第14話 アイリスの失踪
「お嬢様を見ませんでしたか?」
ある朝、ラナの後任メイドがケイドの家を尋ねてきた。
「いや。見ていないが。彼女は病弱で、外に出れないのではなかったか?」
「ええ。ですから、脱出を手引きした人間がいるのかと思いまして」
応対している父親の様子を、ケイドは物陰から伺う。
「身代金の要求がない以上、誘拐の線は薄い。となると、怪しいのはそこの彼でしょう?」
姿を見せていないのに、メイドに存在をばっちり見抜かれていた。
(この世界の強者、やべー……)
ケイドは父親の隣まで出ていった。
「えっと……つまり、アイリスはどこかに消えたのか?」
「ええ。あなたが手引きしたのかどうか、はいかいいえで答えてください」
「君。私の息子は、そんなことをするような男ではない。証拠もないのに、いきなり失礼ではないか? なんのつもりだ?」
詰め寄ろうとする父親を制して、ケイドが言う。
「いいえ、だ。俺はやってない。詳しく教えてくれないか、捜索に協力するよ」
「……なるほど。わかりました。信じましょう」
メイドは頷いて、状況を説明した。
昨夜はまったく異常がなかったのだが、今朝になって悠然と消えていたという。
「クリフォード様の指示を守り、外に出さないようにしていたのですが……それに不満を溜めて、あなたのところへ逃げてきたのかと思いまして」
「でも、そうじゃない。どこに行ったんだ?」
ケイドは首をひねる。街の外にでも行ったのだろうか?
(アイリスが危険な目に遭ってないといいんだけど。世間知らずなお嬢様だし、一人で出歩いてたら危ないかもしれないぞ……)
「ウェーリア伯ルート・シニアス様。アイリス様の捜索に協力して頂けないでしょうか? ここに居ないとなると、探す範囲が急に広くなってしまいました」
「いきなりわが息子に疑いをかけたかと思えば、次は協力しろ、ときたか。なかなかに厚顔無恥だな、お前は。一言ぐらい詫びがあってもいいのではないか」
「……申し訳ありません。少々、焦りすぎていました」
「よろしい。失礼だが、理解はできる。私とマリンで街中を探すとしよう」
「感謝します」
大掛かりな捜索になりそうだ。
両親が外行きの服に着替えている。
「ケイド、あんたは家の中で大人しくしときなさい。一応、これが誘拐の可能性は残っているわ。実行犯が付近をうろついているかもしれないのよ」
「……分かった」
両親とメイドは街中へ散っていった。
……数分後、ケイドもこっそり家を出た。
アイリスに危険が迫っているかもしれない、と思うと、じっとしていることが出来なかったのだ。
(原作だと、ウェーリアで賊が出るようなイベントはなかったよな? 優先して探すべき悪者のアジトも特にないし。探すなら、まずはアイリスの家からか……)
のどかな街中を早足に進み、邸宅の敷地へと踏み込む。
鍵は掛かっていない。あのメイドは本当に焦っているようだ。
彼はアイリスの部屋に向かった。
窓が開いている。ここから下に降りたのだろうか?
でも、ここは二階だ。病弱なアイリスが飛び降りるには、少し高い。
「ん……?」
ベッドの上に、〈竜籠の青い鳥〉が転がっている。
普段はベッドサイドのテーブルにきっちり置かれていた本だ。
(この窓の前に立って、横に手を伸ばすと……ちょうどこの位置。なるほど)
アイリスは、この窓の前で絵本を読んだ。
籠の中で満足せず外に出ろ、という本だ。
彼女はさらわれたわけではない。最後にこの絵本を読み直して決意を固め、自力で脱出したのだ。
……あのメイドは、そんなことにも気付けなかったらしい。
自分のほうがアイリスのことを知ってるな、とケイドは思った。
(着地点を確かめてみるか)
ケイドは屋敷の外に出て、窓の直下を調査する。
露出している土には何も足跡が残っていない。
はしごの類を降ろしたような跡もなかった。
昨夜は雨だった。ここで何かすれば絶対に痕跡が残る。
(……外じゃないのか?)
ケイドは屋敷の中に戻った。
この邸宅は広い。使われていない部屋が無数にある。
(中にいるだけ、って可能性もある)
ケイドは空き部屋を片っ端から調べた。
どこも埃がうっすら積もっている。メイド一人では掃除しきれない広さだ。
「……ん?」
一階に一つだけ、埃があまり積もっていない空き部屋があった。
ケイドはカンテラを持ってきて地面に近づける。埃に足跡が残っている。
それは空の暖炉がある壁で途切れていた。
「え? ちょ……ちょっと待てよ、この飛び出したレンガって」
ケイドは手に魔力を籠めながら、上・下・左・右の順でレンガを押し込む。
案の定、暖炉の奥で隠し通路が開いた。
王城にあったものと同じ仕組みだ。
(同じ設計者が作ったのか? ……それとも、もしかして、原作ゲームでもここに隠し通路があって、同じギミックを使いまわしただけとか……)
彼は隠し通路を進む。カビと埃にまみれているが、罠はない。
地面にカンテラを近づければ、まだうっすらと足跡が見える。
進んでいった先に金属の扉があった。
複雑な魔法陣で封印されている。
「これは……!? アイリス、中にいるのか!?」
ケイドは金属扉をガンガンと叩く。
すると、大量の埃がぶわっと舞い上がった。
「ごほっ、ごほっ……こ、これ使われてないな……」
床の足跡は、ドアを通り過ぎて通路の奥へと向かっている。
アイリスは部屋を無視して進んだようだ。ケイドも同じルートを取った。
(風が流れてくる。外が近いのか?)
屋外の光が見える。
狭い通路を抜けた先には、視界の悪い森が広がっていた。
出口の扉も金属製だ。鍵がないと、ここから侵入するのは難しい。
おまけに地形が窪んでいて、外からは見つけにくいようになっている。
「これって……緊急脱出ルートか?」
クリフォードは世界中で事業をやっている実業家らしい。相当な金持ちだ。
別荘に隠し通路を設けるのも、そこまで不自然ではない。
さっきの金属扉はおそらく金庫なのだろう。
「あ! 足跡!」
昨夜の雨でぬかるんだ地面には、まだアイリスの足跡が残っている。
……足跡は一つだけだ。やはりアイリス一人。
(スラッジボアは倒したけど、魔物が出る山だ。怪我してなきゃいいけど)
ふらふら彷徨う足跡を辿っていく。
――ケイドの耳に、甲高い悲鳴が聞こえてきた。
「アイリスッ!?」
彼は精霊の剣を抜き放ち、山を疾駆する。
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