第六話④ レディース、アンド、バーバリアンッ!!!


 マイケルが土下座している舞台に、ギターを持った若い男が現れた。最近勢いに乗っているバンド、『Team R’s』のボーカル、エドワードだ。


「俺達は今日のフェスの為に、ファンに応えようと必死になって練習してきたんだぞ? それが何だ? 娘が家出したから探して欲しいだぁ? ディレクター伝手で割り込んできた有名人かなんか知らねーけど、あんまし勝手なことしてんじゃねーぞ?」


 黒髪長髪で切れ目を持つイケメンである彼は今、上半身が裸のまま顔を不服そうに歪めながら、彼に近寄っていく。


「本当にすまないと思っている。フェスを台無しにした賠償金だって、ちゃんと払うつもりだ。君たちは今からライブだろうし、無理は言えない。ただ一人でもジェニファーを探してくれる人がいればと……」

「だーかーら。それが勝手なことっつってんだよ」


 やがて彼以外の三人のメンバーも続々と舞台にやってくる。『Team R’s』のメンバーはエドワードを入れて四人。全員男性だ。太っている一人はドラムの席に座ってスティックを構え、眼鏡姿の引っ込み思案っぽい男性はベースギターを。もう一人の子どもかと思うくらいの小柄な男性はエレキギターを構えて、音の確認を行っている。


「確かに、俺達は今からライブの予定だった。アンタが割り込んでこなきゃ、今頃はここに集まってくれたファン達に、最高のライブをお届けできてただろうぜ。だがな……」


 エドワードがそこまで言ったその時、彼はギターを勢いよく鳴らした。その瞬間、エレキギターの音色が音響機器を通して会場中に響き渡る。やがて舞台の中央の床下から一本のマイクが上がってきた。彼はその前に立ってマイクが入っていることを確かめると、静かに言葉を吐いた。


「……俺達がアンタの娘を探さねーなんて、一言でも言ったか?」


 その瞬間。ドラムの彼が勢いよく叩き出し、それに合わせてベースと二つのエレキギターが奏でられる。間近で鳴らされた綺麗なメロディの威力に、マイケルは腹部が震えるのを感じていた。


「俺達はTeam R’sッ! さあ、今日もイカれたメンバーを紹介するぜッ! まずはドラムッ! ピザでも食ってろデブこと、コレステロールのダンッ!」

「ピザは飲み物ッ! ポテトはサラダッ! フライドチキンはスナック菓子ッ!」


 エドワードに紹介されたダンが、ドラムを鳴らしながら声を上げる。彼の声によって、呆気に取られていたファン達が、少し声を上げた。


「お次はベースッ! FBI長官を親父に持つ家柄だけは凄まじい陰キャ、コネのポールッ!」

「じぇ、ジェニファーちゃんが行方不明になったことは、も、もうお父さんには連絡済みさ……ふ、フヒヒ」


 続いて紹介された黒縁丸眼鏡で長い前髪で顔を隠したポールが、ベースギターで低音を奏でながらマイケルにそう言った。ファン達がまた、歓声を上げている。


「続けてギターッ! 年齢に身体がついてこられなかった合法ショタッ! チビのマークッ!」

「誰が合法ショタだ、おれはチビじゃねーッ! 可愛いっつったらぶっ殺すッ!」


 次に紹介された背の低い彼は、逆立てた茶色の髪の毛を震わせる勢いで叫んでいた。ファンから「可愛いーッ!」という声が飛んできて、「うるせェェェッ!!!」と返していた。


「最後に俺ッ! ギター&ボーカルのエドワードッ! このバンドのイケメン担当だッ! 惚れるなよ、お前ら?」

「「「キャーッ!!!」」」


 最後に自分で自分を紹介したエドワードが、流し目のままにウインクしたその瞬間、会場からひと際大きい歓声が上がった。


「これが俺達、Team R’sッ! またの名をォォォ……」

「「「Team ロリコンズッ!」」」

「は?」


 エドワードの掛け声に対して、ファン達がお決まりのフレーズを返す。その言葉に、マイケルが凍り付いた。一体こいつらは、今なんと言ったのか? 聞き間違いだと信じたい彼であった。


「可愛い幼女を愛するのが俺達の生き様だァッ! バンドで得た儲けのほとんどは、恵まれない子どもが多い孤児院への寄付に当てるのが俺達のやり方よォッ!」

「お陰でせっかく売れ始めたのに、生活は全然豊かにならねーんだけどな」


 勢いの良いエドワードに対して、マークが愚痴を吐いていた。なまじやっていることが良いことである為に、マイケルはとても複雑な感情を抱いていた。


「んなことは些細なことよォッ! お前ら、さっきの写真見なかったのか? あんなに可愛いジェニファーちゃんが行方不明たァ……俺達ロリコンの出番だろうがよォォォッ!!!」


 観客を煽るような言葉と、二本のギターの音色。そこにドラムとベースも合わさって一つの旋律となったそこに乗せる、彼の叫び声。それはまさに音楽であった。


「お前らッ! フェスライブは一時中断だァッ! そもそも一人の父親が、恥を捨てて娘を助けてくれって頼んでんだ……断る奴がいるのかッ!? 俺のファンやってて、幼女のピンチに駆けつけられねぇそんな腰抜けがいんのかッ!? いねーだろーがよォォォッ!!!」


