第7話 ぶっ壊れビルド実戦投入
ケイドの父ルート・シニアスがウェーリア伯爵になる話は、内々で国王に承認されたようだ。もう数日すれば正式に発表があり、引っ越すことになるだろう。
そんな状況下で、ケイドは父と共に王城の離れにある工房へ招かれた。
精霊装備をテストするためだ。
「父さん、まだ精霊装備の件は話せないの?」
「いや。魔法は解除された。情報が漏れているのに、私の口を封じてもさほど意味がないからな」
六つの尖塔を持つ王城を外から眺めながら、父子は離れに向かう。
「精霊計画は、次期国王の座を巡って内乱が起きた時のための計画だった。この国は長らく平和だったから、軍隊の装備はかなり傷んでいてな。四属性それぞれに合わせた装備を別々に作っていては再軍備が間に合わんのだ」
「なるほど」
ケイドの読みは正しかったようだ。
「……ケイド、お前は何故この装備を探していたんだ? 四属性に対応しているとはいえ、無属性では恩恵がないはずだが」
「まあ、そこは見てもらったほうが早いかな」
彼の歩き方は、ほとんどスキップみたいな調子だった。
準備に一年以上かけた成果がいよいよ試せるのだ。
ウキウキ気分で小道を辿る。このあたりには異国の草木が咲き乱れていて、ちょっとした植物園のようになっていた。
「……む?」
ルートが何かに気付き、いきなり道を外れて茂みへ飛び込む。
「父さん?」
「ケイド、来るな!」
そこには死体が倒れていた。
「し、死体? 王城の中で?」
「彼は……第一王子の護衛だ! まずい!」
(第二王子派が襲撃してきたのか!?)
ブレイズとはこの先の工房で待ち合わせるはずだった。
周囲には植物が茂っている。襲撃には絶好の位置だ。
(ま、まずい! 今ここで第一王子に死なれたら困るぞ!?)
父がウェーリア伯爵になる話が流れるかもしれない。
ケイドは全力疾走で工房の扉を蹴り開けた。父が慌てて追ってくる。
「くそっ、ここにも死体が!」
剣で斬られた傷跡が残っていた。荒らされた床に血溜まりができている。
人の気配はない。……第一王子の姿は見当たらなかった。
拉致されてしまったようだ。
「ケイド! ここは危険だ! 王城に戻るぞ!」
「ちょっと待って……!」
荒れ果てた工房の中から、ケイドは一本の剣を見つけて身につけた。
精霊の剣。精霊シリーズの武器だ。柄には杖と同じような透明の結晶が嵌っている。この世界の武器は、たいがい魔法にも対応している。
「よし! あった!」
二人は息を切らして王城に駆け込み、警備兵に事件を伝える。
すぐに城中がひっくり返ったような騒ぎになった。
(第一王子が捕らわれてるとすれば、おそらく隠し通路の中にある牢屋だ。ゲーム内でも似たような使われ方だった。でも……)
ケイドは迷った。
これを父に伝えれば、間違いなく父親は兵士と共に隠し通路へ踏み込むだろう。
だが、あの隠し通路の暗がりには無数の罠が設置されている。
初見では無理だ。父を行かせたら死んでしまうだろう。
(”闇落ちフラグ”を折るために頑張ってきたのに、父さんを危険に巻き込んだら本末転倒だ! 俺がなんとかしないと……!)
ケイドは精霊の剣を鞘から抜いた。
隠し通路へ踏み込むために、ずっと鍛えてきた。中の構造も知っている。
……ゲーム〈英雄物語〉なら、レベル1縛りでクリアした経験だってある。
だが、この世界は現実だ。失敗すれば命はない。
(……いや。ゲームだって現実だ。俺の戦いは本物だった)
ケイドは思った。
(”絶対に負けられない戦い”なんて、何十回もやってきた。五百万ドルの掛かった試合だってやった。わずか数時間の試合で勝利を掴み取るために、数千時間を練習に費やしてきたんだ。きっと、何も変わらない……!)
