アイムジェニファー!

沖田ねてる

序章① おいおい強盗じゃないかッ!


 人生、笑ってれば何とかなるわっ!

 生きてて辛いことも、苦しいことも。学校で全くモテずキモイストーカーに追われるだけでも、無理矢理女装させられてミスコンに出場した挙げ句に優勝しちゃっても、原稿の締め切りブッチして編集長さんに土下座して謝罪文を掲載するハメになってもっ! 笑ってれば何とかなるわっ!

 笑顔は全てを流してくれるっ! 笑顔はみんなを幸せにしてくれるっ! この前の講演会で偉い先生が言ってたんだから間違いないわっ!


 それが例え。


「大人しくしろッ! 金を出せッ! そうすれば命までは取らないッ!」


 わたしの家に強盗が入ってきてピストルを向けられ、撃たれたら二秒であの世に昇天しちゃいそうな今でも。笑ってれば何とかなるわっ! さあ、みんなで笑いましょうっ!


「「「HAHAHAHAHAHAHAHAッ!!!」」」

「何笑ってんだテメーらァァァッ!!!」


 わたしとお姉ちゃんとパパ。家族三人で笑ったら、強盗さんに怒られちゃったわ。何故かしら? 解らないけど、怒られたのなら反省しなきゃ駄目よねっ! こういう時は自分の行動を顧みるのが大事なのよっ! この前学校で習ったわっ!

 さあ、思い出しましょうっ! 一体どうしてわたし達が強盗さんに怒られちゃったのか、今日の朝に起きてきたところから振り返ってみるわっ!


 大丈夫っ! 原因が分かれば、きっと強盗さんだって許してくれるっ! 間違ったのなら見直して、もう一度やり直したら良いのよっ! 手遅れなんて言葉はサンドイっチに挟んで食べちゃったわっ! ジャムとの相性が抜群だったわよっ!

 さて、思い返すわ。わたし達が朝起きてから強盗さんに叱られるまで、一体何が駄目だったのかを……。



 わたしジェニファーっ! ジェニファー=シーウォーカーっ! みんなからはジェニーって呼ばれてる、九歳の女子小学生よっ! そしてもうすぐお誕生日だから、十歳って言っちゃおうかしら?

 朝起きたから、腰くらいまでの長さの自慢の銀色の髪の毛を櫛でといて、おでこの真ん中で分ける。鏡に映った碧色の目と合わせて、うん、今日も可愛いわっ!


 お気に入りの紺のチュールワンピースにお着替えして、大切な鍵がかかってる四角いペンダントを首からかけたら完成ねっ! リビングに向かうと、そこにはわたしには家族がいるの。今はパパとお姉ちゃんっ! 二人とも男の人よっ!


「やあジェニー。我が娘は今日も愛らしいな。さあ、パパの胸に飛び込んでおいでッ!」


 これがわたしのパパ、名前はマイケルっ! 両手を広げてわたしを待ってる今は裸よっ! また筋トレでもしてたのかしら? ツルツルの頭にまでダラダラと汗をかいてて、とっても気持ち悪いわっ!

 髪の毛は全然ない癖に、口元とお股には立派な金色のおヒゲが生えてるの。毛根を植える場所を間違えちゃったのかしら? おっちょこちょいさんねっ!


「もーっ! パパったらー。家の中ではお風呂以外で脱がないでっていつも言ってるじゃないっ!」

「HAHAHAHAHAHAッ! すまないなあ我が娘よッ! 今日も私の筋肉が調子良くてな、ついッ!」

「ああいけない、こんな見苦しいものを一般公開するなんて公安による検閲が入るに違いないわっ! 早く刈り取らなきゃっ!」

「おいおい冗談に聞こえないぞ、我が娘よ?」


 パパのお仕事は筋肉ムキムキマッチョマンの小説家さん。何も間違っちゃいないわっ! メインは純愛モノで、乙女心の伝道師って言われてるのっ!

