第6話 危険な綱渡り


 ケイドが十一歳になってから、更に半年が経った。

 彼は炎・水・土・風属性それぞれのバフ魔法を習得し、実戦で使えるレベルにまで仕上げている。

 あとは〈精霊シリーズ〉さえ見つかれば、彼の狙っているビルドは完成する。


(……今日も見つからないか。うーん……)


 ゲーム中では普通に市場で買えるのだが、どこにも見当たらなかった。

 この精霊シリーズという装備一式は、性能でいえばごく普通の店売り低レア装備一式なのだが、この装備には”全属性の補正がどれでも乗る”という仕様があった。


 そして、この世界の元になったゲーム〈英雄物語〉は、”攻撃力に各種の補正を掛け算する”という方式だった。

 ダメージ=攻撃力xクリティカル倍率xスキル倍率x属性倍率……のように。

 これ自体はごく普通の計算式である。


 そしてもう一つ。英雄物語は、主人公の属性を切り替えながら戦うシステムだ。

 なので、”属性”は大事な要素だ。属性バフ魔法も意図的に強く調整されている。

 〈フレイム・エレメンタル〉はごく短時間だけ炎属性値を二倍にする。ダメージは二倍だし、対応する属性の装備を身に着けていれば、この属性値は防御力も上げてくれる。


 英雄物語の主人公ライテルは自由に属性を切り替えることができるのだから、状況に応じて四属性を次々に切り替えながら戦うのが本来のスタイルであり、複数属性のバフを同時に使う意味はあまりない。

 そもそも、属性を切り替えた時点で属性バフがリセットされる仕様だった。

 だが……あのゲームには、〈無属性〉の状態ならば全属性のバフを積むことが可能、という抜け穴が存在していた。


 というわけで生まれたのが、彼の狙っている〈四色ビルド〉。

 全属性の補正が乗る装備を使い、四属性のバフを全て乗せて馬鹿げたダメージを出すロマン系の構成だ。

 計算式の都合上、内部的には属性補正同士が掛け算されてしまう。

 どういうことかというと、炎二倍x水二倍x土二倍x風二倍、みたいな形になる。

 掛け算なので、バフ四つで最終ダメージは十六倍である!


