第12話 はじめての魔物討伐


 アイリスと微妙な距離感で魔法を教えながら、ケイドは地道な訓練を続ける。

 毎朝のランニングを開始してから数ヶ月で、目に見えて体力が上がってきた。


(いい感じだ! もう普通に健康体だろ、俺!)


 体力が上がったことで、剣術の訓練も時間を長く取れるようになった。

 徐々に地球の剣術では絶対になかったようなアクロバティックな型が増えてくる。飛んだり跳ねたり転がったり。

 身体能力が高くて魔法の存在するこの世界では、どっしり構えて斬りあうよりも動き回りながら戦う方向に剣術が進化したのだろう。


「やるわね。基礎は十分、かしら。あとは応用と実戦への対応力さえ付けば、魔物と戦えるぐらいの強さになれるわよ」


 ケイドの母親からも太鼓判を押された。

 元々は冒険者だった彼女が言うのだから、間違いはないのだろう。


「父上。もうそろそろ、魔物を倒してみたいんだけど……」

「ああ。わかっているよ」


 父は頷く。


「現役の冒険者を探して、護衛の手配をしておこう。マリンも昔はすごかったそうだが、流石にブランクがあるからね。先輩の下で安全に戦いを学ぶんだ」

「……俺一人じゃダメ?」


 ケイドには原作知識がある。

 いくつか美味い稼ぎスポットを知っているし、魔物の動きも分かっている。

 なので、彼としては一人で自由に動きたいところだった。


「まだ駄目だ。いくら並外れた才能があるとはいえ、お前はまだまだ子供だぞ? 必要な経験がない。だが……そうだな、雇った護衛の冒険者にお前の動きを見定めてもらうとしよう。一人でも大丈夫だと冒険者が判断すれば、私も認める」


 妥当な話だった。

 遠からずケイドは一人で動けるようになるだろう。


(確か、ウェーリア周辺には四色ビルドに使えるお守りがあったよな? 川を遡っていった先にある〈大精霊の泉〉に宝箱があったはずだ……)


 ……宝箱。ゲームならまだしも、この世界で宝箱があるのかどうか。

 仮に存在したとして、デフォルメされてスケールが小さかったゲームのマップと違い、この世界は広い。隠されている宝箱を見つけるのは一苦労だ。


(ま、一人で動けるようになってからだ。じっくりやろう。時間制限もないしな)



- - -



 数日後。

 彼の護衛をするために雇われた冒険者は、目立たない女性だった。


「冒険者のラナです。では、行きましょうか」


 彼女はそっけなく街の外へと向かう。

 どこかで見た覚えがあった。


「あっ、アイリスのメイド……!?」

「気付くのが遅いですね」

「いや、何で冒険者がメイドさん? いやメイドさんが冒険者なのか?」

「本職は冒険者です」

「冒険者が何でメイドやってるんだ?」

「ギルドを通して仕事を受けたんですよ。昨日で私の契約期間が終わり、今日からは別の冒険者に交代したんです。だから、もうメイドじゃありませんよ」

「わざわざギルドを通して冒険者を? 謎だな」

「……そうですね。アイリスの父親クリフォードは、メイドに戦闘力のある人間を指定していた。確かに、お嬢様を狙う不埒の輩はいたかもしれませんが……」


 相変わらずの冷たい視線を向けられて、ケイドは苦笑いした。


「でも、護衛を付ければ済む話でしょう? だいたい、あの屋敷の規模からして大勢メイドを雇うのが普通でしょうに、私は一人で働かされていた」

「妙な話だな」

「ええ。……少し、気にかかることがあるんですよ」


 彼女は足早に獣道へと踏み入っていく。


「クリフォードから、お嬢様に毎日薬を飲ませるよう厳命されていました。……実は、お嬢様がその薬を飲み忘れた時がありまして。その日だけ、妙にお嬢様の体調が良かったのです」

「飲み忘れた時だけ?」

「ええ。……それに加えて、お嬢様が何の病気なのか、どういう薬なのか、お嬢様は何も言わないのです。妙な話だと思いませんか?」


 ケイドは記憶を漁る。

 アイリス、という名前もウェーリアの屋敷も、原作のゲームには登場していなかった。事件が起きているとしても、本編とは関係ないのだろう。

 だが、何かが起きている可能性はある。


(薬が実は毒だった、とか? ドロドロした事情があって、自然な形で暗殺……いや、考え過ぎか)


