第5話 魔法を鍛える日々


「いい? 魔法を使うために一番重要なのは、はっきりとしたイメージよ」


 母の言葉へうなずき、ケイドは杖を構える。


「魔力がどう動いて、どういう風に魔法へと変換されて、体に影響を及ぼすのか。叩き込んだ感覚を正確に思い浮かべながら、一つづつ再現していきなさい」


 ケイドは魔力を活性化させる。体内でさざめく魔力を調整し、杖と接続した。こうした魔法の杖は、言うなれば顕微鏡のような役割だ。レンズを通してズームするように、使い手は杖を通して魔力へズームし、細かい魔力を感じ取る。


(まず、魔力をぐるっとまとめて魔法陣の外周を作り……)


 ケイドは目を瞑り、杖の中で魔力を操る。

 針の穴に糸を通すような精密さで、円形の”魔法陣”を完成させた。

 杖の先に嵌った透明な結晶の中にくっきりと丸い線が浮かび上がっている。

 こうやって作った魔法陣が、あらゆる魔法を使うための土台になる。


「いいわよ。土台は完成ね。あとは、強くイメージするのよ」


(……イメージするのよ、か。そういや俺がプロゲーマーだったころ、あの外国人監督によく言われてたっけ。曖昧に行動するな、プレイの目的と結果をはっきりイメージしろ、って……)


 彼の脳裏に、一つの光景が浮かび上がった。大観衆を前に、世界大会のトロフィーを掲げた瞬間だ。それから西田ケイはステージの脇にいた監督のところに走っていって、彼をスポットライトに引きずり出してトロフィーを渡した。


(地元の北欧チームが負けて観衆は冷え冷えだったけど、気にせずステージ上ではしゃぎまくっていたっけ。はっきりとしたイメージは、俺に結果をもたらした。まだ覚えてるぞ……)


 ケイドは左腕で右の手首をつかみ、深呼吸する。

 それが彼の”集中力を高めるルーティン”だった。


(……イメージするんだ。魔法が体に染み込んでいって、俺に力をくれる)


 何百回と使ってもらった〈バイタリティ〉の魔法を強くイメージする。

 魔法陣の外周部から内側へとじわじわと魔力が延びていった。

 それは複雑に絡み合い、〈生命の紋章〉と呼ばれるパターンを作り上げる。


「〈バイタリティ〉!」


 杖の結晶が輝き、完成した魔法が発動する。

 ケイドの体に力が満ちた。成功だ!


「よっしゃ!」

「ケイド、よくやったわね!」


 母親が瞳をうるませて彼に抱きついた。


「これで、もし私達が居なくなっても大丈夫よ……! 自分で自分に魔法をかけて、病弱な体をカバーできるわ!」

「……母さん」

「何?」

「母さんは居なくなったりしないよ」

「え、ええ……そうよね」


 マリン・シニアスは彼から目を逸らした。


「とにかく、今日はケイドの魔法記念日よ! 何か食べたい物はあるかしら!?」

「寿司食べたい! って、いや、無理か」

「……スシ? うーん、ちょっと調べてみるわね……」


 寿司は存在しなかったものの、その日の夜、ケイドは両親と外食に出かけた。

 少し前までは外出も難しかったが、〈バイタリティ〉の魔法があれば違う。

 食事の後、ケイドは一人で外へ遊びに出かける許可を貰った。


(よーっし! 一歩前進! さーて、何からやるかな……!)



- - -



 そして半年後。

 十一歳になったケイド・シニアスは、今日も朝食直後に家から飛び出した。


「いってきまーす!」

「気を付けるんだぞ、ケイド」

「何して遊んでるんだか知らないけど、もっと怪我は減らしなさいよー! あんた、まだ一応病弱なんだからねー!」


 〈バイタリティ〉で体力を補って外出したことで基礎体力がつき、ケイドはだいぶ健康になっていた。

 最近は武術を教えてもらっているぐらいだ。そのへんの剣道部員ぐらいには動けるようになってきたが、まだまだ実戦レベルではない。


 ……第一の闇堕ちフラグ、”両親の死”が発生するまであと二年。

 もうそろそろ行動を起こさなければいけないが、ケイドは力が足りていない。


(第二王子の派閥を弱体化させれば、両親をウェーリアの領主にしてもらえる。約束はまだ有効だと思うけど、今の俺じゃあ……)


