闇堕ち貴族転生 ~悲劇の悪役に転生したゲーマー、闇堕ち原因を排除してハッピーエンドを目指す~
鮫島ギザハ
プロローグ:英雄物語レベル1縛り達成まで寝ない耐久配信
長い冒険の末に、英雄ライテルはついに邪神の元へたどり着いた。
世界中であらゆる災厄を引き起こし人間を滅ぼそうとしている絶対悪が、ついに手の届くところにいる。
全ては今、ここで決まる。
黒い瘴気で体を構成している巨大な邪神を見上げて、英雄は言った。
「何故だ、ケイド? 何でこんなことを?」
――この邪神を、自らの体に宿す形で現世に召喚したのは、彼の親友ケイドという男だった。
だが、邪神は答えない。
「……そうだよな」
英雄はうつむき、呟く。
「お前はもう、ケイドじゃない。邪神なんだ。倒すべき敵なんだよな」
そうして、英雄は剣を抜き放った。
- - -
プロ仕様のマイクやカメラが並び、RGBライトが七色に輝く部屋のモニターで、そんなイベントが再生されていた。
国民的大人気シリーズの最新作〈英雄物語〉のラスボス戦イベントだ。
隣に並んだもう一枚のモニターでは、コメントが勢いよく流れている。
『トイレ長すぎて草』
『絶対寝たろ』
『間に合わねえええwwwwww』
がちゃり、どたどた。
ズボンのチャックを引き上げながら、一人の男が勢いよく戻ってくる。
「っとと! カットシーンもう終わるじゃん! あぶねえ!」
オタクっぽい男がゲーミングチェアに飛び込み、コントローラーを握る。
彼の名前は西田ケイ。重度のゲーマーにして人気配信者である。
どれぐらい重度かといえば、一時はプロゲーマーだったぐらいの重度さだ。
「お前ら見とけよ! 今回こそ成功するから! マジで!」
西田はエナジードリンクを飲み干して、部屋の隅に缶を投げる。
積み上がったエナドリの山にぶつかってカラカラと乾いた音が響いた。
『死ぬぞ』
『エナドリ何本目だよw』
「いやいやいや今回こそクリアするから! これで終わるからセーフ!」
彼は前傾姿勢でモニタにかじりつく。
……数秒後、彼は邪神の放った必中の光線攻撃を食らって即死した。
余波で地形が変形している。全ての障害物や防御魔法を貫通してくる、発射前に対応しない限り即死確定の攻撃だ。
こういう異常な攻撃のパターンを無数に織り交ぜてくる。
「……きっつ……」
西田の視線が、サブモニタの配信画面に移る。
配信開始からの時間は”六十時間”と表示されていた。
そう、これは”英雄伝説レベル1縛り達成まで寝ない配信”なのだ。
(俺、元プロゲーマーなんだけど? 何でこんなキツいんだよ……)
内心めげそうになりながら、西田は再びラスボス戦に挑む。
この〈英雄物語〉というゲームはとんでもないボリュームで、”オープンワールド学園アクションRPG”なるごった煮ジャンルを名乗っていた。キャラクターのイベントなんかが物凄く充実しているかわり、難易度はそれほど高くない。
実際、彼が初見で全員虐殺ルートを配信した時も、特に詰まることはなかった。
レベル1縛りでもラスボス手前まではあっさり来れてしまったぐらいだ。
その勢いで”クリアするまで寝ない耐久配信”をやってしまったのが運の尽き。
ラスボスに徹底的にボッコボコにされ続け、気づけば配信三日目である。
「くっそ……次だ次! もう一回死んだら配信引退するわ!」
イベントシーンをスキップして、もう一度ラスボス戦に挑む。
ラスボスの”邪神ケイド”は、はっきり言ってバランスが崩壊した強さだ。
巨大な体の持つ莫大なリーチで超高速の連続攻撃を振り回しながら遠距離魔法を乱打してくる。
通常プレイならラスボス専用の弱体アイテムがあるのだが、レベル1クリアでは使用条件を満たせない。真正面から鬼畜ゲーに立ち向かうしかないのだ。
「よっ、ほっ! ウェイウェイ! いい感じだぜ!」
『うま』
『すっご』
『プロゲーマー西田選手、発見される』
嵐のごとき連撃を、紙一重のところで次々と避けていく。
一回成功させるだけでもネットに上げて自慢できるスーパープレイだ。
ラスボスのレベル1撃破のためには、これを数十分続ける必要がある。
五分後、またゲームオーバー画面が表示された。
「配信辞めるわ……引退だわ……」
『引退乙』
『いいやつだったよ』
『引退宣言これで二十七回目』
『数えてんの?w』
朦朧とする意識をエナジードリンクで復活させ、西田はラスボスに挑み続ける。
「うわ。なんかメチャクチャ見えるんだけど。今までにないぐらい意識がシャッキリしてるわ。悟った! 俺は悟ったぞ! ブッダの生まれ変わりかもしれねえ! 俺のことは今から湘南のシッタカブッダって呼んでくれ!」
『壊れてきてる……』
『寝て?』
『これマジで死ぬって』
流れるコメントが、西田の意識の外へと消える。
無数に存在する攻撃パターンのどれが来ても対応できる細いルートが見える。
彼の集中力は極大に達している。
六十時間寝ずに配信し続けたことで、実際に命の危機に瀕しているせいだ。
彼の目が血走る。画面の中で、邪神の猛攻を英雄が避け続け、わずかな隙間に攻撃を差し込んでいく。ワンミスも許されないやり取りが、数十分に渡って続く。
攻撃の余波で燃える世界の荒れ果てた地形を、彼のキャラは精密に飛び渡る。
「やっ……ったあああああああっ!」
そうして、ついに彼はラスボスの邪神ケイドをレベル1縛りで撃破した。
世界初の偉業だ。コメントが滝のように流れている。
「おあああああああっ! しゃあああああっ!」
両手を天に突き上げ、椅子にもたれかかる。
その瞬間、彼の心臓が止まった。
「……あっ」
西田は椅子ごと後ろに倒れ込み、エナドリの山に埋もれる。
彼が息を吹き返すことは、二度と無かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます