第26話 収束していく状況
翌日から、ケイドとアイリスの接触は絶たれた。
彼が屋敷に近づくたび、戦闘力の高い雇われ冒険者メイドが庭の中で武器を構える。窓のカーテンが開くこともない。
アイリスは、近いうちにクリフォードが館を訪れると言っていた。
そうなれば接触は難しくなるだろう。時間制限がある。
ケイドは必死に打開策を探した。おぼろげな前世の記憶を必死に漁る。
そして、ついに重要なイベントを思い出した。
原作に、王都の商人からエリクシルを高値で買うイベントがあった。
だが、実際に使うとそのエリクシルには一切の回復効果がない。
(偽物のエリクシルを売りつけてきた詐欺師を追っていくうちに、犯罪組織の存在が明らかになるシナリオだった。同じことが起きたのかもしれない)
ケイドは希望を見つけた。
アイリスが飲んだエリクシルは偽物だったかもしれない。
クリフォードは大富豪であり、世界中の詐欺師から狙われる立場だ。しかも病気の娘がいる。偽物のエリクシルを売りつける相手として最適だ。
(本物のエリクシルなら、アイリスを治せるかもしれない!)
エリクシルは設定上ものすごい貴重品だったが、原作では意外とマップの各所で拾うことができた。ウェーリアの近くにも候補がある。
「大精霊の泉から、更に山奥へ登っていった先……ウェーリア火山なら」
後半のマップだ。出てくる魔物は強い。
だが、四色ビルドが刺されば突破することは可能なはずだ。
「……危険だけど、行くしかない」
出発前、彼はいくつか手紙を用意した。
一つは両親への置き手紙。一つはアイリスへ向けた手紙。
そしてもう一つは……第一王子ブレイズへ向けた手紙であった。
(打てる手は打っておかないとな)
- - -
「ブレイズ様。ケイド様から手紙が届いております」
「何? 見せろ」
彼は自らの右腕として重用している部下から手紙を受け取り、中の文言を読む。
ケイドの現況に加えて、一つ頼みが書かれていた。
「冒険者ラナに何が起きたのか確かめてほしい、ね。聞き覚えがあるぜ」
彼は自室の金庫を開き、中から邪神教団の調査資料を取り出した。
邪神教団の拠点に訪れた人物や関係者と接触した人物が全員リストアップされている。
ラナ、という冒険者の記載もあった。邪神教団の関係者と推定される魔術師と接触し、何かの薬について会話をしていたそうだ。その直後に魔術師は動き出し、諜報部隊の監視を振り切ってどこかへ消えたという。
彼は手紙を読み返す。ラナが調べていたのは、大富豪クリフォードが養子に飲ませていた詳細不明の薬だ。
「クリフォードね……」
邪神教団の関係者リストには、クリフォードの名前は乗っていない。
だが、黒い噂がなくもない男だ。
「臭うぜ。調べるぞ」
「はっ」
- - -
見られているような感覚が、日に日に強まっていく。
ラナは毎日のように寝床を変え、偽名を使って潜伏していた。
高ランクになるまで冒険者を続けた彼女には、未知の危険をも察知する能力がある。そうでなければ、この危険な仕事を続けて生き延びられるわけがない。
それでも、まだ追われている。彼女は何かの尻尾を踏んだようだった。
……潜伏している宿の前に、不自然な通行人が増えている。
探されている、とラナは察知した。そろそろ潜伏場所を変える頃合いだ。
彼女は窓から向かいの建物に飛び移った。
「おい。ちょっと待て」
「!」
待ち構えられていた。脱出路を読まれていたようだ。
「怪しいもんじゃない。俺はこの国の第一王子だ」
ブレイズが王家の紋章をかざす。
「……王家まで? いったい何がどうなっているんですか」
「それを聞きたいのはこっちだぜ。ケイドにお前を探すよう頼まれたんだよ」
「ケイドが」
しばらく悩んだ末に、ラナはブレイズを信じることにした。
「この薬を調べてほしいんです。私では正体を突き止められませんでした」
「ああ。宮廷魔術師に調べさせる。お前はどうする、王家の庇護下に入るか?」
「いえ……ここが潮時です。王都から遠く離れて、しばらく静かに暮らすことにしますよ」
自分を最悪な状況から救い出してくれたお嬢様には愛着がある。
それでも、彼女のために強大な謎の組織と戦うほどの恩はない。
冒険者ラナは現実主義者である。
だからこそ、彼女は高ランクになれるまで生き延びた。
「賢明な選択だぜ」
ラナは屋根を伝って走り抜け、街を出る荷馬車の列に飛び移って潜り込んだ。
……冒険者たちの間に伝わる一節に、こういうものがある。
「この世に勇敢かつ年老いた冒険者は存在しない。居るのは、勇敢な冒険者と年老いた冒険者だけ。臆病になれなかった者は、みな若くして死んでいく……」
……彼は。ケイドはどうなるだろうか、とラナは首を傾げた。
”ラティアお嬢様”の未来は彼の両肩にかかっている。彼は勇敢な冒険者だ。
「……何にだって、例外は存在しますよね……」
馬車に隠れて密航しながら、ラナは二人の幸運を祈った。
- - -
「それで、薬の正体は?」
「ブレイズ様。心して聞いてください」
「オレはいつだって心してるぜ。んで、何だ?」
「これは――」
答えを聞いて、ブレイズはぎしりと歯を噛みならした。
……ケイドは言っていた。両親に死んでほしくない。安全なところに居てほしい、と。それだけのために、彼はブレイズと無茶な約束を交わし、実際にゲオルギウスを倒して約束を果たしたのだ。
(ケイド。お前はイキり気質の変人暴走野郎だけどよ。でも、優しいやつだ……)
両親の危険を回避したはずが、今度は彼の好きな相手が危険に晒されている。
呪われているとしか思えない不運だ。
(こんな不幸を経験する筋合いはないってのに。……やつに命を助けられた恩を返す時が来たな。黙って見てるわけにはいかねえ)
「クリフォードは今何処だ。奴ほどの有名人なら、居場所はすぐに割れるだろう」
「存じております。彼は数日前に西へ発ちました。ウェーリアへ向かう、と」
「……クソッ、数日遅かったか! 行くぞ! 軍を動かせ!」
「ですがブレイズ様。第二王子の失脚を受けて精霊計画を停止した以上、すぐに動ける充足した軍は存在しません。いかがされますか?」
「チッ……なら、少数精鋭だ! 魔術師を集めろ! オレが率いる!」
「承知いたしました」
ブレイズの部下が一礼して退出した。
- - -
「ふふ。いつ来ても、ウェーリアは風光明媚ですねえ」
豪華な馬車の窓を、いかにも金持ち風の恰幅がいい紳士が眺めていた。
「この景色も、これで見納めですか。残念ですが、大義には犠牲がつきもの」
邸宅の前で、馬車がゆっくりと止まる。
クリフォード・ダイムは優雅に大地へ降り立った。
「仕上げにかかるとしましょう」
アイリスの部屋を一瞥し、彼は扉を潜った。
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