第二話① 男の娘が可愛いって? おいおい、そりゃ興奮してくるじゃないかッ!


 やあ、僕はノア。ジェニーのお兄ちゃんで、パパの息子さ。もう一度言うよ? 僕はジェニーのお兄ちゃんで、パパの息子だ。今だって学校指定のえんじ色のブレザーに、灰色のズボンを履いてる。それは男性用だ。

 つまり何が言いたいのかだって? おいおい、ここまで言ってもまだ解らないなんてことがあるのかい? 答えは単純さ。モンキーもウッドからテイクオフくらい、簡単な話じゃないか。


 僕は男の子だ。間違えないでよね。


「さて、と。身だしなみは大丈夫かな?」


 ジェニファーを見送った後、僕は自室に戻って姿見で自分の姿を確認する。綺麗に整ったパパ譲りの金色の短髪。大きい碧眼に、成長期に入っても髭も産毛も一向に生えてこない顔。腕毛もないツヤツヤの腕に細身の身体、薄い胸板、狭い肩幅。くびれのある腰に、マヨの取り過ぎか少しお肉がついてきたお尻に対応するムチムチの太もも。ズボンを捲り上げてみても、すね毛のない足。

 うん、何処からどう見ても男の子だ。


「よし。じゃあ僕も学校へ行こうかな。行ってきます、パパ」

「おおッ! 行ってらっしゃい、お姉ちゃん」

「だからお兄ちゃんだっつってんだろッ!」


 小説家なのに筋トレを始めているパパに挨拶をして、僕も家を出た。目指すのは高校であるメンタースピリットオデッセイチャーマー、通称メスオチ高校さ。指導者によって健全な精神と知的探求心を持った魅力ある人を育てるっていう意味が込められているらしいけど、略称からは悪意を感じるね。

 そんな高校への登校途中。一人の茶髪の男性が話しかけてきたよ。


「ねえねえ君可愛いね。良かったら俺とお茶しないかい?」


 僕は足を止めないままだったけど、男性は僕の隣についてきたよ。ったく、またナンパだよ。


「悪いけど、僕は男の子だから」

「何だってッ? その見た目で男ッ!? 最高じゃないかッ!」


 どうしてこうなるんだよ。


「ますます気に入ったよ。デート代は出すし、何なら欲しいものだってたくさん買ってあげるよッ! どうだい、この後……」

「あんらぁッ! アタシの連れに声をかけてるのは、何処のど、な、た?」


 何て言って断ってやろうかと頭を回してたら、また声をかけてくる人がいたよ。この野太い声は。ああ、なんだ。来てくれたんだね。


「ゴンザレス」

「おっはよ~、ノアッ! 相変わらず綺麗ね、嫉妬しちゃうわッ! あとはアタシのことはゴンちゃん、って呼んでくれなきゃ駄目じゃな、い、の~ッ!」

「な、な、なんだコイツゥゥゥッ!?」


 振り返ってみれば、そこにはウチのパパよりも大きいガタイを持った、剛毛で黒髪モヒカン頭の筋肉モリモリマッチョマンの女装男子、ゴンザレス=マルティネスがいたよ。同じえんじ色のブレザーを着てるけどそれは女子用で、灰色のスカートからは盛り上がった太ももが垣間見える、僕の親友さ。


「ごめんね、ゴンちゃん。またちょっと、絡まれちゃってさ」

「んまッ! ナンパッ!? 嫌らしいッ! ノアが綺麗だからってお持ち帰りしようとしてるのねッ! そうはさせないわよッ! 何なら代わりにアタシが相手してあ、げ、る」

「おおっと、そろそろ怪しげな健康器具を売る通販番組の時間じゃないかッ! んじゃ、俺はこの辺でッ!」


 ゴンザレスことゴンちゃんが男性にすり寄っていくと、彼はそそくさとその場を後にしたよ。なんだ、根性のない。この前のゴンちゃんを押しのけようとしてた奴に比べたら、小心者だったね。


「ありがとうゴンちゃん。今日の奴もしつこくてさ」

「も~ッ! ノアは可愛いんだから、気を付けないと駄目でしょ? アタシが間に合ったから良かったものの」

「ごめんごめん、油断してたよ。お詫びに今日の放課後はカフェを奢りたいんだけど空いてるかな? 最近できた新しいお店だよ」

「んまッ! それは初耳ねッ! 行きましょ行きましょッ! アタシ達の女子力アップにも、スイーツは欠かせな、い、わッ!」

「僕は要らないんだけどね、女子力とかいうパラメーター」


 そうやってゴンちゃんと話していたら、あっという間にメスオチ高校に着いたね。ゴンちゃんとは同じクラスだから、二人して同じ教室に入るよ。


「よー、ノアにゴンザレス。相変わらずの美女と野獣ビューティーアンドビーストだな」

「んもう、からかわないでよねッ! アタシが美女ビューティーだな、ん、てッ! キャッ!」

(((お前が野獣ビーストだよ……)))


