第1話 転生者ケイド・シニアス
西田ケイは見知らぬ部屋の中にいた。
ベッドも椅子も部屋も、なんだかやたらと大きい。
それに、まるきりファンタジーみたいな内装だ。
(これってまさか)
重度のゲーマーな西田の脳裏に、ある言葉がよぎった。
「あらあら? 急にきょろきょろして、どうしたのかしら?」
ファンタジーな格好のお姉さんが、ひょいっと彼を抱き上げる。
(ま、間違いない! 俺、めちゃくちゃ小さいじゃん! つまり!)
――異世界転生だ! 〈英雄物語〉の世界に!
たぶん、主人公のライテルとして!
「ケイドちゃんは何が欲しいのかなー?」
「おいあおー!?(そっちかよーっ!?)」
……主人公の親友にして、途中で裏切って暗躍して邪神を召喚してラスボスになる闇堕ち悪役貴族、ケイド・シニアス!
作中でもストーリーが始まる前のバックストーリーでも悲劇に襲われまくって、ネットじゃ”そりゃ闇堕ちするわ”なんて言われてるかわいそうなやつ!
転生したくないキャラランキングがあったら第一位! TierリストならダントツTier1! 悲劇度を競う対人戦があったらぶっ壊れ使用禁止レベル!
それがケイドである!
「あばばばばばー!?(嘘だろ!? 俺、両親が目の前で死んだり愛する人が死んだり親友が死んだりした挙げ句に邪神教団の実験体にされんの!? 嫌なんだけど!? キャラ選ばせてくれよ!?)」
「お腹が空いてるのかしら?」
ファンタジー特有の超絶美人な母親が母乳を飲ませてくれたので、西田ケイ……もといケイドは全てを忘れて鼻の下を伸ばした。
(すっげ……)
……そして、彼の意識はふっと消えた。
- - -
ケイド・シニアスに転生したのはいいが、ケイドはまだ赤ちゃんだ。
物心がついていない。
そのせいか、西田の自意識が浮上してくることは滅多になかった。
一ヶ月に数度ほど、意識を取り戻して赤子らしからぬ行動を取るのだが、すぐに単なる赤ちゃんに戻ってしまう。
難しいことを考えることもできなかった。脳が未完成なのだ。
「ケイド。お前は不思議な子だな」
彼が七歳になった頃、父親のルート・シニアスがふいに漏らした。
「聞いたこともない言葉を呟いたかと思えば、大人のように行動することもある。かと思えば、次の瞬間には年相応に戻っている……」
「ち、父上。俺は、その、ときどき変なアイデアが湧いてくるので」
ちょうど西田の意識がはっきり浮上しているところだった。
……もっとも、彼の意識が浮上していない時のほうが、むしろケイドの変な発言は多かったのだが。下ネタとか。
脳が未完成ではっきり物心がついていなくても、そこには常に西田の魂が宿っている。理性のブレーキが効かないので、本心はポロポロこぼれた。
「ああ。知っているよ。前世だとか、ゲームがどうとか……あと、アマゾネスみたいな”強くて大きい”女の子が好みだということも。最近の子供はませているのだねえ……」
「あ、あはは」
ルート・シニアスは遠い目で呟いた。
……シニアス家当主のルートは、国王のお膝元で働く宮廷貴族だ。
かつては多くの領土を抱えていた名家だったのだが、今はもう領土がない。
それでも、この国の首都に大きな邸宅を構えるぐらいの余裕はあった。
「体の調子はどうだね?」
「なんとか大丈夫。ちょっと外に出るぐらいなら……ゲホゲホッ!」
ケイド・シニアスは病弱だった。
本編でもそうだったのか、転生の副作用なのかは不明だ。
なので、ケイドはまだ家から外に出たことがない。
(ま、前世でもゲームばっかで引きこもり気質だったしな……)
転生者らしいことは特に出来ていなかった。体を鍛えるのも、魔法を覚えるのも、まだ不可能なのだ。
「無理をするな」
ルートは我が子の頭をなでた。
「例えどれほど変だとしても、お前は私の子供だということに変わりはない。無理をせず、出来ることをやっていてくれればいい」
「父上……」
ケイドは父の姿を見上げた。
強く優しく、慈愛に溢れている。
(……俺が転生者だとしても、あなたが父だということに変わりはない)
ケイドの両親は、たっぷりと彼に愛を注いでくれた。
おそらく、英雄物語のケイドも同じように育ったのだろう。
……だからこそ、悲劇が重なったことで闇堕ちしてしまったのかもしれない。
転生者らしい行動ができるようになったのは、ケイドが十歳になった頃だった。
ようやく深いところまで物事を考えられるようになり、前世の記憶もはっきりとしてくる。
(さて。英雄物語の中で、ケイド絡みのイベントって何があったかな)
英雄物語は裏設定がいろいろと存在しているゲームだった。
アイテムの説明文なんかでほのめかされている情報も多い。
それでも、彼はネットの考察を読み比べるぐらいには設定に興味があるタイプだったので、十分に要点は押さえているはずだ。
(確か、ケイドの闇堕ちフラグは大きく分けて三つ……)
まず一つ目。
両親の死。本編開始の二年前、ケイド十三歳の時に起きる事件が原因だ。
ずっと病床に伏せている国王アルフォンス三世の後継ぎを巡って争いが起き、その戦争で両親ともに戦死する。
(……母上と父上が、死ぬ?)
ケイドは将来に起こるイベントに気付き、愕然とした。
絶対に、これだけは防がなくてはいけない。
だが、十代の子供に何が出来るというのだろう?
(考えろ……俺にはゲームの知識がある。きっと何かできるはずだ……)
そして、二つ目。愛する女性の死。
これは本編の時間軸で起きるイベントだ。見るための条件が厳しいので、直接見たことはないが、ネットの情報で間接的に知っている。
何でも、ケイドが愛していた恋人〈ラティア〉は不治の病に侵されていて、どれだけ手を尽くしても救えなかったのだという。
(まあ、これは……俺がラティアと出会わなければ、それで終わりだよな)
三つ目が、邪神教団との接触。
死んだ恋人を蘇らせる禁術の類を探していたケイドは、その過程で邪神教団と接触する。その名の通り、邪神を蘇らせるための教団だ。
だが、邪神教団は彼を邪神復活のための実験台にする。ケイドは邪神の欠片が宿る呪いの宝石〈邪神封石〉の封印を解除する最後の鍵だったのだという。
そうして邪神と融合した彼は、世界に大災厄を起こす……というのが、ゲーム後半のシナリオだ。
(俺が闇堕ちさえしなければ大災厄は起こらないんだよな? ……なら、闇堕ちフラグを全部叩き折ってやる。〈英雄物語〉はお世辞にもバランスがいいゲームじゃなかった。ぶっ壊れ構成はいくらでもあるんだ。絶対、やれる)
ケイドは決意した。
これから起こる悲劇を未然に防ぎ、闇堕ちフラグの全てを叩き折る。
そのために、ゲームの知識を。そして、プロゲーマーとしての経験を。
全てを注ぎ込み、大立ち回りしてやろう、と。
「悪いイベントなんか全部叩き折った上で、最高に幸せな人生を送ってやる!」
そして、転生者ケイド・シニアスは動き出した。
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