 王城の隠し通路を使って、第二王子たちが使っている秘密の部屋へ行くことはできる。だが、万が一そこで誰かと出くわしてしまえば、今の彼では瞬殺だ。

 せめて身を守る力が要る。


 家から飛び出した彼は、まず市場へと向かった。

 売り出されている武器や装備品をひとつひとつ確かめていく。

 だが、彼が探している物はどこにもなかった。


(〈精霊シリーズ〉どこだよ!? ゲームだとけっこう出現率高かったろ!?)


 最近は毎日のように市場を探しているのだが、空振りに終わるばかりだ。


(まあいいか……! 装備より先に魔法だ!)


 ケイドは市場を通り過ぎて、赤い外装の道場へと向かった。

 一般市民に炎属性の魔法を教えている施設だ。金を払えば誰でも入れる。

 ここは現代日本で言えばスポーツジムに近い施設が中庭にあり、道場に弟子入りしている炎属性の魔法使いに見守られながら魔法を訓練することができた。

 ケイドの目当てはこれだ。


「君、また来たのか?」


 道場の弟子が呆れたように言った。


「無属性なのに、どうして炎属性を高める魔法なんか練習してるんだい……?」

「内緒」

「はあ……無駄だろうに……」


 ケイドは数ヶ月ほどこの道場に通っていた。

 目当ての魔法は一つ。〈フレイム・エレメンタル〉。炎属性バフの魔法だ。

 自らの属性と異なる魔法でも、ごく初歩的なものならば扱える。

 だが、属性バフ魔法は比較的に高度な魔法だ。属性を保たない人間が覚えようと思えば、不可能ではないにしろ、かなりの労力が必要になる。


「〈フレイム・エレメンタル〉!」


 ケイドは藁人形へ練習用の杖で魔法を使う。透明度の低い結晶に作られた魔法陣が輝いて、炎属性へのバフをかけた。

 彼の並外れた集中力をこの魔法の練習に注ぎ込んで数ヶ月。魔法を体へ覚え込ませた結果、問題なくこの魔法が使えるようにはなった。

 ……だが、彼が炎属性をバフしたところで、特に何も起こらない。


「よし。こんなもんか」


 彼は満足して、炎属性の道場を後にした。

 ……その足で、次は水属性の道場へ向かう。


「おや、無属性の……」


 この道場には数週間前に通いだしたばかりだ。

 目当ての魔法は〈ウォーター・エレメンタル〉。

 水属性の力を引き出す魔法である。やはりケイドは変人扱いされている。

 回復系の水属性は優しい人間の割合が多いので、誰も悪口は言わなかったが。


「〈ウォーター・エレメンタル〉!」


 まだ慣れていないので、ケイドはしっかり集中して魔法を使った。

 周囲の水魔法使いが感心している。自分と違う属性の、しかも難しめの魔法を数週間で使えるようになるのだから、ケイドは間違いなく才能があった。

 ……水魔法使いは優しいので、才能の使い方に突っ込むことはしなかった。


 彼は数時間ほどじっくり練習し、道場を後にする。

 適当な食堂で昼を食べ、次の目的地へと向かった。

 ……風属性の道場である。


「何で? 何考えてるの?」

「内緒」

「そんなこと言わないで教えてよー?」


 〈ウィンド・エレメンタル〉のために道場へ来て数日。無属性の彼は、ものすごい好奇心を向けられていた。

 気まぐれに魔法を指導してくれる者も多い。


「うんうん、そういう感じ。飲み込みが早くて教えるの楽しいなー。で、風属性バフ覚えて何するつもりなの?」

「内緒だって」


 それから、彼は最後の目的地に向かった。無論、狙いは土属性バフの習得である。

 ……そんな調子で、ケイドは魔法の習得に全力を尽くしている。

 今のところ、誰も彼の狙いに気付いていない。


(この調子なら、英雄物語の無属性ぶっ壊れコンボを実戦投入してるやつは誰もいないんだな? ふふふ、俺が無双する日も近いな!)

 

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