第14話 エミリヤ様のお茶会3

「……」

「……」


 エミリヤとロザリーが広間から出て行ってしまい、スザンナと二人っきりになってしまった私は、ニコニコ微笑むスザンナを前に珍しく緊張して言葉をなくしていた。


 ただの他人なら適当なことベラベラ喋れるけど、旦那様のお母様だよ?!変なこと言って嫌われたら、一生嫌な思いするじゃん。


「アダムは元気かしら?」

「ひゃい!お元気であらせられまっしゅ」


 ヤバイ、変なとこから声が出た。

 私は軽く咳ばらいをして喉を整えた。そして自己暗示をかける。


 私は女優、私は女優……。

 目の前にいるのは共演者のおばさんで、旦那様のお母さん役。私はおっちょこちょい(地でいける!)な可愛い嫁役だ。旦那様とお義母さんはちょっと疎遠になっていて、私は二人の間にある溝を埋めようと奮闘中。

 よし!できる気がする。


「お義母様!」

「アダムママリンでも良くってよ」


 あ、もしかしてお義母様ってお茶目なタイプ?


「本当に?怒りません?ついでに、普通に話しても良いですか?」

「もちろんよ。いつものあなたでいいのよ」


 私はビシッと伸ばしていた背筋の力を抜いて、いつも通りに背もたれによりかかってリラックスした体勢をとる。


「あー、緊張した。いきなりママリンの登場とか、頭がパニクっちゃいましたよ。それでなくてもダニエル王の寵愛厚いエミリヤ様にお茶会に呼び出されてテンパってたのに」

「そうなの?けっこう堂々と話していたように思えるけど」

「そんなことないんですよ。あ、お茶いれます?わざわざ侍女呼ぶことないですよ。お茶くらい私がいれられますから」


 スザンナの紅茶のカップが空になっているのを見て、私は侍女を呼ぶ前に置いてあったポットの紅茶を新しい茶葉にかえ、保温されたお湯を注ぎ入れて蒸らした。良い頃合いでスザンナ様のカップに紅茶を注ぐ。ついでに自分のカップの紅茶も飲み干して、残りを全部注いだ。


「あら、美味しい」

「さすがエミリヤ様ですよね。茶葉が最高級ですよ」

「あなたのいれ方も良いのよ」

「もっと褒めてください。私、褒められて伸びるタイプなんで」


 私がエッヘンと鼻をこすると、スザンナは目尻に笑い皺を寄せた優しい表情で微笑んだ。


「マリアをいたわってくれてありがとう。マリアは私の代わりにアダムを見守る為に残ってくれたの。もう侍女を引退して、悠々自適に生活できる筈なのに、いまだに現役で働かせてしまって申し訳なく思っていたの。あなたみたいな優しい娘が女主人ならば、マリアも楽しく働けるわね」

「はぁ、アダムママリン褒め殺しだよー。こんなに褒め上手なママリンに育てられたわりには、アダム様の自己肯定感が低いのはなんでかな?」

「自己肯定感?」


 私はムーッと唇を尖らして、昨晩のアダムとの会話を思い出す。

 やっぱさ、根源はアダムママリンとダニエル王の関係にあると思うわけ。いい大人がパパママもないだろうって?甘いな!三つ子の魂百までって言うじゃん。


「アダム様って、すっごい器用ですよね?」

「そうね。昔からなんでも器用にできる子だったみたいね」


 みたい?人からまた聞きしたような言い方だな。


「勉強もよくできた?」

「えぇ。家庭教師の先生に褒められたわ。他の王子達より飲み込みも早くて、五年かけて教えることを二年で教えることがなくなったって」


 アダムは、元のスペックも高い上に努力の人なんだよね、きっと。


 なんでかはわからないけど、アダムは寝室に仕事を持ち込んで仕事してるんだよ。私だってさ、スコンとすぐ寝ちゃうけど、たまには夜中に起きることもあるよ。するとさ、小さい明かりの下、アダムが机に向かって仕事してんの。沢山の資料並べて、凄い勢いでカリカリカリカリカリカリ。あの筆音のせいで目が覚めたのかと思うくらいだったよ。

