第六話③ こういう時の為の編集者だぜ、先生。


「見つけましたよ先生ッ!」


 警察署を目指して街中を疾走していたマイケルを呼び止める声があった。彼の担当編集である、ローガンである。全力疾走しているマイケルの横にピッタリと並んだ彼は、


「今度こそは〆切りを守っていただきますよッ! 今日が連続〆切りブッチチャレンジに引導を渡す……」

「すまないローガン。原稿は出せない」

「は、ハアッ!?」


 マイケルの断定的なその言葉に、ローガンは目を丸くした。彼らは相変わらず走っており、互いに減速する素振りを見せない。


「何を言っているんですかッ? 原稿が出せないなんて冗談じゃないですよッ!? そんなことするくらいなら連載の打ち切りも……」


 遂には切り札である契約打ち切りまで取り出したローガン。それは作家であるマイケルにとっての、クビ宣告に近いものであった。作家である彼は個人事業主として出版社と契約し、自身の作品を雑誌連載や本の出版を行っている。つまり契約が切られてしまえば、彼に作品を出す手段が失われてしまうのだ。

 もちろん、自費出版やネット上にある小説投稿サイト等に出すことはできる。しかし、メディア媒体を使った宣伝等ができないこと。そして契約を切られた、やらかした作家と世間に認知されてしまうことで、どうしても売り上げは減ってしまうだろう。そうなってしまえば、今後何を書いたとしても売れない可能性すらある。筆を折ることになってしまうことすら、考えられるのだ。


「打ち切ってもらって構わない。私には今、原稿よりも優先しなければならないことがある」


 それを全て承知の上で、マイケルはそれでも良いと言った。言い切った。今の彼には仕事やその後の生活なんかよりも、大切なものがある。


「娘が行方不明になったんだ。私は仕事よりも家族を取る。君にはすまないと思うが、もう二度と、家族を失いたくないんだ」

「……待ってください、先生」


 言い切ったマイケルに対して、ローガンは待ったをかけた。目の前に立ちはだかった彼に対して、マイケルは足を止める。


「邪魔をしないでくれ。早く警察に行って、ジェニーを探してもらうようにお願いしなければならないんだ」

「先生。家族の一大事であるならば、もっと効果的な方法をやりましょう」


 しかし次にローガンから放たれた言葉に、マイケルが目を丸くする番であった。


「先生自身が大勢の前で捜索を呼びかけるんです。警察だけじゃなく、市井の方々にも手伝っていただきましょう。行方不明者を探すなら、人海戦術が一番です。丁度いいイベントがあるんです。私が直接掛け合ってきましょう」

「ま、待ってくれッ!」


 付き合いが長くなってきたとはいえ、マイケルは自分の担当編集がこんなことを言うなんて信じられなかった。いつも原稿原稿言っていた姿しか見ていなかった彼からしたら、ローガンの言葉が信じられない。


「心配ありません。そのイベントには私のコネがありますので、すぐに約束を取り付けてきます。ついでにテレビ局にも話をつけてきましょう。大丈夫ですよ。大型スポンサー出身である私の言うことを、向こうも無碍にはできないでしょうから」

「い、いや、そんなことよりッ! 私の顔出しは絶対にNGだったんじゃないのかッ!?」


 現在マイケルはラブリーチャーミーというペンネームで、『あなたに届いた私の運命』という純愛物語を書いている。乙女心の伝道師として、世間からは絶世の美少女であると認識されており、出版社も作品イメージを損ねないようにとマイケル自身を表舞台に絶対に出さないようにしていた。ローガン自身が、口を酸っぱくして何度も言っていたことでもあった。

 そんな彼がテレビに出ろと言うのだ。今までの話とは真逆である彼の言葉に、驚きしか芽生えてこなかった。


「お子さんの命には代えられません」


 そんなマイケルの疑問を、ローガンは一言で斬り捨てた。


「確かに私達は作品を世の中に出し、楽しんでもらうことが仕事です。しかしそれは、楽しんでくれる方々がいて、初めて成り立つもの。一読者も守れない私達に、大勢を楽しませることなんてできません。ましてやその作品を生み出す側の家族なんて、読者どころか先生と同じくらい大切な人じゃないですか。ここで立たずして、何が編集者か」


 ローガンはスマホを取り出すと、すぐに関係各所への連絡先を表示させる。最早タッチ一つで、向こうへの電話がかかる状態だ。


「それに、打算的な部分もあるんですよ? 貴方は以前奥さんを失った際、失意の為に休載せざるを得なかった。再度同じことが起きたら、今度こそファンに見限られてしまうかもしれない。ならばここは、切れる札を全て切って勝負に出るところです。持てる全てを駆使して娘さんを助け出し、そして連載も終わらせない。命も、売り上げも、両方得てみせる。こう見えて、私は欲張りですからね。全部救わないと、気が済まないんですよ」