 でもメディアには絶対に顔出ししないでください、って出版社からはキツく言われてるわっ! 面白いわよねっ! あと草刈り用の大型剪定ばさみ、どこにしまったのかしら?


「おはようジェニー。よく眠れたかい?」

「あ、お姉ちゃんっ!」


 ハサミを探していたら台所から声をかけられたわっ! 顔を出したのはわたしの七つ上のお姉ちゃん、ノアよっ!

 高校指定の灰色のズボンにえんじ色のブレザー、その上に白いエプロンを着てるわっ! 金色の短髪を揺らしながらわたしと同じ碧色の目で笑いかけてくれる、とっても可愛いお姉ちゃんよっ!


「ジェニー? 何度も言ってるけど、僕は男の子だよ」

「嘘つきっ! お姉ちゃんはお姉ちゃんだもんっ!」

「いや嘘じゃないからねッ!?」


 生まれてくる時に性別を間違えちゃったのかしら? パパと同じおっちょこちょいさんねっ! 血は争えないってやつかしら? この前も学校のミスコンって奴でお姉ちゃんは優勝してたもんっ! 他の女の人なんかよりも、断然可愛いんだからっ!


「それに昨日だって、下級生の男の子に告白されてたのを見たんだからね。男の娘だから良い、なんて情熱的な告白だったわっ!」

「待ってジェニーッ! その話誰に聞いたんだいッ!? 誰にも言ってないのに」

「そんなの、告白してきた男の子の相談にわたしが乗ってあげたからに決まってるじゃないっ! ちゃんと草むらの陰から全部見てたんだからねっ! 写真だって撮ったわっ!」

「ええええ……」


 色んな男の子から声をかけられるのに、いっつもお姉ちゃん目当ての人ばっかり。わたしだってこんなに可愛いのに、みんな見る目がないわね、全くっ!

 でもお姉ちゃんって写真でも可愛いのよね。みんなからもお姉ちゃん可愛いって、写真の奪い合いになるくらいだもの。直接見ても良いし写真写りまで良いなんて、ホントにズルいわっ!


「待ってジェニー。ひょっとして最近、僕の写真が高値で取引されてるのも……?」

「……しーらないっ!」


 何かに気づいたお姉ちゃんがわたしを見てきたけど、わたしはなんにもしーらないっ! お姉ちゃんのオフショット写真をスマホで撮って、一枚いくらで売ってお小遣いにしてるなんてこと、わたしは知らないもーんっ!


「ねーねーお姉ちゃんっ! そんなことより朝ご飯はーっ!?」

「あ、ああ。もう、出来てるん、だけど……後でゆっくりお話を聞かせてね、ジェニー?」


 お姉ちゃんこわーいっ! 目が本気中のマジになってるっ! わたしたち姉妹なのに、いけないこと、されちゃうの? お姉ちゃん……?


「はいはい、そろそろ二人とも学校に行く時間だ。仲良しは良いことだが、今はお姉ちゃんの作ってくれたご飯にしよう。何よりパパも腹が減ったからなっ!」


 さっすがパパっ! 全く空気が読めないところが素敵っ! 素っ裸なところはドン引きっ! あとお姉ちゃんの不服そうな顔も可愛いわねっ! また写真撮っておかなくちゃっ!

 これがわたしの家族よっ! あとはママもいるんだけど、ママは今遠くに行ってていないの。でも次の誕生日にママのお話してくれるってパパが言ってたわっ! つまりママに会えるのね、楽しみだわっ!


「はい。じゃあ二人とも、パパと一緒に手を合わせて~……」

「「「いただきまーす」」」

「強盗だッ! 金を出せッ!!!」


 わたし達は早速ご飯を食べ始めたわ。今日の朝食はトーストにハムエッグ、グリーンリーフのサラダにミルクよ。さっすがお姉ちゃんっ! いつ見ても美味しそうだわっ! そしてもちろん、食べても美味しいのっ! 良いお嫁さんになれるわねっ!


