第16話 君を助けに来た
アイリスの悲鳴を聞いて数分後。
ぬかるんだ足場の中を全力疾走で駆け抜けたケイドは、巨大なオーガから逃げているアイリスを見つけた。
奇襲の一撃を入れるべく、森の中へと姿を隠す。
(よりにもよって、オーガかよ!)
オーガという魔物は、原作ゲームでもかなり強い相手だ。
モーションは単純だが、ひたすらステータスが高い。
半端な攻撃は無駄だ。冒険者ギルドの危険度ではBランクに値する。
……ラナいわく、ケイドはEランク相当だ。
(四色ビルドの最大火力なら倒せるかもしれないけれど……)
攻撃を当てれば倒せるかわり、こちらも一発で即死の可能性が高い。
この世界にセーブは存在しない。負ければ全てが終わる。
バフを準備する手が震えた。
(……あ!)
アイリスが転んだ。オーガの棍棒が高く掲げられている。
――その瞬間、ケイドは全てを忘れ、本能で森の中から飛び出した。
「おおおおおおっ!」
アイリスを狙っていた棍棒を切り飛ばし、返す刀でオーガを狙う。
寸前で飛び退かれた。やはり、強い。
そして、オーガの動きはゲームと違う。それなりに知性のある魔物だ。
同じ動きはしてくれないだろう。
「アイリスッ、大丈夫か!?」
足から血を流している彼女へ呼びかける。
「……ど、どうしてここに?」
「決まってるだろ! 君を助けに来た!」
彼は意識を前方へ向ける。そして、折れた棍棒を握ったオーガへ斬りかかる。
「……ケイド! 頑張って……!」
「ああ!」
数合ほど打ち合った末、オーガは棍棒を捨てて素手で殴りかかってきた。
……並の相手ならば、純粋な頑丈さで押しつぶせる行動だが。
(当ててください、って言ってるようなもんだろ、その攻撃は!)
ケイドは大胆に踏み込み、全身全霊で大振りの一撃を放つ。
上から下へ。異常な火力を持つ剣がクリーンヒットする。
……そうして、剣が皮膚を貫通できずに弾き返された。
「なっ……」
爆発的な衝撃を腹に受けて、ケイドは森の中を転がる。
素手で殴り飛ばされただけ。なのに、まるで大砲の直撃を受けたかのような威力だった。
「がっ、は……」
うずくまり、血を吐いた。
紅葉の積もった大地に負けないほど、色鮮やかな鮮血。
傷が深い。内蔵がやられた。致命傷かもしれない。
「ケ……ケイド?」
「!」
それでも、彼は立ち上がった。
(俺が死んだっていい……彼女を守らないと……)
かすむ視界のピントが、オーガへと集中する。
緑肌。筋肉。巨大。二本の角。
その両手が掲られ、頭上に風の球を生成する。
「あ、あいつ……」
通常のオーガは魔法を使わない。
あれは、時間帯や天候限定で出現していたミニボスの一匹。
個体名〈紅葉鬼〉、Aランク相当の脅威度を持つ強敵だ。
アイリスが右腕をオーガに向ける。風で対抗する気か。
「やめろ、アイリス! やつの魔法には敵わない!」
「でも……!」
アイリスが〈ブラスト〉を放つ。オーガはびくりともしない。
返事とばかりに無数の不可視風刃が放たれた。
「アイリスッ!」
舞い上がる地面の紅葉から軌道を読み、刃をすりぬけて駆け抜ける。
だが、間に合わない。アイリスが鮮血の飛沫を上げて吹き飛ばされる。
……飛ばされた先が茂みの中だったのが不幸中の幸いだ。
「……てめえっ!」
オーガを斬りつける。だが、剣は通らない。
四色バフですら届かない。魔法金属と並ぶほどの、恐るべき肉の鎧であった。
剣が輝きを失う。バフの時間が切れた。
その好機に殴りかかってくるオーガの攻撃を、彼は必死に回避し続ける。
(クソッ! トレジャーハント用の魔法なんか覚えてないで、必殺技を……〈スキル〉を覚えておけば!)
ラナは言っていた。同じ動作をずっと繰り返していれば、いつしか”その動作のための魔力回路”が出来上がる。
磨き抜かれた動作は、どんなものであろうと魔法になりうる。
だが……彼の剣術はオーソドックスだ。磨き抜いた特技など存在しない。
(……っと、危ねえ!)
