第40話 侍女のいる生活
「おはようございます、シャーロット様」
鳥の巣のようにモジャモジャになった頭でムクリと起き上がった私に、女性が呼びかけてきた。声のした方を見てみると、いつもならば早起きして仕事してる筈のアダムの姿はなく、部屋にはカリナが一人壁際に控えていた。
いつもだったらガウンなんか着た日には、紐だけ残ってあとは見る影もない状況になっているのだが、なぜか今日はきっちり着込んだ状態で朝を迎えている。
家族には壊滅的だと言われている私の寝相が改善されたのかな?そういえばリズパインに来てからは、ベッドから転がり落ちて知らない間に青痣が増えているなんてことはなくなったかもしれない。これも私が成長している証よね。
本当はアダムの並々ならぬ努力の賜物であるのだが、私はそんなことも知らずに自分の成長を喜んでいた。
「ふぁーぁ、おはよう。アダムは?」
「先に朝食の間においでです」
目の前に水のはられた桶が渡された。
「お顔をお洗いください」
顔を洗い終わるとタオルが渡され、拭き終わると今度は歯ブラシが渡される。
凄いな、侍女のいる生活。私がなにもしなくても、次から次へ物が出てくる。なんか、駄目人間になりそう。
ドレスを出されたが断り、簡単なワンピースに着替える。
「髪の毛を結いましょう」
「これは大丈夫」
「……」
言わないけれど、そのボサボサ頭でどこに行くつもりだと顔に書いてある。
「じゃあとかすだけ。髪の毛はアダムが結ってくれるから」
カリナは無言で髪の毛をとかしてくれて、いつもより艶々に仕上がった。
カリナのヘアアレンジ能力やメイク技術は知っているけれど、この世界の化粧は肌に馴染まないというか、自分で化粧なおしできないのが不便でしていない。髪の毛はやっぱりアダムに結ってもらうのが好きだ。
別にカリナの仕事を取り上げた訳じゃないんだけれど、カリナはそう取らなかったのか、無表情ながらあまり良い顔をしていないみたい。ほとんど表情は変わらないけれど、眉がピクリと動くからわかりやすいっちゃわかりやすいのよね。
ま、いっか!
私はカリナの無言のお説教をスルーして朝食の間に向かった。
「おはよう、ロッティ」
あァッ!朝から旦那様が眩しすぎる!
すでに身支度を整えたアダムは、サラダを先に食べていたようだ。
「おはよう」
「今日は髪の毛が爆発してないね」
「うん、カリナにとかしてもらったからね」
「結ってもらわなったのか?」
「結うのはアダムがいいから。駄目だった?」
アダムは思わず溢れたというような笑みを浮かべ、「食べ終わったらね」と了承してくる。
私が席につくと、すぐにカリナがサーブしてくれて朝食になった。さっきまでアダムのサーブは侍従がやっていたようだが、私とアダム両方のサーブをカリナがするようで、滞ることなく食事が進んでいった。
朝食が終わり、私はデザートのアイス、アダムはコーヒーを飲んでいる時、アダムの後ろに控えていたカリナが目に入った。
アダムのことをジッと見ているその目が、ほんのわずかだが優しげに微笑んでいて、アダムへの気持ちが溢れているその様子に、私は目が離せなくなった。
カリナはアダムが好き?
私がそんなカリナを見ていると、カリナと視線が合い、一瞬で表情を取り繕われる。自然に視線もそらされ、まるで何事もなかったかのようにカリナは片付けを始めた。
カリナはイーサンの姪で、イーサンはアダムの師匠だ。二人は昔からの知り合いでいわば兄妹弟子。今日昨日アダムのことを好きだと自覚した私とは比べ物にならないくらいの月日を二人は共有して過ごし、私はカリナにしたらポッと現れて妻の座におさまってしまった簒奪者?
もしかして、今この場での私の立ち位置って、おもいっきり悪者なんじゃない?
ちょっと恋愛と縁遠い(前世まで遡ってもまともな恋愛が思い当たらない)生活を送っていたせいか、アダムとの恋愛の進め方だってわからなくて、いまだにキスすらできていないのに、恋敵出現とか……どうすりゃいいの?
★★★
「……ということになってて、どうすればいいと思う?」
「あぁ……なるほど。けっこう早く気が付きましたね」
無理やりロザリーをお茶に誘い、私はさっそくカリナのことを相談した。
カリナは私付きの侍女ではなく、マリアの補助としての雇用だから、今は屋敷のどこかで掃除でもしているかもしれない。
「ロザリーは知ってたの?」
「そうですね。彼女、表情が動きにくいですから、少しでも崩れると逆にすぐわかるんですよ。多分気がついていないのは王太子殿下くらいじゃないですか」
「そうなの?」
確かに、アダムの性格を考えると自分に恋愛感情のある女性をわざわざ雇うとか、そんな不誠実なことはしなさそうだ。しかしリズパインの王族は一夫多妻制で、第二妃、第三妃を娶ることは、不誠実とは言い難い。ならば、カリナとタッグを組み、アダムを盛り立てていくべきなのか?