負ければ死ぬ。勝てば、重要な”闇落ちフラグ”は折れる。
勝つか負けるか。それが全てだ。
昔も今も、何も変わりはない。
全身にアドレナリンが巡る。胃のひっくり返りそうな、それは心地よいストレスだった。懐かしい感覚だ、と彼は思った。
左手で右の手首を掴み、深く呼吸を繰り返す。
息を吐くごとに、彼の意識はより鋭く研ぎ澄まされていった。
「父さん。行ってくる」
「け、ケイド……?」
歩み去っていくケイドのことを、父は止めなかった。
止められなかったのだ。
彼の放っている異常な集中力が、並外れた風格を与えている。
「お前は……やはり、常人ではないのだな……」
前世の人格が強まり、彼の知らない側面が表に出ている。
これが初めてではない。幼い頃からたびたびあったことだ。
……何があろうと、ルート・シニアスにとってケイドは彼の子供だ。
「必ず戻ってこい、ケイド」
「任せとけ。俺は日本の切り込み隊長だ」
「……ニホン……?」
意味は伝わらずとも、不思議と説得力のある言葉であった。
- - -
隠し通路への侵入経路は無数にある。その中から、ケイドは星見の儀式をやった部屋を選んだ。ここが最も人気のない場所だからだ。
暖炉の飛び出したレンガを、上、下、左、右の順番で押し込む。裏の機構がカチカチと周り、暖炉の奥にある真っ暗闇の通路を明らかにした。
ケイドは小瓶を取り出し、夜目が効くようになる魔法薬を飲み干す。
闇の輪郭が浮かび上がった。スイッチやワイヤーの張り巡らされた細い隠し通路をゆっくり進み、ゲームの知識を思い出しながら分岐を選ぶ。
(道を間違えれば無限ループする。道が同じならいいんだけど……ん?)
こつん、とケイドの足が骨を蹴っ飛ばした。それがワイヤーに引っかかる。
瞬間、何かの発射音がした。
「っ!」
慌てて飛び退いたすぐ目前で、壁に毒矢が突き刺さっている。
(っぶね。集中してなきゃ即死だった)
急死に一生だ。ストレスで耳が鳴った。
あと少し反応が遅れていれば、彼は足元の死体と同じ運命を辿っていただろう。
慎重に骨をまたぎ、交差点を特定のパターンで曲がっていく。
無限ループのゾーンを越えた瞬間、通路の幅は一気に広がった。
壁には松明が掛かっている。通路の奥には鉄格子の嵌った牢屋があり、二人の兵士が抜き身の武器を構えて警備している。
(やるぞ……)
息を殺しながら、ケイドは剣を握り締める。
〈フレイム・エレメンタル〉。柄の部分に嵌った透明な結晶へ魔法陣が浮かび上がり、炎属性の力を引き出す。
精霊の剣が炎を纏った。
暗闇の中に、剣の炎が浮かび上がる。
(や、やべっ! つい癖で炎バフから……! 迂闊だった!)
目立つに決まっている。これを最後に回すべきだった。
「ん? おい、敵だ!」
「やっぱ見つかったか! 〈ウォーター・エレメンタル〉!」
二つ目のバフを発動する。炎と水の力が剣の中でぶつかりあった。
炎が消えて、ぼんやりと混ざった赤と青の光が刃を覆う。
矛盾する属性バフ同士の衝突で、魔力が不安定になった。
だが、その不安定さが力を引き出している。
(来た! ゲームと同じだ、力が増してる!)
矛盾する属性のバフを同時に扱うことはこの世界でも可能だった。
不安定さと引き換えに力が倍増している。四色ビルドは実現可能だ!
