第3話 第一王子ブレイズ


 第一王子ブレイズが、目を細めてケイドの右手を見つめていた。


(き、気付かれたか?)


 だが、何も言ってこない。

 司祭が簡易な星見の儀式を終わらせて、獅子頭の石像を持って立ち去った。

 あとは歓談タイムだ。

 ケイドが無属性だったので、少し気まずい空気が流れている。


「まさか無属性とは……お気の毒に」

「いや。いいんだ。無属性とはいえ、魔法が完全に使えないというわけでもないんだし。無事に育ってくれれば、それで……」


 しょんぼりとした父親を見て、ケイドは少し罪悪感を覚えた。

 だが、彼の死を回避するための作戦だ。ちょっと悲しませるのも仕方がない。


「おい」

「え?」


 第一王子ブレイズが、いきなりケイドの右腕を引っ張った。


「少し来い。二人きりで話すぞ」

「あ、ああ……いいけど」


 ブレイズは窓際のカーテンを引っ張り、周囲を囲んだ。


「お前。指先に細工してたろ。見たぞ」

「うっ。だ、黙っててもらえないかな?」

「なあ、どんな計画だ? まさかイタズラじゃねえだろ。教えやがれ」


 やっべ、とケイドは思った。

 相手は家庭教師から高等教育を受けている王子だ。下手な嘘は通じない。

 本当のことをかいつまんで話すしかないだろう。


「両親を引っ越しさせたいんだ」

「引っ越し?」

「そう。ほら、〈精霊の郷〉ってあるだろ?」


 精霊の郷、ウェーリア。

 ゲーム本編とは特に関係のない辺境の土地だ。

 ここは四属性を司る精霊の力が強く、ウェーリアの温泉に入ることで無属性の人間が属性に目覚めた、なんていう話も伝わっている。

 ……要するに、温泉イベント用のマップだ。


「えっとさ……俺、ウェーリアに住みたいんだよね。で、無属性だってことにしたら、療養目的で引っ越してくれないかなー、なんて。確か、ウェーリアの代官のポストって空いてただろ?」


 両親がウェーリアに引っ越せば、王都のゴタゴタとは距離が作れる。

 これで両親が命を落とすことを防ぎ、闇堕ちフラグの一つ目を折れる。

 遠くに引っ越すことでケイドの人生は大きく変わるので、必然的に他のフラグも折れる。それがケイドの考えた計画だった。

 やや無理はあるが、十歳の子供が力を及ぼせる範囲内だとこれが限界だ。


「俺、温泉大好きなんだー、あはは……」

「……」


 王子ブレイズはケイドの眉間を睨みつけている。


(不機嫌だ。何で? あ、敬語とか使うべきだったか? あちゃー)


「お前、第二王子派か? 誰から接触を受けたんだよ?」

「えっ? 何の話?」

「とぼけるんじゃない。お前をそそのかした人間が居るはずだぜ」

「いや……」


 いきなり覚えのない政治的な話が始まったので、ケイドは戸惑った。


「シニアス夫妻はオレの後援者の一人だ。……王が病床に伏せているのは、お前も知ってるだろ。オレの派閥と奴の派閥は、勢力の均衡した鍔迫り合いを続けてるんだ。おそらく、その均衡を崩す工作の一貫でお前に接触したんだろうよ」


 ……ケイドの知らない話だった。

 病弱で家からほとんど出ない彼の耳には、政治の噂話が入ってこない。


「違う。そういうんじゃない。俺にそそのかした人間もいない」

「なら何故。何のために。まさかウェーリア大好きってだけで無属性を偽装はしねえだろうよ」

「俺は……」


 意図せずしてややこしい政治の領域に突っ込んでしまった。

 下手な言い逃れはできない。なので、ケイドは本音でぶつかった。


「両親に死んでほしくない。安全なところに居てほしい。それだけなんだ」

「……オレたちの争いに関わらせたくねえってか」


 ブレイズはじっとケイドを見つめてから、ニカッと破顔した。


「悪くねえ! 悪くねえな、お前。気に入ったぜ」

「そ、そう……?」

「無属性なんか偽装したら、お前の人生が台無しだろうに。両親を安全な場所に逃したいからって、この人目のある中で工作するか、普通? しかも、面と向かって”お前なんか支援してたら危ねえ”って言うのかよ? なかなかのクソ度胸だぜ」