「ろ、ローガン君」

「さあラブリーチャーミー先生ッ!」


 ローガンは往来でスマホを持っていない片手を上げて、彼のペンネームを呼んだ。それは極秘扱いしていた情報を表に出すことを、決心した証でもある。


「やりましょう。ジェニファーちゃんを、必ず助け出すんですッ! そして連載の原稿もッ!」

「任せておけッ! 私を誰だと思っているッ!? 乙女心の伝道師、ラブリーチャーミー大先生だッ!!!」


 マイケルはローガンとハイタッチを交わした。それは、心を決めた証でもあった。力強い感触を得たローガンはニヤリと笑うと、釣られてマイケルもニヤリと笑い返す。そしてローガンは、すぐに関係各所に連絡をし始めたのであった。もちろんマイケルも、警察への届け出は忘れずにした。



『只今より臨時放送を行います。月間『王女の園(プリンセスエデン)』で活躍されているラブリーチャーミー先生から、街の皆さんにお話があります。市内の野外フェスの会場より、生中継でお伝えします』

「えっ、嘘。ラブリーチャーミー先生からッ!?」

「えええッ!?」


 街中でジェニーを探していたら、急にビルについている大型モニターからそんな放送が流れてきた。街を行き交う人たちがなんだなんだと足を止める中、ラブリーチャーミー先生と聞いて思わず立ち止まったサラだったけど、それは僕も同じだった。だって、そのペンネームは……。


『皆さん、初めまして。私がラブリーチャーミーです』

「えっ……嘘……あれって」

「パパッ!?」


 やがてスクリーンに映ったのは、ドラム等が設置された野外フェスの舞台に立っているスーツ姿のパパだったからだ。驚愕の事実にサラは茫然としているが、僕も目を見開かずにはいられない。

 だってパパがラブリーチャーミー先生だってことは、あのローガンさんが必死になって止めるくらいの秘匿情報だった筈なのに。


『偽物ではありません。サインもこの通りです。何なら筆跡鑑定をしていただいても構いません。作品イメージもあり、公の場に姿を出さなかった私ですが、この度編集者さんのお力添えもあって、放送にて素顔を晒すことにしました。それもこれも、皆様にお願いしたいことがあったからです』


 編集者の力添えって、まさかローガンさんがこれを了承したって言うのかいッ? その名を口にするだけでアッパーカットを繰り出していた、あのローガンさんがッ!?

 そしてスクリーンに映し出されたのは、ジェニーの写真だった。


『これが私の娘、ジェニファーです。彼女が本日未明、行方不明になりました。つきましては皆様に、情報提供をお願いしたいのです。彼女を見かけてという方がおりましたら、ご連絡くださいませんか? 謝礼も出させていただきたいと思います……助けて、いただけませんか?』


 やがて頭を下げたパパの声は、震えていた。


『私は以前、長期で休載したことがありましたが……あの時は妻を失ったのです。今でも夢に見ます。冷たくなってしまった彼女を抱いた時、まるで心を二つに引き裂かれたような激しい痛みに襲われました。そして今、私の娘であるジェニファーが、家を出てしまいました。原因は、私の不義理です。妻を失って心が弱っていた私は、息子にも娘にも向き合えず、安直な嘘を教えて落ち着かせてしまいました。全て、自業自得なんです……それでもッ!』


 顔を上げるとそこには、真剣な表情のパパがいる。瞳にいくらかの涙を含みながらも、それを零さないようにと力んでいるようにも見えた。


『それでも私はッ! もう家族を失いたくないんですッ! 妻に続いてジェニファーまで失ってしまうなんて、耐えられないんですッ! 私も、そして街中を必死に探し回ってくれている息子も、とても辛い思いをしている筈なんですッ! それをどうすることもできない私は、一人の父親として、あまりにも無力だ……だから、助けてください』


 パパは遂に舞台の上で土下座をした。大きい筈のパパのその身体が、とても小さなものに見えた。だけどそれだけじゃなくて。大切なものを、ジェニファーを。恥と外聞を捨ててでも助けようとする、本気の思いが伝わってきた。


『私に家族を、取り戻させてください』


 その言葉以降、パパは何も言わなかった。言うべきことは尽くした、ということなんだろうか。野外フェスに来ていたみんなは、何も言えないままに静まり返っている。当然、僕の周りの街のみんなもそうだ。いきなりそんなことを言われても、対応なんてできないだろう。

 だけど、それでも。この放送は役に立った筈だ。みんなの頭の片隅にジェニーの写真があれば、ひょっとしたら何かの拍子に見つかるかもしれない。その気がなくても覚えてさえいてくれれば、それで。


『……おいおいいつまで土下座してんだよ?』


 やがて、モニターの向こうの会場で、誰かが声を上げていた。

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