第17話 ほのかな情


「ハァ、ハァ……! しゃあっ! 俺の……俺たちの勝ちだ!」


 オーガは死んだ。脅威度Aのミニボスだろうと、四色ビルドが機能すれば突破口はある。ケイドの戦法は、間違いなく機能していた。

 経験を積んで成長していけば、いずれは原作主人公ライテルの最終形態にだって負けない強さになれるかもしれない。


 長いこと繰り返してきた訓練が、こうして実を結んでいる。

 強くなっている実感を覚えて、ケイドは拳を握りしめた。


(そしてなにより、アイリスだ……!)


 彼女は、ケイドの思っていたようなただの病弱なお嬢様ではない。強い意思を持っている。彼女とならば、あるいは共に歩いていけるかもしれない。


「大丈夫か?」

「ええ、なんとか……」


 回復魔法で最低限の手当は済んでいるが、また傷口が開いて血が流れている。


「〈ヒール〉!」


 覚えたばかりの回復魔法を使う。

 逆再生でもされているかのように傷が塞がり、血が止まった。

 ……アイリスは心ここにあらずといった雰囲気だ。


「アイリス」

「は、はい」


 言っておかなければいけないことがあった。


「どうしてこんなことしたんだ? いくらなんでも危険すぎるだろ」


 ケイドは答えを知っている。

 彼女は〈竜籠の青い鳥〉の愛読者だ。鳥籠の青い鳥に自分を重ねていた。

 たとえ死んでしまうとしても、アイリスは外の世界へ旅立ちたいのだ。

 でも、言わずにはいられなかった。無謀すぎる。


「……ごめんなさい」

 

 アイリスは項垂れている。

 無理もない。彼女のせいでケイドが死にかけたのだから。


「どうして俺に相談しなかったんだ?」

「え?」

「言ってくれれば、脱走ぐらい付き合ったのに」

「……怒らないんですか? 私、勝手に脱走した悪い子なのに」

「悪い子って……」


 予想外のことを言い出されて、ケイドは困り顔で頭をかいた。


「正直、アイリスの父親もどうかと思うけどな。健康になってきてるのに、メイド使って閉じ込めるような真似をしてさ。そりゃ脱走ぐらいしたくなるって」

「そ、そうですかね……?」

「ああ。俺がアイリスの立場だったら同じことしてるよ。……でも、こんな山の奥地までは来なかった。危険すぎる。リスクは見極めないとな」

「は、はい……」


 あっけにとられた様子で、アイリスが頷く。


「それで、どうする?」


 ケイドは聞いた。


「みんな心配してるぞ。……帰るのか?」


 もし帰らないと言われたら。あの家に閉じ込められているのは我慢できない、一緒に逃げよう、と言われたら。

 ……ケイドははっきりした答えを持っていなかった。


 アイリスのことなんか好きじゃないと思っていた。

 でも、会えなくなったら寂しかったし、失踪したと聞いてすごく心配になった。

 心の片隅には、いつも彼女がいる。


(もしかして、俺はアイリスが好きなのか?)


 自分でも気づかぬうちに、淡い思いが芽生えている。


(でも俺、もっと……アマゾネス的な……強くてカッコいい女が好きで……)


 ……このファンタジー世界には、美男美女が多い。

 原作ゲームにもケイドの好みにど直球な女戦士がいた。

 旅をしていれば、いつか彼の理想にぴったりの女性と知り合えるだろう。


(ど、どうすればいいんだ……)


 勝負事に総じて強い元プロゲーマーな彼も、恋愛ばかりはド素人noobである。

 アイリスを意識しだして、外見相応の若くて青い狼狽っぷりを見せていた。


「え、ええと……」


 一方のアイリスも、世間知らずなお嬢様である。

 グイグイ力強く押すような勇気はない。遠回しな告白が精一杯だ。

 視線の彷徨い方からして、”駆け落ち”という選択肢はチラついているようだったが……。


「そ、その……か、帰りましょうか。みなさんに心配をかけていますし」

「あ、ああ。そうだな」


 二人は微妙な距離感を保ち、歩いて帰った。

 魔法を教えていた頃よりも、なんだか距離が開いている。


「なあ、父親に手紙を送ってみたらどうだ? 健康だから、もう外に出ても大丈夫、ってさ。実際、杖なしで魔法が使えるぐらい強いんだよな?」


 アイリスは杖を持たずに魔法を使っていた。

 不可能ではない。ケイドだって、アイリスに〈バイタリティ〉を教えるときは杖を使わずに手を繋いでいた。そのほうが魔力の動きを感じさせやすいからだ。

 だが、実戦で杖を使わず魔法で攻撃するとなると、かなりの才能が必要になる。


(ただの病弱なお嬢様だと思ってたけど、やっぱり……)


 この少女は強い。もっと強くなる可能性がある。ケイドはそう思った。


「ええ、まあ、一応ですけど。そうですね、手紙を書いてみます」

「……ところでさ、俺って攻撃魔法は使えないんだよ。遠距離攻撃が得意な後衛が一緒にいれば、魔物を倒すのもやりやすいかも、って思うんだけど……」

「そ、そうですか? そうかもしれませんね、一緒なら戦いやすいのかも……」


 中空をちらちらと行き交う視線には、ほのかな情が灯っていた。

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