第9話 新天地へ


 ゲオルギウスを倒して気絶したケイドは、ブレイズの手によって無事に隠し通路の外へと運ばれた。

 それから、ケイドは三日三晩ずっと眠り続けた。

 初めての実戦で無理をしすぎたのだ。彼の魔力はほとんど枯渇していた。

 まして、もともと彼は病弱な身である。


 ケイドが寝ている間に、王城では一気に情勢が動いた。

 第二王子の父親であるゲオルギウスが第一王子を襲って監禁した、というあらましが明らかになったことで、均衡していた派閥のバランスは急激に崩れる。

 第二王子は廃嫡となり、城を追い出された。病床に伏せている国王の後継者は、第一王子ブレイズに決まったのだ。


 ……その後に行われた調査によって、興味深い事実が判明した。

 隠し部屋に置かれていた彼の本棚から、邪神の復活に関する文献が大量に押収されたのだ。ゲオルギウスは〈邪神教団〉と呼ばれる邪教の一員だった。

 既に大勢の犠牲者を生み出している、王国で最も危険な集団である。


「ケイドのやつ、つまり邪神教団の闇魔法使いに勝ったってことかよ」


 調査資料を読み終えたブレイズが、呆れたように首を振りながら呟いた。


「まったく、とんでもねえ野郎だ……」



- - -



「ん……」

「ケイド! 起きたの!?」


 四日目の朝、ケイドは目を覚ました。


「ルート! ケイドが起きたわよ!」

「何だと!? 今行く!」


 両親はケイドに抱きつきそうな勢いだが、二人とも自重して、ゆっくり頬にキスをする程度で留めていた。

 消化のいい粥や体力を付ける薬を作ってもらい、ケイドは徐々に体力を取り戻していく。

 それでも、完全な調子を取り戻すまでには追加で二週間ほど必要だった。


「ケイド。少し話をしないか。座ってくれ」


 ある日の晩に、両親は話を切り出した。


「私たちは、お前が普通ではないことをよく知っている」

「あなたが戦って勝った相手は、邪神教団の人間だったそうね」

「えっ」


 邪神教団、という単語を聞いて、ケイドは顔を引きつらせた。


(おいおいおい! 一本目のフラグを折ったと思ったら、もう二本目が……!)


 でも、すぐに報復に出る可能性は低いか、とケイドは思う。

 ゲオルギウスは重要人物だった。必然的に、邪神教団についての情報が私物に残されているはずだ。追求の手が及ぶだろう。

 しばらく邪神教団は身を守ることに集中するはずだ。


「……気持ちは分かるわ。危険な相手よね」

「おそらく、お前は本能でゲオルギウスの危険性を悟っていたんだろうな。だからこそ、私に隠し通路の存在を告げず、一人で戦いに赴いたのだろう」


 父は机の上で両手を組んだ。


「ケイド。お前はおそらく、私達の庇護下には収まらない。……歴史には時折、お前のような者が現れる。常識では計れない、並外れた存在が」

「いやあ、そうかな……」


(五割ぐらいは転生知識だし……)


「そうよ。母親として、そして魔法の家庭教師としても、言い切れるわ。あなたの才能は並じゃないのよ」


(……まあ、原作のケイドからして邪神と融合してラスボスになってたしな……)


 闇属性魔法の才能に関しては、間違いなく世界でトップだ。

 ……だからといって闇落ちする気は更々なかったが。


「だとしても、私はお前の父親なんだ、ケイド。もう少しだけ、私やマリンを頼ってくれないか?」


 両親は真剣な眼差しだった。


「戦うな、とは言わないわ。あなたを見ていれば分かる。無駄よね。いくら止めても、どうせ危険に突っ込んでいくもの」

「だから、せめてお前を後押しさせてくれ。訓練にも付き合うし、必要なものがあれば提供する。もしお前が家を出て冒険したいと言い出したとしても、私たちは止めない。お前の力になりたいんだ、ケイド」

「父さん、母さん……」


 ……ケイドには、はっきりとした将来のプランがない。

 一つ目の闇落ちフラグを折った後に考えよう、と思っていたのだ。

 だが、一つはっきりしている事はある。


(せっかくファンタジーの世界に生まれたんだから、冒険したい……)


