第23話 ギルド前の決闘
ケイドに決闘を申し込まれた冒険者は、鬱陶しそうな顔をした。
「決闘? やらねえよ。うっかり殺したら後が面倒だろうが」
「ガキ相手に寸止めも出来ないレベルの腕でイキってるのか?」
ケイドの前世は西田ケイである。彼はプロゲーマーである。
彼は、”対人ゲーマーにしては”マナーのいいタイプだった。
つまり……善良な一般人と比べて口と性格が悪いのだ。
「言ったな。てめえ。俺が”うっかり”殺しても文句言うなよ、ああ?」
「ケ、ケイド? さすがに剣で喧嘩するのは危ないですよ?」
「心配するな、何とかなる」
「上等じゃねえか。表に出な」
ケイドたちは外に出た。
……ギルドの正面に、薄っすらと丸い白線がある。
誰かが石灰を撒いて境界線をはっきりさせた。
「この線から出たら負け、ってことか?」
「ああ。膝をついても負け。もちろん、一撃もらったら普通に負けだ」
まるで相撲だ。
決闘のためのリングの跡が残っていたあたり、こういうのは日常茶飯事らしい。
ぞろぞろと野次馬が集まってきて、二人を遠巻きに囲んだ。
「なーんだよ、相手はガキじゃねえか! 賭けにならねえぞクソ!」
化粧の濃い女を連れた酔っぱらいが、宿屋の二階から罵声を浴びせた。
アイリスがビクッと反応する。治安が悪すぎて、流石に怖くなってきたようだ。
「その賭け、乗ってやるよ! 俺は自分の勝ちに賭ける! こいつの勝ちに賭けたい奴は名乗り出ろ、賭け金はいくらでもいいぞ! 金ならある!」
ケイドは金貨を掲げて煽った。以前に両親から貰った冒険者としての活動費だ。
この金貨一枚で、日本円にして数百万円に相当する価値がある。
(領地持ちの伯爵になったとはいえ、家はまだ貧乏だからな。これ以上はねだれないんだ……この機会に旅費を稼ぎきってやる!)
歓声と口笛が飛び交い、”うまい話”に飛び付こうと客が押し寄せる。
「あ、あの……ケイド? やりすぎだと思うんですけど……」
「いいだろ? 冒険者って感じで」
――プロゲーマー時代、西田ケイは数度ほど八百長を申し込まれたことがある。
受けたことはない。だが、よく練習試合をしていた知り合いのロシア人プロゲーマーは”何故か”eSportsの賭博サイトをブックマークしていた。
いつの時代も、勝負事が絡む世界の治安は悪い。
彼はこういう空気感に慣れている。
「……まったく、ケイドったら。バカなんですから……」
アイリスが呆れ顔で首を振る。
冒険者ギルドの職員が机を持ってきて、リングの横で賭け金の管理を始めた。
(職員? いいのかそれ? ……まあ、冒険者の世界の治安なんてこんなもんか)
ケイドたちは集計が終わるのを待った。
決闘相手の男はぶんぶん剣を振り回している。
威圧しているつもりのようだ。
「こっちは終わりだ! いつでもいいぜ!」
職員が集計を終えて叫ぶ。わあっ、と野次馬たちが盛り上がった。
「でけえ舞台にしやがって。絶対に負けれねえじゃねえか。手加減はしねえぞ……これで死んだら、悪いのはてめえだ」
「弱い犬ほどよくわめくってのは本当らしいな」
野次馬がドッと盛り上がる。
キレた冒険者が、雑な踏み込みで襲いかかってきた。
「だああああっ!」
「よっと」
剣を沿わせるように軽くいなして、斜めに踏み込む。
相手の勢いを利用して足を引っ掛けた。
「なっ……!?」
冒険者が思いっきり転び、肩から着地して立ち上がる。
「ひ……膝はついてねえぞ! まだだ!」
「おいおい」
自分の金を賭けた冒険者が一瞬で負けそうになり、野次馬たちが殺気立つ。
勝ちを主張しても通らないだろう。続けるしかない。
「だりゃあああ!」
「はっ!」
真っ向から剣を打ち合わせる。力と体格の差にも関わらず、二人は互角だ。
それだけ技術に開きがあった。
(今の型は甘い。手を斬れた。今のも……振りかぶりすぎだ。一撃入った)
反撃できるポイントを見逃して、ほどほどに剣戟を演じる。
自分が一般的な冒険者と比べてどのぐらいの実力なのかを、彼は十分に確かた。
相手の顔が青ざめていく。実力差を悟ったようだ。
(そろそろいいか)
ケイドは巻き上げるような一撃で相手の剣を絡め取る。
手からすっぽ抜けた剣がギルドの壁に突き刺さった。
「……嘘だろ」
冒険者が立ち尽くす。
殺気立った野次馬たちが一斉にゴミを投じた。
「金返せ!」
「ふ、ふざけんな! 八百長だろ! 騙して巻き上げやがった!」
「そ、そうだそうだ! 俺たちの金が全部よそ者のガキに持ってかれるなんて許せねえぞ! 無効だ無効!」
今にも暴動が起こりそうな雰囲気だった。
「見苦しいぞッ!」
賭け事をまとめていたギルドの職員が、野次馬を一喝する。
「そのガキの実力を見抜けなかったのは自分たちだろうが!」
「でも、そいつが俺たちのカネを全部総取りだぞ!? 流石にそれは……」
「ああ? 誰が総取りって言ったよ?」
彼は積み上がった貨幣を半分に分ける。
「俺はガキに賭けてたからな。俺が半分、そいつが半分だ。何か文句あるか?」
……冒険者ギルドの職員に文句をつける者はいなかった。
ガラの悪い連中はみんなギルドを通して仕事を受けているのだ。逆らえない。
そういうわけで、この場は収まった。野次馬たちが不満げに散っていく。
「ほら。取り分だ。受け取りな、ケイド・シニアス」
「どうも」
投げ渡された袋にはずっしり貨幣が詰まっている。
ざっと見た限り、銀貨で四十枚ほど。日本円なら百万円以上になる額だ。
「本当に俺に賭けたのか?」
「ったりめえだぜ。見りゃあ強いのは分かる。手加減してなきゃ瞬殺だろ」
賭け金をまとめた帳簿には、確かに職員が金貨を賭けたと記されている。
「そっちの嬢ちゃんも、なかなか才能ありそうじゃねえか。じゃ、魔物の巣を除去する仕事は明日だからよ。頼りにしてっから、よろしく頼むぜ」
大金と机を抱え、ホクホク顔で職員がギルドに戻っていく。
「おい」
決闘相手の冒険者が、落ち込んだ様子でケイドに声をかけた。
「お前、滅茶苦茶強いじゃねえか。……早く大物になって、お前に負けたことを自慢できるぐらいにしてくれよ。頼んだぜ」
ぽんぽん、と肩を叩いて、彼は近くの宿屋に入っていった。
逆恨みされるかと思いきや、意外と爽やかに負けを認めてくれている。
冒険者は実力主義の世界だ。実力は素直に認める文化である。
「ケイド、次はこんな無茶しないでくださいよ? 暴徒に襲われてたら、無事ですまなかったと思いますし……わたし、怖かったんですから……」
アイリスがケイドの手をぎゅっと握りしめた。
「あ、ああ。悪かった。確かに、ちょっと勢いでやりすぎたかもな」
「ほんとですよ。もう。バカなんですから」
アイリスが肩にもたれかかる。
「……でも、ちょっと格好良かったです」
耳元でささやかれて、ケイドは頬が緩むのを抑えきれなかった。
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