第20話 冒険者ギルドと初依頼
ケイド・シニアスから送られてきた手紙を読んで、ラナは眉をひそめた。
アイリスお嬢様の体に浮かび上がった魔法陣の形状には、”闇属性”の魔法に特徴的なパターンが混ざり込んでいる。
だが、一年間アイリスに仕えた経験からして、アイリスに闇属性の適性があるはずもない。むしろ、隠れているとすれば”光属性”の才能だ。
闇属性と光属性は、他の属性と違って後天的に目覚めることが多い。
風属性のアイリスが光属性になる可能性は十分にある。
だが、闇属性はない。ラナは言い切れる。
「光属性を宿す者は、英雄や聖女になることが多いわけで……」
ラナは呟く。
「もしもクリフォードが大悪党だとしたら……」
光属性の才能がある者は目障りなはず。
……クリフォードは、孤児院から光属性の才能がある者を探し、養子にして目立たない形で葬っているのか?
いや、殺したいだけならもっと手早い手段がある。
「光属性の才能がある者を閉じ込めている……? どうして? 何のために?」
ラナは沈思する。
探れば探るほど、危険な領域に近づいてきている。
……最近、何者かの視線を感じることがあった。
監視なのか。それとも、これ以上近づくなという警告なのか。
「……それでも、お嬢様を見捨てることはできない……」
あの一年間。田舎でメイドとして過ごした一年。
幸せだった、と彼女は思う。
パーティが崩壊し、金に困っていて……手っ取り早く稼ぐため、という理由で仕事を受けたラナのすさんだ心は、アイリスと触れ合っているうちに癒やされた。
「お嬢様のために、あと少しだけ……」
彼女は覚悟を決めて、更なる調査を決断した。
- - -
大精霊の泉の一件があってから、アイリスは気楽に脱走するようになった。
ケイドと冒険に出かけることもあれば、ただ散歩して家に戻ることもある。
やがてメイドも匙を投げ、今ではもう正面玄関から出入りしている有様だった。
「ケイド、今日はどうしますか?」
「そうだなあ……思うに、そろそろ冒険者登録してもいいんじゃないか?」
今までも何回か、倒した魔物を冒険者ギルドに持ち込んだことがある。
でも、冒険者じゃないのに魔物を倒してるのは少しだけもったいない。
登録して実績を積めば、”冒険者ランク”が上がっていくのだ。
どうせ経験を積むために魔物を倒すなら、ついでにランクも上げておきたい。
「いいですね、冒険者ですか……!」
アイリスは興味津々だ。
体力がつけばつくほど、彼女の冒険意欲は増えている。
(ずっと屋敷に閉じ込められてた反動か。ま、俺も出歩けるようになった時は無意味に散歩してたなあ。そのうち落ち着くだろ)
「今すぐ行きましょう! なりましょう! 冒険者!」
ケイドの腕を引っ張って、アイリスが街中を走っていく。
……こいつ本当に落ち着くんだろうか、とケイドは疑問思った。
「めくるめく冒険、危険な魔物ときらめく宝ですよ、ケイド!」
「分かってるって、ちょっと落ち着けよ……恥ずかしいし……」
街中から微笑ましい視線を集めて、二人は冒険者ギルドに入った。
辺境のギルドだけあって、のんびりした空気が漂っている。
「相変わらずお熱いようで」
「う、うるさい」
ギルド窓口の職員が彼らを茶化す。田舎の噂は足が速い。
赤くなって離れようとするケイドの腕を、アイリスはがっちり掴んだ。
むしろ見せつけるような勢いだ。
(なんか……アイリスが元気になればなるほど、ふてぶてしくなってる気が)
……とはいえ、彼女もだんだんと恥ずかしくなってきたらしい。
色素の薄い顔が茹でダコのごとく真っ赤に染まり、もじもじと距離を取る。
名残惜しそうに指先でちょこんとケイドを掴んでいた。
(い、いじらしい……!)
「何しに来たんですかあんたら。イチャつくなら家でやれ」
職員に冷や水を浴びせられて、ケイドは正気に戻った。
「え、っと、冒険者登録がしたいんだ」
「はいはい。じゃ、登録するんで、これ書いてくださいね」
用紙に諸々の個人情報を書き込み、窓口に提出する。
それから、二人は窓口に置かれた大きな結晶へ手を当てるように言われた。
これは杖などに嵌っている結晶と同じものだ。
魔物や鉱山から採取できる〈魔石〉である。魔力データの登録用だ。
魔力の特徴の登録も終わり、小さな会員証が手渡された。
「なんか、普通にクレカみたいな感じだな……」
ケイドは硬質なカードを眺めた。
全世界どこのギルドでも使える身分証明だ。
運転免許証ぐらいに便利な代物である。
よく旅をする人間は、身分証明のためだけにギルドへ登録することも多い。
(いやあ、この世界がガチガチな中世の世界じゃなくてよかったよな、ほんと)
みんな風呂に入ってて清潔だし、ケイドやアイリスの家には下水道どころか水魔法のウォシュレット付きトイレまであったりもする。
内政チートいらずの、さほど不自由のない世界だ。
原作ゲームからして学園要素があった。そういう空気感である。
「くれか、とはなんですか?」
「気にしないでくれ」
「くれか、くれか……なんだか、かわいらしい響きですね」
「確かに。女の子の名前っぽいな。呉花、とか」
「あんたら、冒険者ギルドで子供の名前の相談ですか」
職員にまた冷水を浴びせられて、二人は恥ずかしそうに窓口から退散した。
「そんだけ暇なら、ちょいと依頼を受けてくださいよ。魔狼の群れが山から降りてきてるっていうんで、追い払うなり倒すなりしてきてください」
「ケイド! やりましょう! 初依頼ですよ、初依頼!」
冒険したがりなアイリスにせっつかれ、ケイドは依頼を受けた。
二人は教えてもらった情報の通りに山へと入り、アイリスの攻撃魔法で魔狼ダイアウルフを次々と討伐していく。
討伐よりも、むしろ解体作業のほうに時間が掛かってしまった。
「……なんだか、夢みたいです」
ドレスを泥と血に染めて、魔狼の毛皮を肩に担いだアイリスが呟いた。
最初はキャーキャー言っていたのに、今ではもうケイドより解体に慣れている。
世間知らずのお嬢様とはいえ、アイリスはこの世界に生まれ育った人間だ。そういうものだ、という常識を持っているのだろう。
「お屋敷の外へ出て、自分の力で冒険できてるなんて」
「ずいぶん血なまぐさい夢だな」
解体作業でげんなりした様子のケイドが言う。
「でも、楽しいでしょう?」
「……ああ」
ケイドは頷き、山の獣道を下っていった。
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