 もちろん、この世界はゲームではない。実際に使えるかどうかは不明だ。

 使えたとしても完全無欠の最強戦術ではない。短時間のバフを重ねがけする都合上、なかなか運用はシビアだ。使える装備も少ない。

 だが、補って余りある突き抜けた強さを持つ。


「精霊シリーズさえ見つかれば……」

「おい」


 市場を巡っていた彼を、一人の少年が呼び止めた。


「だ、第一王子!?」

「シッ。こっちはお忍びなんだよ。来い」


 不機嫌そうな第一王子ブレイズが、人気のないほうへケイドを呼んだ。


「お前、何してるんだ? 約束してから一年半だぞ?」

「色々と準備することがあったんだよ」

「準備。準備ねえ。四属性の道場を巡って役に立たないバフ魔法だけ覚えるのが、何の準備になるってんだよ、おい」


 ブレイズが殺気を放っている。


「俺の行動、知ってるのか? 情報網とかあるの? 流石は王子様か」

「ったりめえだろ」

「なら聞きたいんだけど。精霊シリーズ、って知らない?」

「精霊シリーズ?」

「全属性に対応した武器防具があるって聞いてさ。それを探してるんだけど」

「……お前が何でそれを知ってやがんだ」


 ブレイズが舌打ちした。


「どっかから〈精霊計画〉の情報が漏れてやがるか。チッ」

「精霊計画?」

「教えねえよ。お前にゃ期待してたんだが、クソの役にも立たないじゃねえか。約束を守る気がねえ相手と付き合う義理はねえ」


 ブレイズは背を向けて歩み去ろうとした。


「まあ待てって。四属性に対応した武器さえあれば、俺はもう大活躍できる状況なんだ。第二王子が使ってる秘密の部屋の見当も付いてる」

「……口から出任せ言ってる風でもねえ。ったく、何なんだよお前は」


 乱暴に頭をくしゃくしゃしたあと、ブレイズは一枚のメモ書きを投げ渡した。

 時間と場所が指定されている。


「尾行されるなよ。ぐるっと右折を四回やって後ろを確かめてから来い」


 どうやら、安全な隠れ家で話をしたいようだ。



 数時間後、言われた通りにケイドは隠れ家へ向かった。

 ノックしてドアの隙間からメモ書きを滑らせると、中からブレイズが顔を出す。


 招かれたのは薄暗い部屋だ。中央に傷だらけのテーブルがあった。

 サイコロと銅貨が散乱している。


「ここって何なんだ? 秘密の違法賭場?」

「偽装だよ。この俺がこんな場所で博打なんざやるか」


 二人は机に座る。と、暗がりからもう一人の男性が現れた。


「……父さん?」


 ルート・シニアスだ。彼は手に握った設計図を机に広げる。

 〈精霊計画〉という名前が記されていた。


「さて、聞かせてもらうじゃねえか。どこでこいつを知った、ケイド」


 ケイドは目線を彷徨わせた。

 何故父親がここに? 自分はもしかして尋問されているのか?

 何か地雷を踏んでしまったのか?


(ヤバいぞ。よく考えろ、俺)


 危機的状況らしいと察して、ケイドの頭脳は全力で回転し始めた。


(父さんは”精霊計画”とやらの関係者なのか。この計画は……ゲーム中での精霊装備とどういう関係なんだ? うーん?)


 設計図には、ゲームで見たのと同じ精霊装備が描かれている。

 これは市場で買えるぐらいにありふれていた。

 ハッ、とケイドは気付く。つまり、大量生産されている。


(精霊装備が四属性に対応してるのは、軍隊で兵士が使うための装備だからか!)


 属性ごとに装備を分ける必要がない。生産を一本化して、この精霊装備だけを大量生産できる。精霊計画は、第一王子の軍備計画だ。


(そうか、第二王子との後継ぎ争いを見据えて軍隊の装備を……! 父さんはそこに関わっていたのか? なら、かなり第一王子と深い関係だ。戦死するのもうなずける……)


 なら、危機的状況、というほどでもない。

 おそらく情報漏洩の元を探しているだけだ。


「父さんが寝言で言ってたんだ。全属性に対応した装備がある、ってさ」

「へえ?」

「で、俺はちょうどそういう装備が欲しかったから、市場で探してた。それだけ」

「……なるほどな……」


 ブレイズはシニアス父子の顔色を見比べる。

 そして、剣を抜き放ってケイドに突きつけた。


「お前の親父には、精霊計画について喋れないような魔法が掛けられている。だから、そこだけは絶対に情報源にならねえんだよ。案の定だな、おい。お前の親父を見せりゃ、親から聞いた、って言い訳に逃げると思ったぜ」


 ブレイズはにやりと笑った。

 対照的に、父の顔色は真っ青だ。

 ケイドは罠に掛かった。


(……こいつ、本編中だと脳筋キャラじゃなかったか? すげえ頭が回ってるな!? くっそ、どうする!? 転生者だ、なんて無茶な言い訳をしたら殺されたっておかしくないし!)


 ケイドの頭脳は限界を越えて高速で回転する。


「ゲオルギウス・フロギスト! あいつの机に情報があった!」


 ゲオルギウス。第二王子の軍師のような男だ。

 本編でブレイズと第二王子が戦うイベントでは中ボスのような立場だった。

 だが、今の段階では表向き第一王子の側に付いている。


「ゲオルギウス?」

「そうだ。俺も、遊んでたわけじゃない。隠れて情報は集めてる」


 ……まったくの嘘だが、転生者としての知識を使えば嘘を押し通せる。


「何故、ゲオルギウスのところに忍び込んだ? 奴は俺の側だぜ。第二王子のスパイでもなきゃ、そんな事をやる意味はねえだろう」

「第二王子はゲオルギウスの子だ」

「はあ?」


 ブレイズの口がぽっかり開いた。


「……王妃はゲオルギウスと不倫してた。第二王子は王の子じゃない。ゲオルギウスの子なんだ」


 それが真実だと、ケイドは原作知識で知っている。

 この情報は致命的な一撃になりうるはずだ。


「ちょ、ちょっと待ちやがれ……嘘だろ?」


 ブレイズは剣を収めて考え込んだ。


「……確かに、やつが第二王子を見る目は……! おい、ケイド! これは真実なんだろうな!?」

「間違いない。実を言えば、第二王子の派閥を弱体化させる約束のあと、俺はずっとこの件を探ってたんだ。間違いなくゲオルギウスは黒だよ」


(俺、人狼ゲームとかも結構好きだったんだよな……! 説得力のある嘘をつきまくった経験がこんな所で生きてくるとは。ゲーマーで良かった!)


