第8話 ケイドVSゲオルギウス


 拷問部屋と仕事場を兼ねた異様な場所で、ケイドたちはゲオルギウスと向かい合う。間違いなく、ブレイズの襲撃と誘拐は彼が黒幕だろう。


(つまり、こいつを倒せば解決だ。分かりやすくて助かる)


 ケイドは精霊の剣を握りしめ、四色のバフを開始する。


「ゲオルギウス。てめえの秘密は知ってるぜ。第二王子はお前の子なんだってな」


 ブレイズが一歩歩み出て、言った。


(……俺の準備時間をカバーしてくれてるのか!)


「ええ。少々、王の父親という立場が欲しかったものでしてね」

「残念だったな。王になるのはオレさ。お前はもう終わりだ」

「私の秘密を数人に話したのでしょう? 知っていますよ」


 ふふっ、とゲオルギウスは鼻で笑った。


「全員殺せば済む話です。まずはケイドから」

「そうはいくかよ。〈フレイム・ソード〉!」


 ブレイズが炎の剣を呼び出し、構える。

 それから彼が〈フレイム・エレメンタル〉を使い、炎の勢いを増加させる。


「〈スリザリング・ダーク〉」


 ゲオルギウスが魔法の杖を地面に突き立て、四方に闇を放つ。

 それは蛇のように地を這って、ブレイズへ殺到した。

 炎の剣を振り回しても防ぎ切ることができず、彼は一瞬で昏倒する。


「さて。これを避けますか」


 一方、ケイドは這い寄る闇の全てを回避していた。

 二人は向かい合い、それぞれの獲物を構える。


「やはり只者ではないようで」

「そういや、お前は闇属性だったっけか」

「ご存知なのですか?」

「今の今まで忘れてたよ。大して強いボスでもなかったからな。さて、これで仕上げだ……〈アース・エレメンタル〉!」


 四属性バフを乗せきったケイドの剣が、奇妙な虹彩を放つ。


「興味深い。矛盾する魔法を同時に扱うのは困難を極めるはずですが……もしや、これが無属性の特権なのでしょうかね」

「かもな」


(ま、原作通りなら俺は土属性のはずなんだけど)


「では。死んでいただきましょう。〈シャドウ・ベール〉!」


 周囲の闇が濃霧のごとく濃くなり、視界が効かなくなった。


(っ! それはHP減った時の第二形態で使う技だったろ! 流石に全部ゲーム通りってわけにはいかないのか!)


 ケイドはすばやく後退し、壁を背にした。

 後方をカバーした上で、闇の奥に目を凝らす。

 何かが動いた。


「そこだ!」

「ほう」


 無音で迫る黒一色の剣を、精霊の剣が迎撃する。

 そして、ゲオルギウスの剣を真っ二つに溶断した。


「すさまじい。このような技術が存在したとは……。伝承では、世界が乱れる時に”全ての色を宿した英雄”が現れるそうですが、もしや……?」


 その伝承は主人公ライテルを示している。

 だが、そんなことを説明する意味はない。ケイドはすぐさま追撃を繰り出す。


「〈エレメンタル・シールド〉」


 四色の混ざった結界が、ケイドの進路に現れる。

 かなりの高等魔法だ。だが。


「はあああっ!」


 虹彩を放つ剣は、高度な結界ですら真っ二つに溶断した。


「なっ!?」

「そこだあああああっ!」


 無防備なゲオルギウスの本体へ。

 ……これだけの威力だ。一撃さえ入れれば、ケイドは勝つ!


「〈律の法〉」

「……あっ?」


 剣の輝きが消え去った。


(律の法? 魔法が横文字じゃない……古代魔法だ! そうだ、そんな名前の魔法もあった! 効果は確か……)


 〈律の法〉は、付近の全員が持つありとあらゆるバフ・デバフの解除。

 ……四色バフ構成の天敵だ。


(ゲームじゃそんな魔法使ってなかったろお前! くそっ……!)