 ベッドにはアダムが寝た形跡もあるから寝てるんだろうけど、いつ寝てるんだろうってくらいワーカホリック。


 まさに王太子の鑑じゃん。


 アダム以上に王太子に適任な人なんかいないよね。私に同じことを求められたら、秒で逃げ出す自信がある!ダニエル王がアダムを立太子させたことは、絶倫王が実は人を見る目のある名君だったって証明になるんじゃないかな……って、ダニエル王に拒否された私って?!

 いやいや、それは趣味嗜好……なんなら需要と供給の問題よ。爆乳好きのダニエル王と、貧乳好きのアダム(揺れるおっぱいが苦手なだけで、貧乳が好きって訳じゃない…アダム談)だったら、私の需要はアダムにあったってだけね。


「アダム様って王太子になるべくしてなったっていうか、高スペックな上に努力家とか、誰もが認める立派な王太子じゃないですか。なのに、誰でも良かったから自分が選ばれたとか言っちゃうんですよ。ありえなくないですか?私ならふんぞり返って、俺様が王太子だありがたがれよくらい思いますよ。あれは謙虚を通り越して卑屈って言うんです!」


 私がテーブルを叩いて力説すると、スザンナは慌てて紅茶のカップを押さえた。


「大国の王太子ですよ?第一王子で誰からも敬われて当たり前の存在が、あの自己肯定感の低さ!ズバリ原因はダニエル王とアダムママリンにあります!」


 スザンナの目がジワジワと涙で潤んでいく。


「私が忘れ去られた妃だから……」

「違うから!そういうふうに見せかける必要があったのかもしれないけど、それをアダム様にも信じさせたことが一番の原因だから」

「それは……」


 目を大きく見開いたスザンナは、驚いたように私を見た。溜まった涙が一筋頬に溢れたが、それにも気がついていないようで、私はハンカチを出してその頬を拭った。


「あら……ごめんなさい。あの、見せかけるって……?」

「ダニエル王とアダムママリン、想い合っていますよね。ダニエル王はあなたを手放したくないから子供を作った。できちゃった婚じゃなくて、作っちゃた婚でしょ?そして、あなたが他の妃に害されないように、わざと無関心を装った。忘れ去られた可哀想な妃って噂まで流して。本当は二人共、アダム様を立太子したくなかったんじゃないかな?でも他に適任がいないというか、アダム様が突出し過ぎちゃったんですね。周りがアダム様を立太子する流れになって、ダニエル王は苦渋の選択としてあなたを後宮から逃したってのが、私の推理です。間違ってないでしょ?」


 名探偵シャーロット!見た目は子供、中身は二十七歳セクシー女優。真実はいつも一つ!


 私が「どうだ!」とばかりに鼻を膨らませると、スザンナは寂しげな笑みを浮かべた。


「そうね。私は子供の時からダニエル様の婚約者で、私は彼が大好きだったわ」


 スザンナの昔語が始まった。


 ★★★


 ダニエル様が三歳、私が六歳の時に私達の婚約は決まったの。私達は姉弟のように育ったのよ。ヤンチャで手のかかるダニエル様が、私にだけは甘えてくるの。本当にお可愛らしかった。そんなダニエル様に恋心を抱くのは早かったわ。でも、ダニエル様にとっての私は、策略渦巻く王宮の中で唯一信じられる姉のような存在でしかなかったの。


 ダニエル様が十六歳になった時、ダニエル様は婚姻を結んだ。婚約者である私ではなく、隣国の姫とね。和平的な統一の為に。前国王はそれから国を大きくすることに固執されたけれど、あまりお身体が丈夫な方じゃなかったからすぐに御崩御されてしまい、それを継いだダニエル様も同じように国土拡大を目指された。


