序章② 知っているかい? ミルク一杯にはミルク一杯分のカルシウムが入ってるんだぜッ!
「やっと大人しくなったか。さあ金を出せ。言うことを聞くなら、命は見逃してやる」
静かにしたら、強盗さんがお金を要求してきたわ。そっか、強盗さんはお金が欲しかったのねっ! ようやく向こうの意図が解ったわっ!
「も~、欲しいものがあるならちゃんと言わなきゃダメじゃないっ!」
「最初っから言ってんだよこっちはァァァッ!!!」
どうして強盗さんは怒ってるのかしら? あれねっ! 早くお金を出さないとダメなのねっ! わたしは急いで戸棚に隠しておいた自分の貯金箱を持ってきたわ。
「はい、強盗さんお金。いつか帰ってくるママにご馳走してあげる為に取っておいた、わたしの大切なお金っ! 持っていって?」
「滅茶苦茶受け取りにくい金じゃねーかァァァッ!!!」
せっかくお金を渡そうとしたのに、強盗さんに拒否されちゃったわっ! 何故かしら、強盗さんとの対人関係っていうのは本当に難しいのね。
「わ、解った。受け取りやすい金ならこのウサギの財布に入っている。これで勘弁してくれ」
「なんだその顔に似合わないメルヘンチックな財布は? あとどうしてお前は裸なんだ……?」
やがてパパがお財布を取り出しながらそう言ったわ。そう言えばパパのお財布ってウサギさんのピンク色のやつだったわねっ! わたしがプレゼントしたふわふわモコモコのやつよ、可愛いでしょ?
でも強盗さんは顔を引きつらせてるわ。何故かしら? ウサギさんじゃなくて猫さん派だったのかしら? でもウサギさんは譲れないわっ!
「ほ、ほらッ! これだけあるから……」
「ほほう、結構持ってるじゃないか。よし、そこのチビ。お前がこっちに持ってこい」
パパが取り出したお札を見て強盗さんはご満悦。そして私をご指名してきたわっ! きゃっ、指名されちゃったっ! こういう時はこう言うのよね。わたしったら詳しいのよっ!
「ご指名ありがとうございまーすっ! ジェニファーでーすっ!」
「良いから黙って金持ってこいやァァァッ!!!」
この前見た『実録ッ! 水商売の裏側』っていうテレビ番組で見たわっ! 笑顔も言葉もチャーミングに決まったわねっ! でもどうして強盗さんはずっと怒ってるのかしら? 予習はバッチリだった筈なのに。
もしかしてカルシウムが足りなかったりする? この前の家庭科の授業で、カルシウムが足りない人はイライラするって勉強したものっ! お金と一緒に朝食に出てたわたしのミルクも持って行ってあげましょうっ! それが良いわっ!
「う、受け取るだけなんだよな? 娘には何もしないでくれるんだよなッ!?」
「それはそこのチビ次第だなぁ、お父さんよぉ。おいチビ、さっさと金持ってこい」
「はい喜んでっ!」
「ジェニー、お願いだからこれ以上余計なこと言わないでェッ!!!」
お姉ちゃんに必死にお願いされちゃったわ。一緒にあのテレビ番組見てた筈なのに、どうしてかしら? ひょっとして忘れちゃったっ!? もう、お姉ちゃんったらうっかり屋さんねっ!
わたしはそんなお姉ちゃんにウインクすると、パパからお金を受け取って、ミルクの入ったコップを持って、強盗さんのところに向かうわ。さあ、あなたがご指名したジェニファーが今お伺いするのっ! 笑顔で迎えてよねっ!
「ジェニファー、いっきまー……」
元気よく向かおうとしたら、つまづいちゃったわっ! 大変大変、どうしましょうっ!? こうなったら空中でその身を翻して華麗な着地を決めるしかないわっ! いつもやっているゲームでもキャラクターがそうしてる訳だし、わたしにできないなんてことはあり得ないっ!
ここで綺麗な動きを見せて、審査員から十点をもらうのよっ! 金メダルはすぐそこねっ! 授賞式ではなんてコメントしようかしら? 日頃の訓練の成果を出すことができました。うーん、惜しいっ! ゼロ点っ! そんなガチガチの真面目コメントじゃ視聴率は取れないわっ!
昨今のアスリートには、キャラクター性も求められているのよっ! ただ結果を出すだけじゃなくて、みんなから愛されなくちゃっ! わたしがその第一号になるっ! 頑張るのよジェニファーっ! 国民栄誉賞は目の前よっ!
あああっ! その前に床がもう目の前じゃないっ! 不味いわっ! まだ受賞コメントも授賞式の服装も何も思いついてないのにっ! 時間って残酷だわっ! 兎にも角にも、まずは着地を決めるのよっ! 千里の道も一歩から。目の前のことを順番にこなすことが、とんでもない所へ行ける第一歩なのよっ! さあ、刮目してっ! 注目してっ! わたしの十点満点の着地をっ!
この間、わずか零点五秒っ!!!
「へぶっ!?」
「ぎゃぁぁぁあああああああああああああああああああああああッ!!!」
失敗しちゃった、てへ。顔から床にぶつかって、痛さが百点満点よっ! いたーいっ! でも泣かないのっ! わたしはもう大人のレディーなんだから、転んだくらいで泣いたりしないっ! ぐすん。
でも強盗さんが悲鳴を上げてたわ。何故かしら?