「ですから、一つくすねてきました」


 ラナは小瓶を取り出した。


「王都へ向かい、こういうものに詳しい人を探して調べてもらうつもりです。私の取り越し苦労ならいいのですが……」


 面倒事に自分から頭を突っ込んでいくタイプの人間らしい。

 それでこそ”冒険者”だよな、とケイドは思った。


「何か分かったら手紙で教えてくれ。もしアイリスが危険なら、俺の父上に頼んでシニアス伯爵家で保護してもらおう」

「ええ。任せますよ。……お嬢様の気持ちを裏切るようなことはしないでくださいね、ケイド様」


 アイリスについての話はそこで終わった。


「さて。森が濃くなってきました。気合を入れましょう」


 人里離れた山の中、獣道を辿って険しい地形を登っていく。


「どこに向かってるんだ?」

「この先で〈スラッジボア〉と呼ばれる魔物の目的情報がありました。あの魔物は土地を汚染しますから、人里に降りてこないうちに討伐するよう依頼を受けまして。ケイド様を連れてくれば一石二鳥でしょう?」

「スラッジボア? 結構強い魔物じゃなかったか? 脅威度Dランクだよな?」

「ええ、ギルドの脅威度認定はDランクです。よくご存知ですね」


(やっぱり、そのへんは原作と同じなのか。ってことは、時間帯限定で出現してたミニボスなんかも同じなんだろうか? 絶対に避けないとな)


 英雄物語の戦闘はアクションRPGだが、RPG側の要素が強かった。

 レベルを上げて装備を整えなければ普通は勝てない。

 ……レベル1縛りでゲームを攻略してゲオルギウスを倒した実績があるとはいえ、格上に挑むのはとても危険だ。そんなリスクを取る必要はない。


「俺、魔物と戦うの初めてなんだけど。Dランクって強すぎないか?」

「ご冗談を。第一王子ブレイズ様からも人目置かれていると聞きましたよ?」


 それを言われると、ケイドは笑ってごまかすしかなかった。

 更にしばらく山の深くへ入っていけば、何となく空気が淀んでくる。

 草の剥げた地面があった。スラッジボアの汚染が進んだ証だ。


 ラナが剣を抜く。それに習ってケイドも精霊の剣を抜き、後ろについた。

 がさがさと茂みが揺れている。


「来ますよ」


 ブギイッ、と濁った鳴き声を上げ、汚泥に覆われた猪が突進してくる。

 二人はひらりと突進をかわした。


「なるほど。私は援護に回りましょう。ケイド様、自由に戦ってください」

「え? ……うわっ!」


 戻ってきたスラッジボアをぎりぎりでかわす。

 汚泥が革の防具に降りかかり、強酸のように表面を溶かし始めた。

 慌てて防具を脱ぎ捨てる。下は平服だ。


(ラナさんからストップが入らないんだけど!? まだやれってことか!?)


 ケイドは剣を構え直し、次の突進を待ち構えた。


(……ああ! こういうときにアクロバティックな剣術を使うのか)


 飛んだり跳ねたりする剣術の練習が腑に落ちた。

 彼は突進をギリギリまで引き付けて、横っ飛びしながら腕を大きく伸ばして斬撃を置く。

 スラッジボアの脇腹にスッと綺麗な一撃が入った。


「ブギイッ!」


 醜い悲鳴を上げて、スラッジボアが地面に転がった。

 暴れるたびに酸性の泥が飛び散っている。


(うわ……。魔物とはいえ、死にかけて暴れてるとこを見るのはキツいな)


 早くトドメを差してやりたいところだが、近づくことは難しかった。


「なにか攻撃魔法は使えますか?」

「いや、まだ」

「なるほど」


 彼女は腰から投げナイフを抜き、暴れるスラッジボアの心臓を一撃で貫いた。


「でしたら、投擲や投射武器の練習をするのもいいでしょうね。どうしても、剣で戦うのは難しい魔物は存在しますから。まあ、飛び散る酸の泥を避けながらトドメを刺せるぐらいに剣を極めるのも一つの手でしょうが……」