「いや待て。これが本当なら、どうしてすぐ情報源を言わなかった?」

「だって、合ったばかりの俺と約束をするような王子様が相手なんだぞ? 下手に情報を教えれば、その瞬間に突っ走って事故りかねないからさ」

「お前だけにゃ暴走気質とか言われたくねえよ」


 確かにな、とケイドは思った。


「ま、理由は分かった。ゲオルギウスについて詳しく教えろ!」

「俺より自分のほうがよく知ってるんじゃないか。会食の場で、ゲオルギウスと王妃の間に不自然なぎこちなさが無かったかどうか……俺は間に何人も挟んだ又聞きで証言を聞いただけだからさ。確個たる証拠は見つからなくて、状況証拠を繋ぎ合わせることしか出来なかったんだ」

「そうか……よし、分かった。これが本当なら大きいぜ! よくやった!」


 どうやら疑いは晴れたようだ。

 ほっとケイドは緊張を解く。

 かなりリスキーな対応策だった。失敗すれば文字通り首が飛んでいただろう。

 ……第一王子ブレイズは、原作での印象と比べてかなり頭が回るようだ。


(危険だな。距離を取っておかないと。そのためには……)


「ブレイズ。約束は守ってくれ」

「ああ。お前の親父をウェーリアの領主にするって話だったな」

「少し待ってくれないか。一体どういうことなのだ、それは?」


 困惑した様子で、ケイドの父が言った。


「父さん。俺は、その……」

「あんたの息子さんはな、両親を安全なところに避難させたがってたのさ。間違いなく戦乱が起きると読んでたんだ。十歳の段階で、既にな」

「ケイド? それは本当なのか?」

「ま、まあ、一応」


 確かにそういうことになってしまう。

 ただの転生者知識なのだが、外から見たら完全にものすごい切れ者だ。


「しかも、第二王子の派閥を弱体化させてみせる、なんて見栄を切りやがった。その時に成功報酬を約束したのさ、ウェーリアを伯爵領にして、あんたを領主するってな。只者じゃねえと思ってたが、まさかこうも致命的な情報を持ってくるとはな」


 血の気の引いた顔のまま困惑していた父の顔色が、徐々に良くなっていく。


「とんでもねえ野郎を子に持ったもんだな、ルート子爵。いや、ウェーリア伯、と呼ぶべきかな? 名家がふたたび領地持ちに返り咲きってわけだ、めでたいぜ」

「な、なんと言ったらいいか。ありがとうございます、ブレイズ王子」

「感謝ならケイドにしとけよ」

「……そうだな。ケイド。お前のおかげで、わが父の念願を果たすことができた。まさか、再び領土を持つ身に戻れるとは……!」


 父親に抱きしめられて、ケイドは照れたように笑った。


(……変な子供だった俺を愛してくれた両親に、少しでも恩返しが出来たかな。これで、俺の闇堕ちフラグ一本目……”両親の死”は解決できたはずだ)


 もっと時間をかけてじっくり安全に動くつもりが、予想外の形で第一王子との約束を果たす形になった。

 危険な綱渡りだったが、その甲斐はあったようだ。


(……たぶん、二本目以降のフラグはこれで自動的に折れたよな?)


 愛する人の死。邪神教団との接触。

 人生のコースが原作から大きくズレた以上、これらの闇堕ちフラグと関わることはない……はずだ。完全に言い切ることは出来ないが。


「おい、ケイド。お前、魔法学園には来るのか?」

「たぶん」

「……なら、同学年だな。楽しみにしてるぜ」


 その代わり、別のフラグが立ってしまったかもしれない……。


(って同学年!? ブレイズってこれで十一歳なのかよ!? 先恐ろしいなおい……俺が小学校の頃なんて、ゲームする事しか考えてなかったぞ?)


「で、ケイド。精霊装備を探してるんだったよな?」

「そうだけど」

「よければ試作品の開発に参加しねえか? 領土を移るにも準備期間があるしよ」

「あー……まあ、少しなら」


 〈四色ビルド〉は隠しておくべきだ。

 そうと分かっていても、ケイドは試したい欲求を抑えられなかった。

 計算式の都合で生まれた四色ビルドは、果たしてこの世界でも有効なのか?

 それはゲーマー魂のうずく疑問だった。

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