 バフを積むことができない。

 つまり、ケイドの勝ち筋は消えた。


 ――終わりなのか。ケイドの額を冷たい汗が伝う。

 いや……違う。

 まだ始まったばかりだ。


 一つ間違えば死ぬ。殺伐とした真剣勝負の世界。

 積み上げてきた知識と経験を湯水のように消費してぶつかりあう、頭の灼けてしまいそうなほどビリビリと痺れる戦い。

 この感覚を、彼は知っている。

 ――前世でも、今生でも。彼は、勝負の世界に生きる男だ。


「面白いものを見せてもらいましたよ。では」


 ゲオルギウスは勝ちを確信した様子で魔法を放つ。

 無数の闇がケイドへ殺到した。

 ……極度の集中力によって開いたケイドの瞳孔が、闇の中できらりと輝く。


(第二形態の全方位攻撃パターン! 左に走ってから右に切り返し!)


 まるで全てを知っていたかのように、ケイドは攻撃を回避した。

 ゲオルギウスの顔が歪む。


「な、何故……」

「こちとらレベル1クリアに成功してるんだ! パターンぐらい見切ってる!」

「れべる1くりあ……? いったい何を言っているのやら……」


 攻撃の終わりと同時に、ケイドが剣を振るった。

 ゲオルギウスのローブに阻まれ、ダメージは入らない。

 露出している顔面を狙おうとしても、彼の防御は崩れなかった。


(くそっ、見た目は布のくせにファンタジーな性能しやがって!)


 ケイドは〈フレイム・エレメンタル〉を使った。

 すぐに〈律の法〉が飛んできて、彼のバフを解除する。

 ゲオルギウスが魔法を放つ。ケイドは避ける。バフを使う。解除される。

 ……限りなく千日手に近い状況だった。


「まだまだッ!」

「やれやれ。長くなりそうですね……」


 そして、長い戦いが始まった。

 ……元になったゲームがあるとはいえ、この世界はゲームではない。

 ゲオルギウスは細かくパターンを変えながらフェイントを入れてくる。


(くそっ、流石に……対応するのがきつい……!)


 超常の集中力を維持しているケイドとはいえ、その全てを躱し切ることは不可能だ。細かい傷が積み重なっていく。

 ケイドの貴族らしい服はボロボロになり、露出した肌から血が垂れた。


(このままじゃジリ貧だ、本気でまずい……!)


 素直に父へ知らせるべきだったか?

 ……いや。知らせないで正解だった、とケイドは思う。

 ゲオルギウスと戦えば、間違いなく父は死んでいたはずだ。


 そして。彼がここで死ねば、おそらく父もまた死ぬ。

 それを自覚した瞬間、彼の集中力は更に一段ギアを上げた。


(負けられない……絶対に負けれねえ……っ!)


「降参してはいかがですか? 万全の状態ですら一撃も入らなかったというのに、それだけボロボロの状態で勝ち目があるとでも? いくらやっても無駄ですよ」

「冗談じゃない! ……俺はなあ! ダブルヘッダーの日には! 二試合目のほうが成績良くなるって統計で出てるんだよっ!」

「何の話ですか……?」

「我慢比べなら負けないってことだッ! 〈フレイム・エレメンタル〉!」


 今のゲオルギウスは、一回目のバフを見逃すようになっている。

 おそらく魔力の問題だ。古代魔法は消費が激しい。


「厳しいのはお互い様だろ! 〈ウォーター・エレメンタル〉!」

「〈律の法〉。何回やっても無駄だと分かりませんか?」


 二つ目のバフを乗せた時点で打ち消してくる。

 ゲオルギウスのローブを貫けるようになるラインが二つ目のバフなのだろう。

 ……今のケイドでバフ二つならば、経験を積んだ冒険者なら並の鉄剣でも貫けるはずだ。高レベル装備だが、物理攻撃にはそれほど強くないらしい。


(ローブさえ貫ければ、それで奴を倒すのに十分なんだ。なんとか〈律の法〉をかいくぐる手段があれば……!)


