第八話② やるかやらないか、それが問題さ。


「本当にやるの、ノア?」

「あっ、ゴンちゃん」


 ジェニーと別れた僕がいそいそと用意していると、ゴンちゃんが来てくれた。今僕は、サラと一緒になってとある準備をしている。服を用意してくれていたサラと一緒に、女性用ブレザーを来たムキムキマッチョの彼の方を見た。


「うん。まあ、こんなんで償えるなんて欠片も思ってないし、正直的外れな気もしてるけどさ。他に何も思いつかなくて……」

「そ、そう。まあ、もう当日になっちゃった訳だし、相談されて良い案が出なかったのはアタシにも責任があるっちゃあ、る、け、ど……」

「良いじゃない、別に」


 二人して本当に大丈夫なのか、と不安になっている中で、サラは事も無げに口を開いていた。


「ジェニーちゃんの為に何かしようって、真剣に悩んだ結果なんでしょ? 他に思いつかなかったんなら、もう仕方ないじゃない。今さら止めなんてできないだろうし、もう時間もないわ。男なら腹をくくりなさい」

「ゴンちゃん。僕のガールフレンドがすごい辛口なんだけど、ミルクはもらえるかい?」

「生憎今はないのよ。コーラで我慢してね」


 激辛に炭酸とか、もう酷いことになるのが目に見えてくるね。涙が出ちゃうよ。


「それよりかサラ。君、ラブリーチャーミーショックは大丈夫なのかい?」


 それはともかくとして、僕はサラにずっと聞きたかったことを質問した。あの日以降、サラは特に何も変わった様子がないままに生活している。僕のお見舞いに来てくれた時だって、その際にパパと話した時だって、普通にしていた。

 ウチのパパがラブリーチャーミーだと知った時のあの茫然っぷりはただ事じゃなかったから、後でフォローを入れておかないと駄目かなーって思ってたんだけど。


「ラブリーチャーミー先生がどうかしたの?」

「いやだって。僕のパパがラブリーチャーミーだって知って、君は相当のショックを……」

「何言ってるのノア? ラブリーチャーミー先生は可憐な少女作家さんじゃない」

「…………」

「…………」


 僕は思わず、ゴンちゃんと顔を合わせた。あの放送の内容を当然ゴンちゃんも見ていたし、相談した際に一緒にサラの事も話していたから彼も事情は把握している。

 その上で、僕らはもう一度顔を見合わせた。


「「ワンモア」」

「? ラブリーチャーミー先生って花も恥じらう可憐な女流作家じゃない」

「「いやいやいやいやいやいやいやいやッ!!!」」


 心底不思議そうな顔をしているサラの前で、僕はゴンちゃんとハモった。ツッコミのデュエットだった。おいおいおいおい。サラ、君は何を言っているんだい?


「落ち着いてサラ。ラブリーチャーミー先生はノアのお父さんだったでしょ?」

「そうだよサラ。あの放送で全国に知れ渡った訳だし、今さらそんなこと……」

「そんな訳ないじゃない。ラブリーチャーミー先生は女の人よ。花を好み、詩を書き、そして乙女心の伝道師なんだから」


 サラが言っているのは、パパが正体を明かす前に出版社がでっち上げていたラブリーチャーミー先生の設定だった。あれだけ大々的に発表していたにも関わらず、彼女は未だ偽物のラブリーチャーミー先生を信じている。つまり。


(ねえゴンちゃん。これってまさかさ)

(そうねノア。現実が上手く呑み込めていないか、あるいは意地でも信じたくないかのどっちかよッ!)