 そこまで叫んだ時に、エドワードはギターを舞台に置いた。合わせてダン、ポール、マークの三人も楽器を置いた。


「行くぜッ! レディース、アーンド、バーバリアンッ! 俺達の力で、ジェニファーちゃんを見つけ出すんだァァァッ!!!」

「「「ウォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」」」


 最後にマイクに向かってエドワードがそう叫んだ後、集まっていた観客達が一斉に走り出していた。口々にジェニファーの名前を叫んでいることからも、彼女を探そうとしていることは明らかである。

 やがてはエドワードもマークもダンも、駆け出して行ってしまう。

 

「さ、さて。き、君は一緒に来てくれよ、ま、マイケルさん」


 そんな中。マイケルはコネのポールに肩を叩かれていた。



「こ、こんなことがあるのかい……?」


 僕はTeam R’sに煽られてジェニーを探し始めたフェスの観客を見て、唖然としていた。いや、いや。確かに最近勢いのあるバンドだし、アーティストの方々は観客を盛り上げるのが上手いから、扇動することだってできるとは思うよ?

 で、でもまさかこんな規模になるなんて……。


「……俺も探してみっか」


 すると近くにいた男性が、そんな声を上げていた。


「あの勢いはよく解らんけど、家族の一人がいなくなっちまったんだろ? 少しくらい、手伝ってやろうぜ?」

「そうね。あんな小さい子が一人なんて、危ないったらないわ」


 その男性と一緒にいた女性もそう言って、二人は辺りを見回しながら歩いていく。えっ? もしかして、探して、くれてるのかい?


「お店は臨時休業にさせてもらいます。あのジェニファーちゃんを探さなきゃ」

「すみません、課長。営業回りに出ておりましたがちょっと急用が……ええ、そうです、ジェニファーちゃんです。ええッ? 課長もォッ!?」

「ポスター作ったぜッ! すみませーん、この娘を探してるんですけどーッ!?」


 彼らだけではなく周りを見て見ると、街の人々が続々と自分らの仕事を放り出して、ジェニーを探し出し始めている。まさかさっきの映像の効果が、ここまで広がっているなんて。


「さ、サラ……」

「嘘、嘘よ……ラブリーチャーミー先生は花も恥じらう乙女じゃなかったの? あんなに繊細な乙女心を書いてくれた人が、あの筋肉モリモリマッチョマンでノアのパパ? えっ? えっ?」


 駄目だ。さっきまであんなに心強かったサラが、ラブリーチャーミーショックで全く使い物にならなくなってる。そりゃ可愛い女の子だと思って尊敬してた相手がムキムキの男性で、しかもボーイフレンドのパパとなったら、そりゃ思考回路もショートするよね。


「……貴方がノアさんかい?」


 一度電源を引っこ抜いて放電して、もう一回サラを再起動させようかと思っていたら声をかけられたよ。振り返ってみると、そこには白い布を巻いてる古代ギリシャ人みたいな恰好をしたクルクルパーマの男の子がいた。


「そう、だけど。君は?」

「ぼくの名はハワード。ジェニーのクラスメイトさ……まだ」


 現れたのは、ジェニーのクラスメイトを名乗るハワード君だった。こんなに強烈な子が、同じクラスにいたんだね。ちょっとびっくり。っていうか、まだ? まだってどういうことなんだい?


「やはり美しい方だ。これが男性だなんて、未だに信じられないよ。最も、ぼくがこの世で一番美しいと思っているのは、ジェニーただ一人だけなんだけどね。あの子の美しさは芸術だ。肉親である貴方も、そうは思いませんか?」


 自分に酔っているみたいな言い回しを始めたハワード君。うん、多分ヤバい子だ。そう言えばジェニーがいつぞや、変なストーカーに付きまとわれてるって言ってたけど、もしかしてこの子かい? 変っていうステージじゃない気がするんだけど。


「ま、まあジェニーは可愛いけどさ。ごめんね、今、そのジェニーがいなくなっちゃってさ。探さなきゃいけないんだ。悪いけどこの辺で……」

「ジェニーの行き先に心当たりがあるんだ」


 そのままやんわりとその場を後にしようと思っていたけど、次にハワード君が言った言葉を僕は聞き逃せなかった。今、君は、何て言ったんだい?


「ほ、本当かい?」

「愛するジェニーのことで、嘘なんかつかないよ。それに今回の騒動については……ぼくの所為なんだ」


 更に続けて彼が放った言葉は、更に聞き逃せないものだった。ハワード君が、今回の騒動の、元凶?


「そ、それって……」

「詳しいことは後で。とにかく今は、ぼくの心当たりの場所に急ぎませんか? 向かいながら、お話しますから」


 そう口にしているハワード君の顔は、とても浮かないものとなっていた。後悔している、という様子がありありと解る。


「……うん、解った。とにかくその場所に、案内してくれないかな?」

「はい……お義姉さん」


 兎にも角にも、僕はハワード君に連れられて、街はずれを目指すことになった。サラは話しかけても全く反応してくれなかったので、チャットアプリに行き先だけ送って、置いていくことにした。彼女なら多分、自力で立ち直れるから。

 ただハワード君。人のことを初対面でお義姉さんって。隙あらばこっちの家族に入り込もうとしてくるあたり、良い根性してるなぁとは思った。うん、申し訳ないと思ってるなら、それ相応の態度を取ってて欲しいな。あんまり図々しいと、こっちも色々と考えなきゃいけないからさ。


 あと百歩譲ったとしても、僕はお義兄さんだ。二度と間違えないでよね。

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