 それから、二人はスラッジボアの死体を中和処理したあと解体し、使える”素材”を回収した。


「ああ、そんな雑な切り方をしないでくださいよ。もっとちゃんと短剣を握って、構造をよく見極めて……だから、雑にやるなって言ってるじゃないですか」


 ……ケイドの一挙一動にいちいちラナが文句を付けてくるので、気分が悪くなって吐いているような余裕はなかった。


「なんか鬱憤をぶつけられてる気がするんだけど」

「気のせいですよ」


(まあ、自分が一人で守ってるお嬢様に得体の知れない貴族の息子が寄ってきたら、拒否反応ぐらいは出るよな……)


 とにかく、ケイドは初めての実戦を終えた。

 二人は荷物を担いで山道を下る。


「悪くない動きでしたよ。冒険者のランクで言えば、既にEランク相当ぐらいでしょうかね? 鍛えていけばもっと強くなるでしょう」

「そうか、Eランクか」


 冒険者ギルドは所属する冒険者をGからSに分けて分類している。

 Eならば、一般的な冒険者、ぐらいのランク帯だ。四属性バフを抜きにした素の実力で言えば、ごくごく平凡な域に留まっている。


(ま、俺はまだ十二歳のガキだし。これでEランクなら将来有望だろ。逆にワクワクしてきたな。強くなる余地がありまくりだ)


 スラッジボアも一人で倒せたので、十分に危険な場所で活動できる腕はある。

 これならば親からの活動許可も出るだろう。

 ケイドはようやくスタートラインに立った。


「ちなみに、ラナさんのランクは?」

「Aですよ。ギリギリ下にかかる程度ですけどね」

「えっ!? Aランク冒険者がメイドの仕事を?」

「金払いが良かったので。さすがに大富豪ですよ、クリフォードは」


 Aランク冒険者。凄腕の代名詞だ。

 ケイドは目を輝かせた。それだけ強い相手なら、是非とも練習試合を挑みたい。

 ……対人ゲーマーの性である。


「腕試しがしたくてたまらないって顔ですね」


 彼女はため息をついて、荷物を降ろして剣を抜いた。


「いいですよ。一回だけですからね」

「よっしゃ!」


 ケイドも構え、まっすぐに斬りかかる。

 ……ラナは剣を使うまでもなく、素手で剣をつまんで止めた。


「誰が相手だと思ってるんですか。手加減は不要ですよ」


 さすがに真剣を全力で振るうのは気が引けていたが、実力差は大きい。

 ケイドは今度こそ全力で斬りかかる。

 そして一瞬で地面に転がされた。


「も、もう一度!」

「一回だけって言ったでしょうに」


 何回やりあっても、剣と剣が触れ合うことすらなかった。

 目で追うことも難しい。人外の領域に入った強さだ。

 アニメやマンガの中にしか存在しなかったような超人が、ケイドの目前にいた。


(この世界の人間は、ここまで強くなれるのか……!)


 ボロ負けして泥だらけになったケイドが、瞳を輝かせてラナを見上げる。

 まるでプロサッカー選手を目の前にしたサッカー少年みたいな顔だ。


「なにか、強くなるコツとか教えてほしいんだけど……!」

「そうですねえ。必殺技を作ることでしょうか」


 キラキラとした憧れを向けられて、ラナはまんざらでもない様子だ。


「……必殺技?」

「ええ。同じ動作をずっと繰り返していれば、いつしか”その動作のための魔力回路”が出来上がるんですよ。ずっと練習していれば、ただの攻撃も魔法へと変わっていくんです。完成した必殺技は、〈スキル〉とも呼ばれていますよ」


 ゲームの英雄物語には、魔法とは別に武器種類別でスキルが存在していた。

 この世界でも、はっきりとした必殺技としてのスキルが存在するようだ。


(存在しないのかと思ってたけど、俺が魔法重視の貴族社会で育ったから知らなかっただけか。ゲーム内でも、スキル本はけっこうレアだったしなあ……)


 新たな可能性が開けている。

 ケイドはワクワクしながら帰路を歩いた。


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