「な、なんだそれは……てめえ、何してやがる!?」
「すぐにわかるさ! 〈ウィンド・エレメンタル〉!」
三色。不安定さが更に増す。
今にも四散しそうな三つの魔法を、ケイドは強引に押し込めた。
「何する間もなく死ぬだろうよ、ガキが! 〈ファイアボール〉っ!」
「へっ、二対一だしなあ! 〈ウィンドブレード〉!」
炎の弾と風の刃が飛来する。
彼の極限まで高まった集中力をもってすれば、二つの魔法を見切るぐらいは造作でもない。
「はっ!」
ケイドは精霊の剣を振るった。
圧倒的な力が二つの魔法を打ち消す。
「こ、こいつ、剣で魔法を……」
「そんな曲芸が何度も続くか! 〈ウィンドブレード〉!」
「何度やっても無駄だ!」
飛来する魔法を撃ち落としながら、ケイドはゆっくり歩みだす。
二人の警備は焦って魔法を乱射した。一秒一発ペースだ。
かなりの連射速度だ。強い。だが、ケイドには及んでいない。
「ゲームと同じ……いや、それ以上だ! 狙い通りのぶっ壊れビルドだな!」
魔法を覚えて一年半の子供が、荒事に慣れた相手の魔法を斬れている。
つまり力で勝てている。滅茶苦茶な性能だ。
(さっさと終わらせるぞ!)
距離を詰め切って、ケイドは剣を振るった。
受け止めようとした敵の剣が真っ二つに溶断される。
「な、なん……」
「クソがッ! 負けたら給料も女も貰えねえじゃねえか! このっ!」
ゲスい台詞と共に繰り出される鋭い剣撃を、ケイドは後ろに飛んで避ける。
「〈アース・エレメンタル〉!」
四つ目のバフを使う。まるで水溜りに浮いた油のような、不思議な虹彩が精霊の剣へと浮かび上がった。
そして、力強い横薙ぎの一撃を放った。
「はあああっ!」
「ハッ、バカがよ! 横に薙いだら壁に当たるぜ……なっ!?」
石壁を熱したバターのように切り裂いて、大振りの一撃が飛ぶ。
命中する直前、彼は剣をひねって平らな部分で平打ちに切り替えた。
二人の男がまとめて吹き飛ばされ、通路を転がって気絶する。
彼の筋力を大きく越えた異常な威力だった。
「……ふう。〈四色ビルド〉、ちゃんと使えたな……!」
狙い通りの威力に満足しつつ、彼は牢屋に近づいた。
第一王子ブレイズが牢屋の中で囚われている。
「よっ、と」
彼は四属性バフの乗った剣で牢屋の鉄格子を切り裂き、ブレイズを救い出した。
……そこで、剣に乗ったバフが消えてしまった。
効果時間が短いのはこの四色ビルドの欠点だ。
しかも、不安定なせいかゲーム以上に時間が短い。
「おーい、ブレイズ? 起きろー?」
「ん……」
頬をペチペチ叩かれて、ようやく王子が目を覚ました。
「ケ、ケイド? お前……助けに来てくれたのかよ?」
「まあな」
「おい……ちょっと待て、何だこれは!? 牢屋の鉄格子が切断されてるぜ!?」
「いいから帰るぞ。他の敵が来るかもしれない」
「わ、分かってるけどよ……」
ブレイズは不思議そうにケイドを見た。
「なんでそんな普段と雰囲気が違うんだ……?」
「今の俺は本気モードだからな」
「……ほんとわけわかんねえ男だわ、お前」
ケイドたちは来た道を戻る。
そして無限ループの罠が仕掛けられた交差点に入った瞬間、まったく違う場所に飛ばされた。
「なんだ!?」
「転移の罠かよ。クソッ、逃げたって無駄ってわけか」
薄暗い部屋に高級そうな家具が置かれている。
絨毯まで敷かれていた。……そして、拷問器具らしき物が備え付けられている。
「ここは……まさか、ゲオルギウスの」
「いかにも」
出現した二人の少年を見て、いかにも性格のねじ曲がっていそうな黒ローブ姿の貴族が口を吊り上げた。
「私の”仕事場”だ。ようこそケイド君。きみはまったく興味深い少年だね」
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