ケイドは咄嗟にしゃみこむ。
頭上をかすめた巨大な拳が、背後にあった木を殴り抜いた。
すっぽりと嵌まり込んでいる。
(あ、あの木は〈精霊樹〉か! 魔法が掛かっててめちゃくちゃ頑丈な素材になるやつ! いくらオーガでも、すぐには抜けないはずだ……!)
彼は森を駆け抜け、アイリスの所へ向かった。
「大丈夫か!?」
「は、はい、何とか……」
彼女は流血しているが、急所は外れている。手当てさえすれば大丈夫だ。
茂みの中に座り込み、荒れた息を整える。急に吐き気がこみ上げてきた。
……ものすごい量の血を吐いて、彼は口元を拭う。
「ケ、ケイド! 自分こそ、ひどい状態じゃないですか! 〈ヒール〉を!」
「あ……」
(そういえば俺、〈ヒール〉使えるんだった……)
まずアイリスに、それから自分に回復魔法を使う。わずかに体調が戻る。
……自分の使える魔法を忘れてしまうほど、彼は焦っていたようだ。
「落ち着け。焦っても勝てない。冷静になれ」
彼は左手で右手首を掴み、深呼吸する。
何度も何度も、試合の前に必ず繰り返したルーティンだ。
……まるで魔法でも掛かっているかのごとく、彼の精神が平静を取り戻す。
いや。それだけではない。
体の奥底に眠る魔力が活性化し、熱を持っている。
「ケイド? その〈スキル〉はいったい……?」
「え、スキル?」
(同じ動作をずっと繰り返していれば、いつしか”その動作のための魔力回路”が出来上がる……? どんな動作でも魔法になりうる……?)
まさか。彼は自分の手を見下ろす。
まさか、磨き抜かれたこのルーティンは魔法と化しているのか。
これは〈スキル〉なのか?
「……試してみるか、もう一度!」
魔力が活性化している。もしも魔法にバフが掛かっているとすれば、当然属性バフの効果も強化されるだろう。それは掛け算で効いてくる。
(原作で魔法バフといえば……このスキルは〈フォーカス〉か!)
「集中しろ……! 〈フォーカス〉!」
ルーティンを行い魔力を活性化させ、四属性バフを乗せていく。
属性同士の反発が、以前よりも遥かに強い。
精霊の剣に嵌め込まれた魔石結晶が震えている。威力が増えれば増えるほど、比例して不安定が増大していくようだ。
(やりにくいな……!)
魔法を使うためには魔法陣を作る必要がある。
顕微鏡の役割を果たす魔石がブレていては精密な魔力操作が難しい。
……何も見えない状態で、それでもバフの魔法を行使していく。
暗闇の中で針に糸を通してマフラーを編むかのような所業だ。
困難だが、不可能ではない。
「〈アース・エレメンタル〉!」
四つめのバフを積み込む。精霊の剣が眩いほどに虹の光を放った。
柄に埋め込まれた魔石結晶に無数のノイズが走る。矛盾した属性がぶつかりあって荒れ狂い、はち切れんばかりに魔力の気配を膨張させていた。
「……行ってくる。絶対に、君を生き残らせてみせる」
「わ、私も行きます! 魔法で支援すれば、少しぐらいは……」
「でも、アイリスの魔法は通じなかったろ?」
「……だとしても、取り残されるのは嫌なんです」
彼女は痛みに顔を歪めながら立ち上がる。
「籠の中に閉じ込められて、守られるばかりでいるのは、もう嫌なんです。私にも戦わせてください。魔法が通じずとも、あなたの背中を押すことはできる」
意思の力を宿した双眸が、ケイドの心を打った。
(……ただの病弱少女だと思ってたけど。強いじゃないか、アイリス)
彼は頷き、アイリスと共に茂みを出る。
その瞬間、オオオオッ、とすさまじい咆哮が山に木霊する。
ようやく精霊樹から手を引き抜いたオーガが、〈フォーカス〉による極度集中状態で四属性バフを積んだケイドと相対した。
腰を落として構えたオーガが、掌中で風の魔法を組み上げ放つ。
舞い上がった紅葉の合間を抜けるように、ケイドは地を滑って距離を詰める。
魔法を停止して、オーガが拳を振り上げ、地響きと共に踏み込む。
その巨大な暴力とかち合えば、いかに四色バフの乗った精霊の剣でも敵わない。
――もっと、疾く。先手を打て!
「今だッ!」
「〈ブラスト〉!」
ケイドは文字通り、突風に背中を押された。
急加速。そして、一閃。オーガの反応は追いつかない。
拳を振り上げたままのオーガが真っ二つに両断されて地面へ転がった。
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