり、自分の血族を後宮に入れたがったり。私の父親もその一人ね」

「年寄りがいなくなった今でもまだ後宮に婦人が増えているじゃありませんか」

「ロザリー、年寄りなんて言い方は美しくないわ。なかなか慣習というのは変えられないのかもしれないけれど、それをしないのは陛下が怠惰だからですわ。脳筋なだけでは、これだけ大きくなったリズパインを治めるのは無理です。悪しき法は撤回し、柔軟に統治する必要があるでしょう。馬鹿みたいに国土だけ広げてないで、内政を見直す時期なのです」

「エミリヤ様は、私よりずっと若いのに、本当にしっかりなさっていて素晴らしいわ」


 エミリヤはフッと自嘲的な笑みを浮かべる。


「女が小賢しいと、亡き父にはよく言われましたわ。古臭くて頭が硬いせいで、陛下と共存する道を選ぶことができずに、大切な民をずいぶんと犠牲にしてしまいました」


 エミリヤの国はもうない。自治領となることなくリズパインに取り込まれて、今は辺境の地としてどこかの貴族の領地になっている。


「でも、エミリヤ様が後宮にくることがなければ、私達は出会うことはなかったでしょう?」

「そうね……」


 エミリヤがロザリーの腰に手を回すと、ロザリーはうっとりとエミリヤに寄り添った。


「フフッ、二人は何年たっても仲が変わらないわね」

「ロザリーは私の唯一ですもの」


 ロザリーの頬にキスしたエミリヤは、愛おしそうにロザリーを見つめる。


「私の唯一もエミリヤ様です」

「本当に可愛い娘」


 スザンナの前では、この秘密の恋人達は素を出すことができた。このことを知っているのはスザンナとダニエル王だけで、ロザリーがニングスキーとの戦に行くことがなかったのも、エミリヤがダニエル王に猛抗議したからだ。シャーロットの為人を知る為にロザリーをシャーロット付きの護衛に貸し出しはしたが、戦に行くことは断じて認められないと。護衛のロザリーが戦についていかなかったのは、こんな理由があったのだった。


 ダニエル王とエミリヤは、いわば共同戦線を張る同士。エミリヤを愛妃と装うことで、スザンナに周りの憎悪がいかないようにし、エミリヤは秘密の恋を育むことができた。この世界において、同性同士の恋愛はなくはなかったが、貴族には認められていなかったのだ。


 エミリヤの恋愛対象は生まれてからずっと女性で、それを隠して生きてきた。しかし、ダニエル王に嫁がねばならなくなり、どうしても閨事が受け入れられなかったエミリヤは、ダニエル王との初夜でダニエル王のダニエル君を蹴り上げるという、普通ならば処刑ものの事件を引き起こしてしまった。「男なんか気持ち悪い!女性しか無理なの!そんなもんぶら下げて二度と私の前にこないで」と叫びながらダニエル君を蹴り上げられたダニエル王は、しばらく悶絶していたが、それで激高することはなく、閨事をしなくていい夫人は貴重だと、夫人から妃に昇格させた。

 それから色々あり、今の関係性が出来上がったという訳だ。


 目の前で寄り添う二人を見て、スザンナは羨ましく思うのであった。


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