第2話 星見の儀式


 三つある闇堕ちフラグの中で、まず真っ先に解決するべきは一つ目の”両親の死”だ。これさえ解決すれば、残りの二つのイベントが無くなる可能性すらある。


 問題は、両親の死の原因が国の後継ぎを巡る戦争だということだ。

 ケイドはまだ十歳の子供にすぎない。

 出来ることが限られている中で、どうやって両親の安全を確保するのか?


 ケイドはひたすら考えた。そもそも体が病弱で、まだトレーニングも何もできていないのだから、考えるぐらいしかやることがない。


 ――穏やかな天気の続く春の日に、ケイドは行動を起こすことにした。

 彼はベッドから飛び起きて、階段を勢いよく下る。

 少しふらついて、あやうく高そうな壺を壊しかけた。


「っとと。父上ー!」

「ケイド、どうした?」


 王宮に出勤しようとする父を呼び止める。


「最近は体調がいいんだ! 週末にでも、〈星見の儀式〉をやりたい!」

「本当に大丈夫なのか?」


 父親の目線が、ケイドを通り過ぎて遠くに向かう。


「ええ。ここしばらくは元気そうですよ? 春先の天気が効いてるのかしら」


 ケイドの母親、マリン・シニアスは穏やかな笑みを浮かべている。

 いつ見ても女優みたいな美しさだ。歳を取るにつれて魅力が増している。


(父上、あんまり冴えない男なのになあ。いったいどうやって……)


「ケイド。またなんか変なこと考えてるでしょう」

「うっ」

「まあまあ、いいじゃないか。じゃあ、今週末に星見の儀式を手配しておくよ」

「よっしゃ!」


 ケイドは小さくガッツポーズした。


「はは。私も楽しみだよ。じゃあ、行ってくる」


 両親は何気なく小さなキスを交わした。毎日やっている出勤前の日常だ。


(うーん、アツいな。この世界って、愛情表現は海外っぽいんだろうか?)


 ハグやらキスやら、かなり触れ合いの多い文化らしい。

 ……しかもケイドの知る限り、地球よりも圧倒的に美男美女の割合が高い。

 ということは、いずれケイドも超絶ファンタジー美人と付き合える可能性が高いし、親密に触りあえる可能性も高いということになる……!


「むふふ……」

「ケイド」

「べ、別に何も考えてないし」

「まったく。誰に似たんだか。……あたしかしら?」


 母親はため息をついた。


「まあ、ケイド。星見の儀式があるんだから、自分の体は大事にしなさいよ。無理にはしゃいで、また高熱でも出したら大変だもの」

「分かってるって。体力は温存しとくよ」

「ええ。気をつけなさい」


 この〈星見の儀式〉というのは、適性のある属性を調べるためのものだ。

 ……ゲームのほうの英雄物語では、大きく分けて四属性の魔法があった。

 炎、水、土、風。基本はこの四つだ。加えてレア属性の光と闇属性が存在する。


 属性ごとに向き不向きがある。炎は近距離の攻撃役アタッカーで、水が回復役ヒーラー、土がタンク役、風は遠距離の攻撃役アタッカー

 そして、主人公のライテルは四属性を自由に切り替えることができる。

 防御の時は土属性、攻撃の時は炎や風属性……みたいに、素早く属性を切り替えながらのアクション戦闘がゲームの売りだ。


 ゲームの中のケイドは土属性だった。

 途中で闇堕ちしてレアな闇属性になるのだが……そのルートへ行く気はない。


 ついでに言えば、土属性として認定される気もない。

 

(ふふふ……)


 ケイドは心の中で含み笑いした。

 この星見の儀式、実は属性をごまかすことができる。

 実際、ゲームには自分の属性をごまかしているキャラが存在していた。


(この計画が上手く行けば、両親の死を回避する第一歩になるぞ……!)



- - -



 週末。ケイドの体調は良好だったので、予定通りに星見の儀式が行われた。

 この国の宮廷にある儀式用の部屋を借りて、ささやかな会が開かれる。

 父親の関係者を中心に、十人ほどの参加者がいた。


(本当はこれ、貴族の子供の社交界デビューみたいになるんだっけか?)


 ケイドのうろ覚えな設定知識だと、星見の儀式は年に一度行われる数百人規模の派手な催しだ。

 体の弱いケイドのために特例、という形になるのだろう。


(ん? あれって)


 礼服に身を包んだケイドは、一人の少年に気がついた。

 日に焼けた肌に筋肉質な体、それとぼさぼさした赤い髪。

 あまり貴族っぽく見えないあの少年は、ゲームで姿に覚えがある。


(第一王子ブレイズ! 原作キャラじゃん!)


 これから起こる家督争いの主要人物だ。

 ゴタゴタの末に第一王子は第二王子と争い、敗北して異国に逃げることになる。

 そのうち本編で主人公と出会い、第二王子の陰謀を暴いて新たな国王となり善政を敷く、というストーリーだった。


(……何でここに?)


 コネを作ることができれば大きい。ケイドの計画にもプラスに働くだろう。

 話しかけよう……とした瞬間、儀式が始まってしまった。


 司祭らしき人が口上を述べて、ケイドを招く。

 そして、獅子の頭を象った石像の口へ手を差し込むよう促した。


(よし、ゲームで見た通りだ!)


 ケイドは右手をポケットから出す。

 その指先には〈魔無草〉と呼ばれる雑草をすりつぶした粉末が付着していた。

 指先に何かを付けておくだけで、この属性判定は簡単に騙すことができるのだ。

 ゲーム内で同じ手口が使われていた。


「む? これは……まさか」


 うんともすんとも言わない獅子の頭を見て、司祭が深刻な顔をした。


「もう一度やり直してもらってもいいですか?」

「はい」


 ケイドはさっと手を引いて、指先を隠すように拳を握りしめた。

 それから、再び指先を獅子の口に入れる。


「間違いない。ケイド・シニアスは……〈無属性〉です」


 司祭がそう宣言した。部屋がざわつく。

 ケイドは指先をポケットの中で拭ってから、両親の様子を確かめた。

 顔に出さないようにはしているが、肩を落としてがっくりした様子だ。


(無属性。どの属性にも適性がない証拠だ。まあ、そりゃ残念だよな)


 高度な属性魔法は使えないし、貴族としての資格がちょっと怪しくなる。

 それでも両親は失望した様子を見せていない。ケイドへの愛が伺えた。


(予定通り、無属性に認定されることはできた。計画通りだ。……ん?)


 ……ケイドのことをじっと不審げに見ている少年がいた。

 第一王子ブレイズだ。

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