「?」


 僕らがひそひそ話をしている横で、純粋な顔のままに首を傾げているサラ。うん、その姿はとっても可愛いんだけど、そうじゃない。問題はそこじゃないんだ。君の中に偽りのラブリーチャーミー先生が未だに生きていることが、大問題なんだ。


「サラ、よく聞いてくれ。ラブリーチャーミー先生は僕のパパだ。家では全裸で筋トレしてるような、筋肉ムキムキマッチョマンの変態なんだ。目を覚ましてくれ」

「何言ってるのノア? 私はちゃんと起きてるわよ」

「頼むッ! 現実を、真っすぐ見てくれ……ッ! 僕に過去を悩むんじゃなくて、今これからすることが大切なんだって道を示してくれた時の君に戻ってくれ……ッ!」

「もう、ノアったらジョークが上手いんだからッ! ラブリーチャーミー先生が筋肉ムキムキマッチョマンなんて、笑っちゃうわッ!」

「サラァァァ……ッ!!!」

「駄目ね、これ。重症だわ……」


 両の肩を掴んで説得を試みた僕だったけど、サラには全く通じなかったよ。遂にはゴンちゃんがため息をついてる始末だ。うん、どうにかなる未来が全くを持って見えないや、ハハハッ!


「サラはまた今度ってこととして……ノア。そろそろ時間じゃない?」

「本当だ。もう、こんな時間じゃないか」

「大変ッ! 早く仕上げなきゃッ! ノア、大人しくしててねッ!」


 そうこうしてるうちに時間になっちゃった。サラのこともあって忘れかけてたけど、これ、本当に大丈夫かなぁ? サラが最後の仕上げをしてくれている中で、再び僕の心に不安が灯る。


「大丈夫よ、ノア」


 そんな僕の内心を見透かしたかのように、ゴンちゃんが声をかけてくれた。


「男は度胸、何でもやってみなさい。案外、思ってたよりも上手くいくことなんていくらでもあるわ。でもそれは、やった人だけの特権。何もしなかったら、何も得られないのよ。だったらいっそ、やってみる方がお得じゃないッ! 大丈夫、アタシもサラもついてるんだから。頑張って、お、に、い、ちゃんッ!」


 ゴンちゃんは茶目っ気のある声色でそう口にすると、大きくウインクをしてくれた。本当に、君にはいつも元気づけられるね、ゴンちゃん。


「そうよノア。やると決めたなら、あとは勇気だけ。一歩踏み出してみれば、違う景色なんていくらでも広がってるわ。踏み出せないなら私も一緒に行くからさ。だから、行きましょう」


 サラも僕に向かって笑顔をくれた。あとは勇気だけ、か。そうだよね。もう時間もないし、悩んでたって何が解決する訳でもない。


「ありがとう、ゴンちゃんにサラ」


 改めて、僕は二人にお礼を言った。こんなに素敵な友達とガールフレンドがいるなんて、僕は本当に幸せ者だね。


「頑張ってくるよ、ゴンちゃん」

「やってきなさい、ノアッ!」


 僕はゴンちゃんと握手をした。力強い彼との握手で、また少し勇気をもらえた気がする。


「サラ」

「何、ノア……」

「ん」

「ッ!?」


 そして、僕はサラにキスをした。軽く、唇を触れ合わせるくらいのキス。彼女はびっくりした顔をしていたけど、僕は程なくして唇を離した。


「君のお陰で今がある。僕は君を愛しているよ、サラ」

「な……な……」

「あんらぁッ! 見せつけてくれるじゃな、い、のッ!」


 顔を真っ赤にしたサラの横で、ゴンちゃんが両手を頬に当ててクネクネと動いている。うん。二人とも、僕なんかにはもったいないくらいの、素敵な人達だ。


「じゃあ、行ってくるね」

「頑張ってきなさいよ、ノアーッ!」

「……ハッ!? の、ノアッ! 戻ってきたら私のファーストキスを奪った責任取りなさいよねーッ!」


 二人に手を振って、僕はメインステージへと向かう。今からメインステージで、僕とパパによるジェニーのお誕生日祝いが始まるんだ。パパのサプライズの後に、僕が続く。

 パパからもらった写真でもって、用意は万全だ。まさか女の子と見間違うくらいの自分の顔に感謝する日がくるなんて思いもしなかったけど。チャイニーズ曰く、塞翁がホースだっけ? 何が起きるか解らないものだなぁ。


 そんなことを思いながら、僕はドレスのスカート翻してメインステージを目指した。

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