 ゲオルギウスが大量の闇魔法を放つ。ケイドは回避に専念した。

 限界を越えて酷使されている前頭葉がチリチリと痛む。


(避けきった……! よし、バフを)


 油断した瞬間、闇に紛れて一発の魔法が飛来する。

 脇腹を撃ち抜かれ、ケイドは膝をついた。


「ぐあっ……!」

「ふう。ようやく一発。まったく、弱いくせに手こずらせる……」


 膝をついた瞬間、ケイドはあることに気付いた。

 ――勝機がそこにあった。

 限界を超えて足掻いた末に手繰り寄せた、わずかな可能性が。


「では、終わりにしましょうか。〈スリザリング・ダーク〉」

「終わるのはお前のほうだ……!」


 ケイドは痛みをこらえ、立ち上がった。

 全方位から飛来する闇魔法を避け、素早く疾駆する。


「〈ウォーター・エレメンタル〉!」


 精霊の剣が水を纏う。一つ目のバフ。

 水飛沫の軌跡と共に、最後の力を振り絞ってケイドは踏み込む。


「無駄ですよ。〈シャドウ・ソード〉」


 黒い剣が生まれ、ケイドの剣と真っ向から衝突する。

 ゼロ距離で激しい切りあいが始まった。

 火花が散るたび、薄暗い部屋が鮮烈に照らされ、戦う二人の顔がはっきり映し出される。苦しげなゲオルギウスと裏腹に、血と汗に塗れたケイドはまだ完全な集中力を保っていた。


 ゲオルギウスが放つ一撃必殺の剣を捌き、威力不足のカウンターを放つ。

 数回ほど命中したが、ゲオルギウスに切り傷を作る程度の威力でしかない。

 バフ一つでは、わずかに火力が足りないのだ。だが、戦えている。


(剣術やって一年ちょいの俺と互角なら! 接近戦は専門外だな!)


 ……ゲオルギウスの弱点は接近戦だ。

 なのに乗ってきた。おそらく、向こうも魔力の残りが少ないのだ。

 勝機はある。ケイドは確信を深める。


 切り合っている最中に〈ウォーター・エレメンタル〉の効果が切れた。

 ぎりぎり成り立っていた拮抗が破れる。


「この私が! あなたのような子供に! 負けませんよ!」


 ゲオルギウスが意地で攻勢を強めた。

 ケイドは後退していく。そして、壁のすぐそばにまで追い詰められた。


「これで……終わりです!」


 最後の一撃。大振りだ。

 ケイドは素早くバフを用意する。


「〈ウォーター・エレメンタル〉!」


 そして、ケイドは剣を振るった。動き出しはほぼ同時。

 いや、わずかにケイドが速い。だが。


「無駄です! 一つのバフでは……私には通じない!」

「だとしても……!」


 既に剣は動き出している。ケイドが二つ目のバフを用意する時間はない。

 そう、ケイドが用意する時間は。


「〈フレイム・エレメンタル〉……!」


 長い戦いの間に目を覚ましていたブレイズが、二つ目のバフを用意した。

 ……膝をついた瞬間、ケイドはブレイズと目が合ったのだ。

 長時間にわたって粘り続けたことで、ブレイズは目を覚ましていた。

 彼は優秀な炎魔法使いだ。バフも覚えている……!


 これこそ、ケイドが必死にあがいた末に手繰り寄せた勝ち筋だ。

 ブレイズは頭がいい。きっと決定的な瞬間を選んで動くだろう。

 ケイドは信じた。その信頼は実を結んだ。


「な……」

「はああああああっ!」


 気合が奔る! 加速した剣がゲオルギウスの体を裂く! 深手だ!


「ぐっ……」

「〈ウィンド・エレメンタル〉! 〈アース・エレメンタル〉!」


 ゲオルギウスがひるんだわずかな時間で、残り二つのバフを積む。

 ――精霊の剣が不思議な虹彩を放つ! 七色の光が暗闇を灼く!


「行けえええッ、ケイドッ!」

「これで……トドメだッ!」


 莫大な威力の一撃が、ゲオルギウスを部屋の端まで吹き飛ばした!

 ゲオルギウスが自らこしらえた部屋の拷問器具に突き刺さる。そうして、この部屋で手にかけてきた多くの犠牲者と同じように、力を失って崩折れた。


 ……ケイド・シニアスは、闇の貴族ゲオルギウスに勝利した!

 ”両親の死”に繋がる王国の内戦、その主要人物を殺したのだから、これで間違いなくフラグは叩き折れている!


「……しゃあっ……!」


 そして、ケイドは地面にぶっ倒れて気を失った。

 彼はとっくに限界を越えていた。


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