 ダニエル様が即位してから、リズパインは猛進的に他国を飲み込んできたのは周知の事実。その戦果として捧げられた姫達がダニエル様の妃になっていったけれど、私は二十歳を過ぎても婚約者のままだった。

 そのくらいから、さすがに私の父がダニエル様に婚約を解消して欲しいと言い出したの。私は行き遅れもいいところ、もう後妻くらいしか話はなかったけれど、結婚できないよりはマシだからと。でも、ダニエル様は頷かなかった。その夜、ダニエル様は私の寝所に来られたの。「この宮中で、スザンナ以外信用できない。スザンナを手放すことはできないから、これからおまえを抱く」って。

 拒否なんかできる訳がなかった。どんな理由にしろ……。


 二十二歳の終わりにアダムを身籠ったのがわかり、私は妃になり後宮入りしたわ。


 嬉しかった。私は、ダニエル様の心は得られなかったかもしれないけれど、アダムという宝を得られたんだから。でも、まだ産み月ではなかったのに、いきなり産気づいてしまって、なんとかアダムを産み落としたのだけれど、私はしばらく生死の境を彷徨ったわ。起き上がれるくらいになった時には、アダムは他の妃の子供達同様、乳母をつけられ私の元から離されていた。


 それからも、身体が元に戻るまではしばらくかかったの。後でわかったんだけど、堕胎の毒が知らないうちに食事に混ぜられていたらしくて、それと同じもので第一妃がなくなったとも聞いたわ。


 ダニエル様はそれからフラッと夜中に私の元にくることもあったけれど、ほんの数言話すだけで、もう私を求められることはなかった。公の場では全く言葉を貰えなかった。「忘れ去られた可哀想な妃」と噂も流れ、私自身もそうだと思っていたの。


 でもね、エミリヤ様が後宮に入られて私は初めてダニエル様のお気持ちを知ったわ。彼は私を人間として大切にしてくれていたの。もう二度と私が害されることがないよう、子供ができるようなことはしない、とにかく生きて側にいて欲しいって。それからはエミリヤ様のところにくるふりをして、私の元に来てはただ話して帰られて行く日々が続いたの。


 でも、ある夜、アダムが襲われた。後宮の夫人達の元にダニエル様が行かなくなってしまったから、行き場のなくなった女の強欲があの子に向かってしまったのよ。私はダニエル様に懇願したわ。「夫人達と閨を共にして欲しい」と……。


 そして、私は心が壊れてしまったの。


 婚約者であった時も、忘れ去られた可哀想な妃だと自分でも信じていた時も耐えられたのに、毎晩ほんの数十分、共に穏やかな時間を過ごしているうちに、私にも女の強欲の火が灯ってしまっていたの。ダニエルが夫人達と閨を共にする度に、私の部屋に訪れない日を数える度に、胸が苦しくなって眠れない日々が続いたわ。今からじゃ信じられないかもしれないけれど、あの時分はゲッソリやつれてしまってね、立つこともままならない程になってしまったの。


 ちょうどその頃、私の実家の公爵家がアダムの立太子を推していて、他の貴族達もアダムならばと賛同するようになったの。アダムの立太子が決まった時、反対派が私を拉致しようと企んだらしいわ。母親の私が、あの子の唯一のアキレス腱だと思われたのね。産みっぱなしで、たいして関われなかった私だのに。


 私の状況も理解してくれていたエミリヤ様が、このまま後宮にいては誰にいつ狙われるかわからないから後宮を出て実家に避難した方がいいってダニエル様に進言して下さって、私はアダムの立太子と共に後宮を出たの。


 たまにね、こうしてお忍びでエミリヤ様とお茶会をするのよ。すると、ほらしばらくするといらっしゃるの。

 お忙しい筈のあの方が……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る