 クラスメイトの一人が囃し立ててくると、ゴンちゃんは嬉しそうに両手を頬にあてて喜んでるね。それを見たクラスメイト達の心が一つになった気がしたけど、まあ多分気のせいだよね。

 諸々を気にしないで席についた時に、教科書を持ってくるのを忘れたことに気づいたよ。全く、うっかりさんだな、僕は。席を立って廊下に行き、自分のロッカーを開けたその瞬間。中からたくさんの手紙が落ちてきた。


「あんらぁ、今日も大漁じゃないのーッ!」

「人のロッカーを定置網みたいに言わないでくれないかい?」


 教室内から声をかけてきたゴンちゃんが、完全に他人事だね、全く。スマートフォンが普及したってのに、こういうラブレターとか古典的な方法もまだ健在なのは嬉しいやら悲しいやら。永遠とチャットアプリでポエムを送りつけてくる奴よりは百倍マシなんだけど、それはそれとしてこういうのは無碍にし辛いんだよ。

 とりあえず一つを手に取って開いてみると、そこにはこんな文章があった。


『君の腋を舐めたい』

「ど、どうしたのよノア? そんなに勢いよく手紙を破いて?」

「ごめん、抑えられなかった」


 勢いだけで破っちゃったけど、まるでシュレッダーにかけたかのように細かくなったよ。もしこれを書いた奴がクラスの中にいるなら、僕の想い、伝わったかな? 二度と関わってくんな。


「ちょっと、廊下を汚さないでよノアッ! ちゃんと掃除してッ!」

「げっ。サラ」


 するとそれを見た一人の女の子が声をかけてきたね。彼女の名前はサラ=ミラー。赤い髪の毛を七三の所でかき上げた、ウェーブがかった髪型の彼女。パッと見て男性の目を引くスタイル抜群の彼女。今年に一緒のクラスになってから僕が後押ししたこともあって当選した、僕らのクラスの学級委員長さ。

 そんな彼女が今、僕の方を見て顔をしかめている。ああ、怒ってるねこれは。またお説教かなあ。


「げっ、とはまた失礼じゃない。私の名前の何処にげっなんて単語が入ってるのかしら?」

「気のせいだよ。げっ、なんて意味のない言葉さ。ジャパニーズ枕詞、だっけ? そういうやつだよ」

「私が注意すると毎回毎回げっ、って言ってなかったかしら? 気のせい? それも気のせいだっていうんなら、随分と勤勉な枕詞ですこと。ジャパニーズのワーカーホリックは言葉にまで及んでるのね。たまにはお休みしても良いんじゃなくて?」

「休暇は申請制だからね。向こうから願い出てこない限り、僕も勝手なことはできないのさ」

「じゃあそんな真面目な枕詞さんを見習って、アンタも早く掃除しなさい。紙が床に散らばってるわよ」

「あー、うん。解ったよ」


 結局は彼女に言われるがまま、掃除をすることになっちゃったね。自分で蒔いた種っていうか、勝手に植え付けられた種だけど、散らかしたのは事実だし。ちなみにゴンちゃんは手伝ってくれなかったよ。流石は僕の親友だ、線引きがしっかりしてる。

 ところでこのラブレターって生ごみかな? だって表現が生々しかったからね。ジャパニーズHENTAIも、ちゃんと土に還ることを願うよ。地球の為に。


「……もう。ちゃんとしてたら、綺麗でカッコ良いのに」

「何か言ったかい、サラ?」

「何でもないわよッ! さっさとしなさい、授業始まっちゃうでしょッ!?」


 ふと耳に聞こえた気がしたけど、怒られちゃったよ。やれやれ、悲しいことだね。僕はため息をつきながら掃除をして、終わった後にカバンに入れておいたマイマヨネーズを飲む。

 ふう、一仕事終えた後のマヨは格別だね。


「「あとそのマヨネーズをやめろ」」

「HAHAHAHAHAHAッ!!!」


 ゴンちゃんとサラにハモりながら言われちゃった。君たちはマヨえる戦士じゃないからね。この素晴らしさを分かち合える人は、なかなか現れてくれないんだ。

 全く。世界広しと言うくらいなんだから、戦士達が百万人くらい居ても良いんじゃないのかい? 神の調味料を、もっと讃えるべきだよ。そうは思わないかい? えっ、思わない? HAHAHAHAHAHAッ!!!

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