うちのパパリンもママリンはお互いを唯一としていたし、日本人感覚の強い私は一夫多妻制はちょっと微妙なんだよね。
一応だけど、前世でも彼氏と名のつく相手がいる時は、他にはいかなかったよ。フリーの時は来る者拒まず……な面もあったけど、基本相手がいる人はお断りしてたし。基本っていうのは、相手が嘘ついてる可能性もあるし、そういう嘘を見抜くスキルはあんまりなかったから。ネトリとかネトラレみたいなドロドロしたのは、基本面倒だからNGで、仕事始めてからは彼氏はあえて作らなかった。仕事で満足できちゃうからね、彼氏は不要だったのもあったし。
一夫多妻制かぁ……そういうもんだと思えばアリなのかなぁ?でも、めくるめく官能の世界が半減するのは嫌なんだけど。
「シャーロット様、そんなに不安そうな顔をしなくても大丈夫ですよ。確かにカリナは王太子殿下のことが好きなようですが、王太子殿下はそういう対象としては見ていなさそうですから。カリナを雇ったのも、ただたんに昔馴染みで慣れているからでしょうし、シャーロット様が不安に思うことはないです」
「え?不安そうに見えた?」
妻二人だと、一人に割り振られる閨の回数が減りそうで嫌だ……という、取らぬ狸の皮算用的な心配をしていただけなのだが。
「……王太子殿下の気持ちが離れてしまうとか、そういう不安を感じられていたのでは?」
「ないね。男一人に女二人はあんま楽しくないなぁ的な?多夫一妻だったらまだしも」
「さようですか……」
なんか……微妙に残念な子みたいに見られている気がするのは気のせいだろうか?
「やっぱり嫌だけど第二妃としてカリナを受け入れるべき?そしたらさ、曜日交代にするべきかなぁ?それとも偶数日奇数日で区別する?したら奇数日のが特だよね」
「ちなみに、なにを区別するおつもりで?特とはなにが?」
「そりゃ、アダムとの閨の権利だよ」
「アダム様は毎日……ですか」
毎日……若いんだからいけるでしょ。
ロザリーは紅茶を飲み干すと、一呼吸おいてから私に真剣な目線を向けた。
「シャーロット様はアダム様のことがお好きなんですよね?」
「なんていうか……好き……みたいだね」
「好きな人を他の女と共有するとか、シャーロット様は我慢できるのですか?」
「……したことないからわかんないけど、我慢しなきゃなんじゃないかなぁ。アダム、王太子だし」
「さよう……ですね。つまらないことを申しまして、失礼いたしました。まずは王太子殿下にカリナをどうするつもりなのか聞くべきかと。話はそれからです」
「まぁ……そうだよね。でもさぁ、アダム忙しいからなぁ」
「それこそ、閨の時にお聞きすればよろしいかと」
閨の時?ベッドの中で聞けとな。
「でもさ、ベッドの中で頭撫でられると、秒で寝ちゃうんだよ。アダムは私を寝かしつけるプロフェッショナルだからなぁ」
「えっと……閨事の前にとか」
「前?ベッドに入ると瞬殺で夢の中だよ」
「では、ベッドに入らずに……」
「ベッドに入る前は、アダム寝室でも仕事してるけど」
「その……では睦み合いはどこで?」
睦み合い……あぁ!Hのことね。
「まだ睦み合ってないよ!」
ロザリーは凄い衝撃を受けたかのように目をまん丸にし、唇をワナワナと震わせた。
「……殿下は………………不能?」
ロザリー、大好き!私に理由があるとかは考えないんだ。
「多分……違う?」
だって、媚薬盛られた時に自己処理は致していたみたいだしね。
ロザリーは、険しい顔をして考え込んでしまった。
「もしもしロザリー、なにか重大事項でもおきたかな?」
「まずは、カリナ云々の話じゃないです。王太子殿下には王太子殿下の責務をはたしてもらわないと!第二妃、第三妃の話なんか無駄です」
「責務って?」
なんとなくわかるけれど、一応聞いておく。
「後継者の育成です!」
やっぱりね。
ロザリーは買い物(セクシーお子様ランジェリー)に行ってきますと、カリナに私を託して出て行ってしまった。
他に護衛できる人がいないからしょうがないけどさ、さっきの話の流れを少しでもふまえてくれないのかなと、ロザリーを恨めしく思ってしまう。
恋敵として接するべきか、アダムを支える盟友になるべきか……。
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