 う、とケイドは今更ながらに自覚した。

 確かに、ブレイズの支援をさせたくない、と言っていたも同然だ。

 第一王子がこういう気質じゃなければ、どうなっていたことか。


(度胸なあ。俺が昔FPSでプロゲーマーやってた時も、真っ先に突っ込んでく”エントリーフラッガー”が役割だったんだよなあ……)


 ケイドは……そして前世の西田ケイは、向こう見ずな突撃番長である。

 エナジードリンクをガバガバ飲みながら六十時間眠らず耐久配信した末にうっかり心臓が止まって死ぬようなバカ、と表現することもできるが。


「なあ。悪いがな、お前の両親を逃してやることは出来ねえよ。均衡が崩れればオレが危険になるからな」

「分かった。なら、俺が第二王子の派閥を弱体化させてバランス取ればいいんだな?」

「気楽に言ってくれるねえ」


 ブレイズは笑顔で言った。


「いいぜ。出来るもんならやってみろよ。連中を弱体化させてくれたら、お礼にお前の両親へウェーリア代官……いや、王領から切り離して領主としてのポストをくれてやる。取引だ。いいな?」

「その取引、乗った」


 二人の少年はカーテンの裏で固い握手を交わし、それから歓談の場に戻った。


(よし、第一王子とのコネが出来た! これなら、元々の回りくどい計画を進めるよりもずっと楽だぞ!)


 無謀な取引だが、ケイドには原作知識という勝算があった。


(この王城には隠し通路がたくさんある。見た限り、作りはゲームと同じだから、隠し通路も同じ場所にあるはずだ。原作通りなら、これを知ってるのは限られた人間だけ。確か、隠された牢屋の中で拷問とかをやってたはずだよな)


 本編の通りなら、第二王子はゲオルギウスとかいう貴族と共謀して汚いことをやっている。

 隠し通路にさえ入れれば、派閥弱体化に使える秘密はポコポコ見つかるだろう。


 この儀式の場にだって隠し通路は存在している。

 暖炉をよく見ると、いくつか飛び出しているレンガがあった。

 魔力を込めながら上下左右の順番で押し込んでやれば隠し通路が開くはずだ。


(まあ、魔法が使えないと開けないんだよな、隠し通路)


 まずは魔法を教わるところからだ。

 本格的な家督争いが起きるまで、あと三年ある。十分な余裕だ。


「ケイド。そろそろ帰るぞ。その……気を落とすな。なんとかなる」

「父上。しょんぼりしないで。俺は平気だから」

「……そうか、気を落としてるのは私のほうか。君は強いんだな」


 無属性だと判明してもへこまないケイドを見て、父が感嘆した。


「あたしの子供だもの。これぐらい屁でもないわよ。でしょう?」

「まあね」

「ほら。あたしが旅してた時にだって、無属性の強い戦士を何人も見かけたわ。肝心なのは、属性なんかより本人の努力なのよ」


 母親のマリン・シニアスは、貴族一家を飛び出した過去を持つ元冒険者だ。

 流石に肝が座っていて、特に動じていない。ハイスペック美人だ。


「……その通りだな。星見の儀式も終わったことだし、ケイドに魔法の家庭教師をつけねば。魔法を覚えれば、きっと体も丈夫になるだろう」

「ええ。初歩的な魔法なら、無属性でも使えるものね」

「うむ。戦うことは出来なくても、生きる助けにはなる」


(……それはどうかな?)


 ケイドは知っている。

 この世界の人々は無属性を弱いと思っているが、別にそんなことはない。

 むしろ、この無属性こそがレベル1クリアの鍵だった。


 ケイドが本当は土属性だったとしても関係ない。ゲーム本編でも、無属性用の装備は誰だって扱うことができたのだから、この世界でも同じはずだ。


(ふふふ。自由にビルドを作れるゲームでバランスのぶっ壊れた組み合わせを振り回すのはゲーマーのたしなみだぜ。待ちきれないな!)


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