「こーら、ジェニー。パンにハチミツをかけ過ぎだよ。虫歯になっちゃう」

「えー? いーじゃんっ! お姉ちゃんだって、ベタベタになるくらいまでマヨネーズ使いまくってる癖に~っ!」

「マヨネーズは良いんだよ。神の調味料だから」

「おいッ! 聞いてんのかお前らッ!?」


 マヨラーのお姉ちゃんだけには言われたくないな~。お姉ちゃん、ハムエッグにもトーストにもミルクにもマヨネーズかけるんだもの。わたし、疲れてるのかしら? マヨネーズの乗ったミルクが新しいフラ●ペチーノに見えたわっ! 


「HAHAHAHAHAHAッ! 今日もみんな元気で良いなぁッ!」

「もうっ! パパったらまたこぼしてるじゃないっ!」

「おっと、パパの息子にハチミツがかかってしまったぞ。HAHAHAHAHAHAッ!」

「無視してんじゃねーぞゴルァァァッ!!!」


 あれ? そう言えば聞きなれない人の声がするわ。誰だろう、お客様かしら? お客様ならティーとお菓子を用意しなきゃっ! 


「んんん? 誰だい、パパ達の家族団らんを邪魔するのは?」

「って、誰だ君ッ!? そ、それに手に持ってるのは……」

「やっと気づいたかそこの女ァッ!」


 わたしとパパとお姉ちゃんが一斉に振り返ると、そこには目と鼻の部分にしか穴が空いてない黒い覆面を被って、こちらに銃を向けてる男の人がいたわっ!


「ご、ごごご強盗じゃないかッ!!!」

「お、おおお落ち着くんだ娘達よッ! ぱ、ぱ、パパが守ってやるからなななな……ッ!」


 状況に気が付いたお姉ちゃんとパパがガタガタ震えているわっ! もうっ! パパがそんなんじゃ駄目じゃないっ!


「大人しくしろッ! 金を出せッ! そうすれば命までは取らないッ!」


 強盗さんはそう言って銃口をわたし達に向けているわっ! でも大丈夫っ! どんな時でも乗り越えられる魔法を、わたしは知ってるわっ!


「こういう時は笑うのよっ!」

「じぇ、ジェニー? な、何を言っているんだい……?」


 お姉ちゃんが怖がってるわっ! も~、怖がってるお姉ちゃんも可愛いっ! ズルいっ! わたしもいずれこうなるんだからねっ!


「苦しい時ほど笑いなさいって、この前学校で習ったものっ! 講演会に来てた偉い先生が言ってたんだから間違いないわっ!」

「そ、そうか。偉い先生が言っていたのなら、間違いはないな……」

「パパも賛同してくれたわっ! さあ、お姉ちゃんも一緒に笑いましょうっ!」

「ほ、本当に大丈夫なのかい……?」


 大丈夫よっ! だって偉い先生が言ってたんだからっ!


「さあっ! みんなで一緒に笑いましょうっ! せーのっ!」

「「「HAHAHAHAHAHAッ!!!」」」

「何笑ってんだテメーらァァァッ!!!」


 こうして、わたし達は偉い先生の言う通りに従って笑ったのよっ! でも強盗さんは怒っちゃったの。ざっくりと今まで思い返してみたけど、結局さっぱり解らないわ。

 偉い先生の言うことでも、何ともならないこともあるのね。生きていくのって難しいわっ! また一つ賢くなっちゃったっ! これで次のテストでは満点間違いなしよっ!


「いい加減にしろァァァッ!!!」


 遂には天井に向かって発砲されちゃったわっ! わたしもお姉ちゃんもパパもびっくり仰天よっ! わたしに次のテストを受けるまでの命があるかしらっ!?

 開幕から一家揃って、絶体絶命ってやつだわっ!

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