第13話 外堀を埋めたり埋められたり
Aランク冒険者のラナからも「基礎は十分にできている」という評価を貰い、ケイド・シニアスはついに両親から魔物と戦う許可を貰った。
(さーて、何からやろうかな!)
原作ゲームと違い、この世界にはレベルが存在しない。
魔物を倒せば実戦経験を積めるが、一気に能力が上がったりはしないだろう。
そもそも原作の〈英雄物語〉は探索重視のオープンワールドだった。
雑魚を狩り続けるより、フィールドに隠された装備を探索して見つけることで強くなれる設計になっていて、レベルよりは装備やキャラビルドの比重が大きい。
(やっぱり、まずは〈大精霊のお守り〉の回収か?)
四色ビルドを使う上で定番の装飾品だ。
全ての属性値をわずかに上昇させると同時に、属性値に比例して防御力を上げる効果があった。
火力全振り四色ビルドでも最低限の防御を確保できる。ワンミスで死ぬシビアな構成を現実で使う気はないので、優先度は極めて高い。
(川を遡っていった先、〈大精霊の泉〉の宝箱に入ってたはずだけど……)
宝箱が存在するのかどうか、実際に探してみないことには検証できない。
「あ、そういえば」
ケイドは役に立ちそうな魔法に気がついた。
〈トレジャーサーチ〉という無属性の魔法には、付近の宝箱の個数を教えてくれる効果があったのだ。あの魔法なら宝に反応するかもしれない。
「父上ー! ちょっと本屋に行ってくるー!」
ケイドは家を飛び出して、行きつけの書店に向かった。
「おっちゃん! トレジャーサーチの魔導書ってある!?」
「ボウズ、トレジャーハンターでもやる気か? やめとけよ」
店主はケイドを諭した。
「よっぽどの辺境に行かないかぎり、あの魔法は反応しないぞ? 人里近くの宝なんか、トレジャーハンターに取り尽くされてるんだからな?」
「分かってるよ。で、あるの? ないの?」
「あるよ。初心者冒険者が真っ先に覚えてガッカリする魔法の筆頭だからな」
需要が多いので、流通も多いようだ。
店主に教えてもらった棚へ向かう。
と、そこで何かを探していた見知らぬメイドさんが彼に目線を向けた。
「もしかして、アイリスの新しいメイドさん?」
「……」
目つきの悪いメイドは無言でケイドを睨む。
ものすごく強そうだ。アイリスの父親はまた冒険者を雇ったのだろう。
「俺はケイドです。ラナさんから聞いてるかもしれないけど、週末はアイリスに〈バイタリティ〉を教えてて……」
「雇い主から、お嬢様と部外者の接触は控えるように申し付けられております」
「え? 教えるのを辞めろってこと?」
「そうなります。職務ですので、ご容赦を」
メイドは書店から去っていった。
……もしかすると、本ではなくてケイドを探していたのかもしれない。
「……アイリスは大丈夫なのか……?」
彼女の周辺には、どことなく嫌なものが立ち込めている。
……このまま何もしないと、後で後悔するかも、とケイドは思った。
(とりあえず、ラナさんからの手紙を待つか)
それまでは自分の訓練に集中することに決めて、彼は安っぽい装丁の魔導書を取り出した。
それから数週間、ケイドは慌ただしい生活を送った。
朝に両親と訓練したあと、川を遡って〈大精霊の泉〉へ向かうルートの探索を進めつつ、夜には家に帰って〈トレジャーサーチ〉の魔法を練習する。
(本当は〈スキル〉を覚えるべきなんだろうけど、時間が足りないな……)
上流の探索も魔法の習得も、一朝一夕では終わらない。
〈大精霊の泉〉へ向かうルートにはいくつもの滝があり、迂回ルートも少ないので、崖を登ってロープを固定して自力で道を作る必要があった。
(ゲームじゃ風魔法でひとっ飛びだったのに……)
全ての準備が終わっても、日帰りで泉に行くのは難しいだろう。
宝探しを含めると、最低でも三日は見ておく必要がありそうだ。
一方で、〈トレジャーサーチ〉の魔法学習は順調だった。
魔導書は高度な教育を受けていない一般市民でもなんとか読めるぐらいに平易な作りで、魔法の素養があれば独学も難しくない。
〈大精霊のお守り〉を回収するための外堀は、徐々に埋まっている。
(アイリスはどうしてるかな……)
時が経てば経つほど、ケイドは彼女のことが気になってきた。
一度は彼女の邸宅に行ってみたが、もちろん中には入れなかったし、窓のカーテンは閉じられていて部屋も見えなかった。
〈バイタリティ〉の習得は順調だろうか、と彼は思う。
あと一歩のところまでは来ていた。きっと大丈夫だろう。
(健康になったとしても、自由に出歩けるんだろうか?)
新旧のメイドを比較して振り返ると、ラナさんは雇い主の命令を無視していた疑惑がある。新たなメイドはクリフォードの言いつけを守っているようだ。
例の怪しげな薬もしっかり飲ませているのだろう。
「ケイド。何か悩み事があるのかい?」
朝の訓練をやっている最中、父は悩みを見抜いた。
「ま、まあ」
「アイリスのことはラナさんから聞いているよ。少し過保護かもしれないが、仕方のないことだ。湯治のために娘を一人で遠くに住ませるなんて、親としては心配で仕方がないだろうからね」
「それだけならいいんだけど……」
「ケイド。心配なのは分かるがね。押す一方だと上手くいかないぞ?」
「べ、別にそういうのじゃない」
好みとはズレてるし。生来の気質だって全然違うし。
特に好きでもない。嫌いでもないけど。
……そんなことを内心で言いながらも、ケイドは赤面して目線を逸らした。
父親は彼を微笑ましく見守っている。
「そういうのじゃないんだって……だいたいほら、俺って伯爵家の一人息子じゃん? 政略結婚とかしなきゃいけないでしょ?」
「平民と結婚したところで、貴族社会から冷たい目線で見られるだけではないか。王宮の政治に関わるならまだしも、田舎の伯爵領を継ぐ上で支障はないぞ」
「ケイド、これは実体験よ? わたしだって貴族家から飛び出して冒険者やってたから、平民みたいなものだったもの。実際、やってみれば何とかなるものよ」
(なんか外堀が埋まっている気がする……! 違うって!)
……とにかく、ケイドはアイテム回収の準備を進めつつラナの手紙を待った。
だが、一向に手紙は来ない。
風が冷たく乾き、色づいた葉が地面に落ち始めたころ、事件が起きた。
アイリスが失踪したのだ。
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