第22話 グレースフォート
ケイドは警戒しながら雪道を進む。
特に魔物はいないし、もちろん邪神教団の襲撃者もいない。
ときどきウェーリアに向かう観光客が乗った馬車とすれ違う。平和な田舎道だ。
「そんなに警戒しなくても、安全だと思いますよ?」
「あ、ああ。分かってるよ。ちょっと緊張してさ」
「そうですね。わたしもちょっと、緊張とワクワクが混ざってるんです。ウェーリア以外の街に行くのなんて、これが初めてですし」
「ん? アイリスってウェーリアで生まれ育ったのか? 別荘地だし、てっきり引っ越してきたのかと思ってた」
あっ、とアイリスが考え込んだ。
「……わたしが生まれたのは、たぶん王都です。でも、外に出たことなんて無かったので。知ってる街はウェーリアだけなんですよ」
「へえ」
(お嬢様だしな。金持ちはみんな王都に集まるし、アイリスの父親クリフォードぐらいの金持ちだと社交界にだって顔を出すレベルだ。母親は貴族だったりして?)
「そういえば、言っていませんでしたけど……わたし、孤児だったんです」
「え?」
ケイドが想像していたのとはまったく違う出自だった。
「お父様は……わたしを孤児院から引き取ってくれたんですよ。病気がよくなるようにと、あんな保養地のお屋敷まで与えてもらって……」
「そ、そうだったのか」
(孤児を養子にするなんて、実はクリフォードっていいヤツなのか? もしかしたら、例の薬だってただの難病の治療薬なのかもしれないしなあ)
……クリフォードに裏があることを知らないケイドは、少しだけ好感を抱いた。
「実は、俺も言っておかなきゃいけないことがあるんだ」
ケイドは切り出した。
(実は、俺は転生者で……いや。これを明かすのは、ちょっと怖いな。頭がおかしいって思われたらどうする?)
迷った末に、彼は重要な情報だけを明かす。
「王都に居た頃、少し政争に首を突っ込んだんだ。色々あって、俺は〈邪神教団〉の一員を倒した。両親が伯爵になれたのは、その報酬みたいな感じでさ」
「ケイドが? 本当ですか? なのに自分の成果を喧伝せず、報酬はご両親へ……とても立派な行いですね!」
「いやあ……ともかく、そのせいで俺は連中に狙われてる可能性が高いんだ」
アイリスは息を呑んだ。
(そりゃ、いきなり”ヤバいテロリストに目を付けられてます”って言われたら驚くよな。自分だって巻き込まれる可能性があるんだし)
「……わたしのお父様に相談してみませんか? 世界中に土地を持っていますし、きっと安全な避難所を貸してくれますよ」
「それは駄目だ。アイリスのお父さんまで巻き込むことになるぞ」
「そ、そうですか。確かにそうですね。わたしはともかく、お父様を危険に晒すのは……」
「だから、俺たち二人で世界を回ろう。それが一番安全だし、邪神教団から身を守るための力を付けることにも繋がる」
「……はい」
なぜだか悲しそうな顔をして、アイリスが頷いた。
- - -
標高が低くなるにつれて、雪道は泥道へと変わっていった。
川を下りきった場所にあるグレースフォートの近くにもなれば、日陰にすら雪は残っておらず、厚着で歩くと汗ばむぐらいだ。
この街は、王都から伸びる西街道の延長線上に位置している。
観光収入でのんびり暮らすウェーリアと違い、日々の仕事で必死に汗を流して働く人々の街だ。ごみごみとして慌ただしいが、力強くて生命力にあふれている。
(……ちょっと臭うな。早朝の新宿とか渋谷みたいだ)
ケイドは通りを注意深く観察する。
案の定、何かを水で洗い流した痕跡があった。
「アイリス。こっちだ」
「はい?」
酔っ払いが吐いた跡にまったく気付いていない彼女をさりげなく誘導する。
……冒険者ギルドに近づいていけばいくほど、少しづつ臭いが増した。
(治安は悪そうだけど、繁華街タイプの治安の悪さだ。スリに気をつけておけばいい。地球で言えば、せいぜい海外の大都市ぐらいの危険度だろうな)
治安の変化に気付いていないアイリスを護衛しつつ、ギルドへ向かう。
道に並んだ宿屋や飯屋では、昼間から怪しげな客引きが行われている。
雰囲気からすると、賭場や売春宿を兼ねている店が多いようだ。
(”冒険者向け”の商売が固まってるなあ……)
いかがわしい方向に向かっていけば、案の定ギルドの看板があった。
二階建ての大きな建物だ。入り口には開放式の両開きドアがある。
「西部劇みたいなドアしてんなあ……」
「西部劇? とは、どのような劇なのですか?」
「バカスカ撃ち合う人情とアクションの活劇だよ」
ケイドは両開きドアを一気に押し開いた。気分はガンマンだ。
……傷跡だらけのいかつい冒険者たちが、いきなり現れた子供の二人組へと一斉に視線を向ける。
「帰りな。子供の来る場所じゃねえ」
(こ、これは……! バーで大乱闘が始まるやつ……! いや落ち着け、仕事で来てるんだから乱闘騒ぎはまずいだろ)
ケイドは喧嘩を買いたくてうずうずしたが、無視して窓口に向かう。
「援軍要請を受けて、ウェーリアのギルドから来た。ケイドとアイリスだ」
「話は聞いてるぜ。本当にガキが来るたあな。まあ、いい……」
元冒険者らしきムキムキの窓口職員が、ケイドたちのギルドカードを受け取る。
「おい、待てよ。援軍だと? でっけえ魔物の巣を潰そうってのに、こんなガキのお守りまでやらなきゃいけねえのかよ?」
「よせ。ウェーリアのギルドがよこした冒険者なんだ。問題になるぞ」
「ガキよこすほうが問題だろうがよ。こいつら、ランクはどうなってんだ」
職員がカードを見て、Fランクだ、と告げる。
絡んできている冒険者が、ハーッ、と馬鹿にした笑い声を出した。
「足手まといじゃねえかよ。こいつら返品しとけ。怪我するだけだ」
「自分の身は自分で守れますよ」
アイリスが言った。
「おお、そうかい、嬢ちゃん? 試してみるか?」
冒険者が拳を打ち合わせる。
アイリスは一歩も引かず、ピンと背筋の伸びた姿勢で冒険者を睨んでいる。
(お、おいおい……やる気か? やる気なのか? じゃ、俺も便乗するか)
喧嘩を買う大義名分が出来た。ケイドの口元が緩む。
「ちょうどいい。実力を試したいと思ってたんだ」
彼は〈精霊の剣〉の鞘を叩いた。
「お前も差してるだろ。表で一戦どうだ」
ケイドは決闘を申し込んだ。
……どう考えてもアイリスはそこまでやる気ではなかったが、ともかく彼は戦いたい気質なのである。
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