 英雄物語の世界には冒険者ギルドが存在した。

 魔物を討伐して路銀を稼ぎながら気ままに世界を回るような生き方も可能だ。

 ……しかし、まだ早すぎる。


「まだ冒険に出るつもりはないよ。若すぎるし、戦い方のバリエーションもない。魔法も剣術も初心者に毛が生えたレベルだしさ」

「ええ。そうね。どうやってゲオルギウスに勝ったのか、正直言って不思議だわ」

「うむ。まだ訓練が必要だ。ウェーリアは田舎だけに、王都と違って身近に魔物の脅威がある。それを考えると、お前の訓練を積むにも丁度いい土地ではないか?」

「そうだね」


 ケイドは頷いた。


「ウェーリアに引っ越してから当分は、鍛錬に集中するよ」

「ええ。いつでも付き合うわ」

「何でも頼ってくれ。私たちはお前を応援しているからな」

「父さん、母さん……ありがとう!」


 彼は両親に抱きついた。


 ……彼の前世。西田ケイという男は、荒れ果てた家庭環境で育った。

 両親と遊びにいったことは一回もない。外食すら。旅行なんてもってのほかだ。

 両親の喧嘩を忘れる唯一の手段はゲームだけだった。


 そうして彼が育んだ殺伐とした心は、勝負の世界に居場所を見つけた。

 それだけが彼の居場所だった。


 プロゲーマーを引退して配信者になった後、西田ケイは違和感を感じていた。

 プロ時代の名声のおかげで、彼は多くの視聴者を抱えていた。金はあった。人気VTuberとコラボだってした。人気者だった。それでも満たされなかった。

 なぜならば、殺伐とした戦いの場だけが彼の生きる場所だったからだ。


(……まさか、俺が親に抱きつくなんて……)


 だが、ケイド・シニアスは違う。

 文字通り、彼は生まれ直したのだから。


「本当に……ありがと、父さん母さん……」

「いいんだ。子の幸せは、親の幸せだからな」

「存分にやりなさい。いずれ巣立つ時まで、全力で応援するわ」


 ああ、俺は幸せだな、とケイドは思った。



- - -



「本当にいいのか?」


 ウェーリアへ旅立つ直前、第一王子ブレイズが訪ねてきた。


「お前の功績なら、爵位どころか自分の領土だって持てるんだぜ?」

「いいよ別に。そういうのは欲しくない」

「にしたってよお、もう少し功績アピールして社交界に入り込むとか、そういう動き方したって罰は当たらねえと思うけどなオレ」

「いいんだって。っていうか、ゲオルギウス倒したのもお前の手柄にしとけよ」

「バッカ野郎、オレに邪神教団の注目を押し付けようとするんじゃねー!」

「バレたか」

「ったりめーよ」


 二人は笑いあい、拳を合わせて別れの挨拶をした。

 ゲオルギウスの事件を経て、彼らは”戦友”のような間柄になっている。

 ……いずれ大人になれば、表立ってタメ口で呼び合うわけにはいかなくなるかもしれないが、今は単なる同年代の友達だった。


「ま、互いに頑張ろうぜ。次に顔を合わせるのは……学園か?」

「その頃には国王になってるだろお前。学園来るのか?」

「行くに決まってんだろ。国王の業務なんかより青春が優先だぜ」

「いいのかよそれ」

「細けえこと気にしてっと白髪生えんぞ。目立つだろ、白髪。お前の髪は黒いんだからよ」

「うっせ。自分こそハゲに気をつけとけって。病気なる前からズラだろ国王」

「そりゃ国家機密だぞオイ!」

「ケイドー! 出発するぞー!」


 父親が彼を呼んでいる。


「だってさ。じゃあな、ブレイズ」

「ああ。またな、ケイド。国家機密の漏洩は見逃しといてやるよ」


 ケイドは馬車へ乗り込み、王都を後にした。

 転生後の人生もこれで一区切りだ。


「さーて、ヤバいフラグも折れたっぽいし……じっくり鍛えて強くなるか!」


 未来への希望に満ちたまっすぐな瞳で、彼はどこまでも青い空を見上げた。



――――――――――――――――――――

(作者あとがき)

とりあえず序章部分に一区切りつきました。

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