エピローグ 旅立ち
窓越しに差し込んでくる朝日が、ダブルサイズのベッドを照らし出す。
(……痛っ。やっべ、全身が攣ってるみたいな筋肉痛……)
戦いの後遺症が残る体をぎくしゃく動かして、彼は反対側へ寝返りを打った。
目前に美少女の寝顔が来る。思わずどきりとする。
(……穏やかな顔だな)
ラティアは幸せそうに眠っていた。
猫のように体を丸めて、朝の光を浴びている。
「ん……」
彼女が目を覚まし、ケイドを見てにこりと笑った。
「……なんだか、ちょっと悪いことしてる気分ですね」
「確かに」
親元を離れて二人っきり。
やっている事はほとんど駆け落ちだ。
もっとも、半ば両親公認の関係ではあったが。
(家には戻らないほうがいいよな……。〈邪神封石〉のことを知らせないほうが、両親は安全だし。ブレイズたちと出くわせば面倒なことになる。後で手紙でも出して、身の安全だけは伝えておこう)
「体調はどうですか?」
「いや……駄目だ。今日は動けそうにない」
「なら、ゆっくりしていきましょうか。急ぐ旅でもありませんし」
「ああ」
ラティアは窓を開けた。小鳥の鳴き声が聞こえてくる。
森を抜けた先で見つけた、名前も知らない宿場町。
おそらく方角的にはグレースフォートの南側だ。
「んー、いい朝ですね。……私がこうして朝日を浴びられるのも、ケイドのおかげなんですよね。本当に、ありがとうございます」
「まあな」
一切謙遜せず、ケイドは偉そうに頷いた。
「でも、最後はラティアの力だった。俺に助けられるだけのお姫様じゃなくて、自力で活路を開いたんだ。立派だよ」
「……そ、そうですか? えへへ……」
彼女は照れくさそうに笑う。
「……ふふ。本当に、嘘みたい。私、旅立っちゃったんですよね」
「ああ。後遺症も残らないはずだ。なにせ〈エリクシル〉だしな」
「そういえば、どこから持ってきたんですか? あんな貴重品」
「ああ。火山に竜がいてさ」
ケイドは一部始終を話した。
「……首から鳥籠を提げてた!? それってもしかして!?」
「ああ、あの絵本の元ネタかもな」
「しかも、しかも! 話を聞いた感じ! ケイドはその竜の〈英雄〉に選ばれたんじゃないですか!?」
「英雄……? ……あっ!?」
〈英雄物語〉。それが原作の名だ。
このゲームはやたら裏設定が多く、”英雄”という存在にもしっかり設定がある。
(あのゲームの英雄は、”上位存在の庇護を受けた存在”のことだ……!)
……英雄物語というゲームは、神話の存在に振り回される”英雄”、つまり普通の人間たちの物語であった。
期せずして、ケイドはメインストーリーに強く絡む舞台へ上がっている。
(……ま、いいか! 邪神絡みのフラグはもう折れてるし)
闇落ちフラグを折った今ならどうにでもなる。
最悪、別の国に避難しておけばそれで済む話だ。
「すごいですよ、ケイド! 英雄ですよ英雄!」
「別に、あの竜が上位存在だと決まったわけでもないんだし。っていうか、”英雄の卵”みたいな呼び方されてたし。まだ英雄認定されてないんじゃないか」
「そ、そうなんですか……じゃあ、頑張って英雄になりましょうよ!」
「うーん……」
原作ゲームだと、上位存在からの庇護を貰うことで特殊なスキルや魔法が使えるようになったり、特殊システムが開放されたりしていた。
面倒くさい相手と付き合う羽目になるが、恩恵は大きい。
「上位存在の英雄になったら、自由に旅をしてられなくなるんじゃないか?」
「あ、それもそうですね。英雄らしい仕事しなきゃいけないですもんね」
そっか、とラティアは納得した様子だ。
「でも、神様のほうがケイドを放っておかないと思いますけどね、私」
「流石にそれは買いかぶり過ぎだよ……ん?」
ドンドン、と扉が叩かれた。
「おーい、もうすぐ朝飯の時間が終わっちゃうよー! 食うなら来なー!」
宿のおばちゃんが彼らに声をかけ、どたどた階下に戻っていった。
「……歩けます?」
「いや、今はちょっと……」
「じゃ、ご飯だけ貰ってきますね」
部屋に一人残されたケイドは、ふいに気持ち悪い笑顔を浮かべ始めた。
(……俺とラティア、告白して付き合ってるも同然の関係なんだよな……一つのベッドで寝ちゃうぐらいの関係なんだよな……あんなにかわいい娘と……)
筋肉痛がなければ、枕に頭をうずめてじたばたしたいところだった。
(つーか、好みから違うとか何とかいってあんなにかわいい娘を振ろうとしてた昔の俺、正気か!? はー、わかってねえな昔の俺は! だいたい、どこを取っても完璧にかわいいだろ! まだ成長途中だし、あの控えめな胸もそのうち……!)
「……ケイド? すごい顔してますけど、熱でも……?」
「な、なんでもない! なんでもないぞ!」
妄想顔を目撃されて、ケイドは必死に誤魔化した。
ベッドサイドのテーブルに、シンプルなパンと野菜スープが置かれる。
……ラティアはしばらくケイドの顔を見つめてから、意を決して言った。
「一人で食べれますか?」
「……! いやー、その、ちょっと腕を動かすのも辛いかも……?」
ラティアからのパスを受けて、ワンツーで更にパスを返す。
「じゃ、じゃあ……はい、あーん」
(決まった! ゴールだっ! うめえ……! うめえよ……! かわいい恋人にあーんしてもらって食う飯はうめえ! これは世界の真理だ……!)
