第21話 昇格と初めての旅


 ケイドとアイリスが小さな冒険を繰り返し、じわじわと経験を積んで旅立つ準備を進めているうちに、季節が変わった。

 遠くの山が雪の冠を頂き、遠からず街中にも雪が積もりだす。


「ケイド! 見てください! 雪だるま作りました!」


 アイリスの屋敷の庭に、大きな雪だるまが鎮座している。

 彼女は器用に風魔法を操り、雪だるまの枝に手を振らせた。


「お、かわいいなあ……」


 ふにゃっとした表情のケイドが雪だるまを撫でる。

 と、アイリスは雪だるまのそばに屈み込んだ。


(か、かわいいかよ……!)


 さらさらとした髪を撫でる。


「雪だるまにはかわいいって言うのに、わたしには言ってくれないんですか?」

「言わなくたって分かるだろ?」

「分かってるけど、言ってほしいんですよ?」

「かわいいぞアイリス」

「随分あっさり……雪だるま相手には、あんなにとろけた顔をしてたのに……」


 雪だるまが枝をひょいひょい動かし、アイリスを煽っている。


「い、いや、本当に心からかわいいっていっつも思ってるんだって。気を落とすなよ。アイリスが雪だるまに負けるわけないだろ……」


  ……小刻みにアイリスの肩が震えている。


「ぷふっ……本気で落ち込んでたら、雪だるまの枝をひょこひょこさせるわけじゃないですか……ケイドもけっこうかわいいところあるんですよねえ、あはは」

「くっ!? 雪だるまの動きが自然すぎて、つい騙された……!」


 深刻な顔で彼が悔いると、アイリスがお腹を抱えて雪を転がった。

 もこもこの冬服が雪にまみれる。


「はー、はー……ふふっ、まったくもう」

「……おいおい、風邪引くぞ? まだ体は弱いんだからさ」


 ケイドは彼女の雪を払った。


「これでよし。じゃ、今日もギルドに行くか」

「はい!」


 雪が降っているというのに、ウェーリアの街は普段よりも活発だった。

 従者を連れた貴族や金持ちが増えている。

 温泉目当ての旅行客が来る冬時が、この街の繁忙期だ。


「そういえば、アイリスの親父は来ないのか?」

「お父様は忙しいので。……今の私を見たら、どういう反応をするんでしょう? 喜んでくれるといいんですが。それとも、怒られてしまうでしょうか」

「きっと喜ぶさ」


(……もしクリフォードが善人なら、の話だけどな)


 ラナからの手紙はまだ来ない。

 よほど調査が難航しているのか。

 あるいは……殺されたか。


(何かが起きる前に。俺だけじゃなく、アイリスも鍛えておかないと)