「目、目がァァァッ!!!」
「今だッ! 取ったッ! パパッ!」
「任せろ娘よッ!」
「息子だよッ! もしもしポリスメン?」
顔を上げて見たら、いつの間にか強盗さんからピストルを取り上げたお姉ちゃんと、羽交い絞めにしてるパパがいたわ。その強盗さんの顔からは、真っ白な液体がポタポタ垂れてるの。どうしちゃったのかしら?
あれ? わたしが手に持ってたミルクはどこかしら? 家出なんてママは許さないわっ! こんな年から一人でお出かけなんて、あなたにはまだ早いのよっ!
「あっ」
と思ったら、床にミルクさんが入ってたわたしのコップを見つけたわ。いつの間に床に転がったのかしら? もしかしてテレポーテーション? できるなら是非とも教わりたいわっ! 会得できたらもちろん、限界まで寝てから学校にひとっ飛びよっ! 登校なんて地味な絵面をスキップしちゃうんだからっ!
「く、クソッ! 離せ、離せェッ! そして股間の距離をもっと離せェェェッ! 当たってんだよッ!!!」
「HAHAHAHAHAHAッ! 離さんよ強盗さん。こんなこともあろうかと、パパは日々鍛えているんだからなッ!」
「警察への通報も終わらせたから、観念するんだね。じゃあもう少しだけ頼むよ、パパ」
「任せろ我が娘よ」
「だから息子だっつってんだろッ!」
全く、なんてお姉ちゃんがため息をついているわ。その姿も可愛いっ! スマホが手元にないことが悔やまれるわねっ!
そしてわたしは、全部理解しちゃったわっ! わたしが強盗さんのところにお金とミルクを持っていこうとして、転んじゃった。その弾みでミルクが強盗さんの顔にストライクして、大変なことになっちゃったのよっ! その隙にお姉ちゃんがピストルを奪って警察に通報。パパが羽交い絞めにして身動きを封じたと、そういうことねっ! 謎は全て溶けたわっ! 解けたんじゃなくて溶けたのよっ! ミルクだけにっ!
「全部作戦通りよっ!」
「嘘つくんじゃねーよこのどチビがァァァッ!!!」
わたしがビシッと指を指してドヤ顔を決めたら、強盗さんに怒られちゃったわ。おかしいわね。さっきあれだけミルクを皮膚から吸収した筈なのに、まだカルシウムが足りないのかしら?
こうなったらサプリメントを取るしかないわっ! 味気ないのだけが難点かしら? ジャパニーズサバ味噌味とか出してくれたら良いのにねっ! 今度サプリメントの会社に企画書を持っていきましょうっ! イッツサバ味噌カルシウムっ!
「警察です。通報を受けてやってきました」
「どうも警察さん。強盗はこちらです」
「確かに、受け取らせていただきました。それではこちらにサインを」
「お疲れ様です」
「俺は宅配荷物か何かがゴルァァァッ!?!?!?」
そうこうしてる内に警察さんがやってきたわっ! パパが引き渡して、ちゃんとサインをしてるの。サインは大事よねっ! ちゃんとウチに来た強盗さんだって証明しないと駄目なのよっ! 産地はちゃんと書きなさいって、スーパーでも見たわっ! 産地直送の強盗さんよっ! わたしったら博識ねっ!
「畜生ァァァッ! 覚えてろよテメーらァァァッ!!!」
「さて、お前はこっちに来い。しかし活きが良いな。署まで冷蔵便で送ろう。鮮度を保たねば」
「冷蔵便って何ッ!? 最近のパトカーにはそんな機能まであんのッ!? つーか人のことをジャパニーズ刺身みてーに扱ってんじゃねーぞォォォッ!!!」
「さあッ! 気を取り直して朝食にしようか、我が娘達ッ!」
「はーいパパっ!」
「パパ、僕は息子だ。絶対に諦めないからね……あーあ、喉が渇いちゃったなぁ。マヨを補給しなきゃ」
気を取り直して、わたし達は朝ご飯に戻ったわ。マヨネーズを飲んでるお姉ちゃんの隙を見て追いハチミツしたら、バレて怒られちゃったっ! 今日は朝から怒られてばかりね。大丈夫っ! そういう日もあるわっ! これくらいじゃめげないんだからっ!
そうしてご飯を食べたわたしは歯を磨いたわ。芸能人は歯が命。わたしもいずれ芸能人になるんだから、今から大事にしなきゃ駄目よねっ! こういう細かいところとコーナーで差をつけるのが、人生で勝ち組になる為に大切なのよっ! 追い付いてごらんなさ~いっ!
歯を磨いたら学校に行く為にカバンを持って玄関から出かけるわっ! いつものように、お姉ちゃんとパパがわたしを見送りに来てくれるのっ!
「パパ、お姉ちゃん、いってきま~すっ!!!」
「「行ってらっしゃい、ジェニー」」
玄関の扉を開けたら、綺麗な朝日が昇ってたわっ! 良い天気っ! 今日も一日良いことがありそうねっ! 強盗さんは来たけど、そんなのは誤差よ誤差っ! 細かいことは良いのよっ! ミキサーにかけたら、何でもミックスジュースっ! チェリーと一緒に飲み干しちゃうんだからっ!
さあっ! 今日も頑張るわっ! どんな一日がわたしを待ってくれているのかしら? 今から楽しみねっ!
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