「うへへへ……」
「あの、ケイド? ほんとに熱はないんですか?」
心配そうな顔で、ラティアが額へと手を当てる。
「うわっ!? すごい熱……!」
(あ、そういえば俺も生まれつき病弱だったっけ……このフワフワ感は恋愛的なアレじゃなくて風邪だったのか……)
それから数日ほど、ケイドはこの上なく幸せそうな顔で寝込んだ。
- - -
「ん……」
瞳を開けても真っ暗だ。
夜中に起きてしまった。ふわふわと熱に浮いたような痛みがある。
なんだか懐かしいな、とケイドは思った。
はっきり物心がつく前の幼少期には、よく体調を崩していたものだ。
「起きましたか?」
窓から外を眺めていたラティアが振り返る。
「少し待っててくださいね。汗を拭きますから」
「い……いや、いい。自分でやれるよ」
タオルを借りる。びっしょりと滲んだ汗を拭った。
……やった後で、これ何も言わなければ看病してもらえたんじゃん、と気付いてケイドは内心で唸った。
「寝言で聞いたんですが」
ラティアは汗の滲んだタオルを水バケツに漬け、窓の外で絞る。
「ぷろげーまー、って何なんですか?」
「……あー」
熱でふわふわした状態でも、言うべき時は今だ、と分かった。
「俺、転生者なんだ」
「転生?」
「そう。前世がある。ここじゃない世界の記憶が」
「ああ……。少し変わった人だなあ、と思ってはいましたけど、納得ですね」
両親の言っていた通り、さほど珍しくもない、のだろう。
ここはファンタジーの世界なのだ。
「俺は、その世界で死ぬ前に、あるゲームを……〈英雄物語〉っていう遊戯をやった。この世界を舞台にしたゲームだった。作ったのは、あの邪神ニグロムだ」
「邪神が?」
「そう。一緒に世界を支配する仲間を探してたらしい」
ケイドは弱々しくラティアを見た。
「俺は、邪神と相性がいいらしい。俺はいずれ人を殺す、だのなんだの散々なこと言われたよ。でも、たぶん事実なんだ、俺は……」
彼は自嘲的な笑みを浮かべる。
「一度生まれ変わった程度で、人間の根本が変わるか、って邪神に言われたよ。その通りだと思う。結局、俺なんて……」
「ケイド。私を見てください」
「……かわいいな」
「ん、そ、そういうのではなくて……」
ラティアは照れながらケイドの額を拭った。
「もしも前世のあなたが、自分で言うような悪人だったとしたら、あなたは私を助けていましたか?」
「どうだろう……」
「前世がどうあれ、今のあなたは、間違いなく良い人ですよ。あなたの両親だって、きっと同じことを言います」
「そうかな……?」
「ええ。そうです。ご両親からも、話は聞いてますよ。二人が危険に巻き込まれることを避けようとして、一人で危険な隠し通路に踏み込んだ、とか……」
ラティアは両手でケイドの頬を包んだ。
「前世でどんな人だったとしても。私が知っているケイド・シニアスは。とっても素敵で優しい、私の大好きな人です。それだけは、絶対に、真実なんです」
ラティアが唇を近づける。ほんの一瞬だけ、二人の唇は触れ合った。
「……う、うへへ……」
緩みきった顔になったケイドが、すぐに寝息を立て始める。
年相応の、子供らしい寝顔だった。
- - -
「いや、迷惑かけてすまなかった、おばちゃん。一応、風邪が移らないように部屋は掃除しといたよ」
「じゃあ、お世話になりましたー!」
数日後、体調が戻った二人は宿を発った。
「あいよー。これからも仲良くしなよー!」
のんびりした田舎道へ出て、二人は立ち止まる。
「さて、どうするかな……」
特に目指すべき目的地もない。
王都周辺は避けるとしても、選択肢は無数にあった。
「ラティア、どこか行きたいところってあるか?」
「そうですね……」
彼女は少し考え込んだ。
「ケイドと一緒なら、どこでもいいですよ?」
「!!!」
居ても立ってもいられなくなり、彼は走り出した。
(ぐあああっ! 砂糖を鼻からキメてるみたいな甘さだっ! た、耐えられない……! イキリ陰キャゲーマーの俺には耐えられない甘さ……っ!)
「ちょ、ちょっと? そ、そっちの方角ですか? 何があるんですか?」
「わからん!」
「ええ!? ……まあ、それならそれで! 行っちゃいましょう!」
こうして、闇落ちフラグを折りきったケイド・シニアスは、恋人と共に未知の世界へと旅立った。
何が待ち受けていようと、今の二人ならばきっと乗り越えられるだろう。
「……馬っ! 馬忘れてた!」
「あっ!?」
その後、二人はすぐに小走りで宿の前にまで戻ってきた。
……どたばたした様子で馬に乗る二人は、屈託のない笑顔であった。ケイドが転生直後に決意した”幸せになる”という目標は、この上なく達成されている。
――――――――――――――――――――――――――――――――
(あとがき)
というわけで一区切りです。ここまでお読みいただいてありがとうございました。多くの読者様に読んでもらえて嬉しいです。
ここから先は構想と簡単なプロットがあるだけの状況でして、今は続きを書くべきか次回作(さっき息抜きに書いていた作品を投稿開始したので、正確には次々回作)を書くべきか悩んでいる状況です。ひとまず完結扱いにしておきます。
いろいろ胃が痛くなったりもしますが、それでも皆様の反応が活力の源です。
ほんと、読んでくれてありがとね!
闇堕ち貴族転生 ~悲劇の悪役に転生したゲーマー、闇堕ち原因を排除してハッピーエンドを目指す~ 鮫島ギザハ @samegiza
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