 原作のケイドは、恋人の”ラティア”を殺されたのが最も大きな闇落ちの原因だった。……相手は違えど、今のケイドだって同じルートを辿る可能性はある。


「ケイド? 大丈夫ですか?」

「ん? ああ。なんでもない」


 二人はギルドに向かった。

 普段は閑古鳥が鳴いている依頼の掲示板には、いくつも新しい張り紙がある。

 名所観光の護衛、狩猟の護衛、臨時の運搬役や雑用係の募集……。

 あまり魅力的な依頼はないようだ。


「討伐の依頼はないのか?」

「お二人さんのおかげで、周辺はすっかり安全ですよ。他の冒険者たちが仕事を取るなとかどうとか愚痴っているぐらいには」


 窓口の職員が言った。


「ですが、グレースフォートのギルドから援軍要請が来ています。大規模な魔物の巣が出来たそうで、討伐の人員を集めているそうですよ。いかがですか?」

「グレースフォート……麓の街か。泊まり込みの仕事になるな」

「やりましょう、ケイド!」


 アイリスが窓口へと身を乗り出した。


「ああ。そろそろ他の冒険者と会って腕を比べてみたいしな」


 黙々と鍛えてきた成果を確認するのに丁度いい機会だ。


「でしたら、お二人がウェーリアからの援軍ということで。……しかし、援軍が最低ランクのGでは少々格好が付きませんね。冒険者ランクを一つ上げておきましょう」

「い、いいのか? そんな理由で昇格しても」

「問題ありませんよ。Dランクまでは各ギルドの判断で上げれますから。実力的にはFより高そうですしね」


 というわけで、あっさり二人はFランク冒険者に昇格した。


 その後、二人は自分たちの家に戻った。

 遠くの街へ行くのだから、さすがに連絡しておく必要がある。


「そうか、ケイド。ついに別の街へと足を伸ばすのか」


 父上がしみじみと言った。


「思ってたよりも遅かったぐらいよね。あたしたちに出来る限りは鍛えてあるし、そこらの魔物には負けないわよ。暴れてきなさい」


 母がバシッとケイドの肩を叩く。

 両親のお墨付きを貰い、ケイドは旅支度をした。


「あら、ケイド? 手紙が来てるわよ?」

「えっ!?」


 まさに家を出ようかという瞬間、郵便屋がやってきた。

 大慌てで手紙を受け取る。王家の紋章で封がされていた。


(ああ、ブレイズからか)


 ラナさんからの手紙ではなかった。少しだけガッカリしつつ、中身を見る。

 いわく、第二王子の派閥は崩壊寸前まで弱体化して、ブレイズが次代の国王になるのはほとんど確定した状況だそうだ。

 ゲオルギウスが死んでから国王の体調が良いので、もしかすると王子という身分のまま学園に通えるかも、とも書いてある。


(国王のストレスが減って病状が改善したのか? 俺が本編から外れた行動を取ったことで、こんな変化があるとはなあ)


 本編では邪神教団が(というよりは、ケイドが)邪神を降臨させたことで世界は滅びかけたが、ケイドの行動によって邪神教団の重要人物ゲオルギウスが死んだ今、ルートが本編から外れているようだ。

 いずれ英雄ライテルが王都の魔法学園に入学し”本編”が始まる頃には、原作とかけ離れた状況になっていてもおかしくはない。


 手紙の最後のあたりに、邪神教団との戦いについても記されていた。

 ゲオルギウスの持ち物から得た情報を元に捜索しているものの、あまり成果は出ていないらしい。

 ……ケイドに報復の矛先が向くかもしれない、という警告があった。


(やっぱりそうなるのか……)


 邪神教団の大半は、ブレイズたちの捜索を逃げ切っている。

 もう地下に潜って活動を再開しているだろう。

 ……ケイドへの報復を実行に移すだけの余裕があるはずだ。


(こうなってみると、ウェーリアに引っ越したのは失敗だったか?)


 せっかく王都での争いを回避して”両親の死亡”という闇落ちフラグを折ったはずなのに、邪神教団からの報復フラグが立ってしまっている。

 となると田舎は危険だ。警備が薄く、簡単に襲撃をかけられる。


(……近いうちに旅立たないと。俺がここにいたら、両親を巻き込んでしまう)


 そう簡単に闇落ちフラグを折りきることはできないのだろう。

 原作のケイドはひたすら不運で不幸なキャラだった。

 それは今も変わらないのかもしれない。


(……アイリスと一緒に居れば、彼女だって危ないのか……)


 ケイドの胸がぐっと息苦しくなった。

 でも、彼女と別れるのは嫌だ。一緒に暮らしたい。

 だとしても、離れることで彼女が安全になるのなら……。


(いや、駄目だ。アイリスは俺の弱点なんだ。調べれば誰でもすぐに分かる。彼女を一人で置いておいたら、誘拐される危険がある)


 一緒に居るしかない。危険に巻き込んでしまうとしても。

 共に力を付けて、襲撃から身を守れるようになるのが一番の対抗策だ。


(アイリスにきちんと説明しないとな……)


 すっかり闇落ちフラグを折りきった気分でのんびりしていたが、まだ終わっていない。ケイドは自分の状況を自覚した。


(……アイリスを守れるのは、俺だけだ)


 覚悟を決めて、アイリスを迎えに行く。

 二階の窓が開いていた。彼女は窓際で手紙を読んでいる。

 ……悲しそうな顔だ。


(同じタイミングで手紙が配達されたのか? 父親からの手紙だろうな)


 ケイドに気付いて、彼女の表情が明るくなった。

 「今行きます」と手を振って、小走りで玄関から出てくる。


「すいません。待たせちゃいましたね」

「いや、いいんだ。ところで、さっきの手紙は?」

「……気にしないでください」


 アイリスの声は震えていた。


(何かあったのか?)


 不吉な予兆を感じながら、ケイドたちは麓の街グレースフォートへと向かう。

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