第一話③ 股間に蹴りが刺さった? それはいけない、花粉症の症状ですよッ!
「どうしたんだい、ジェニー? ぼくからそんなに離れちゃってさ」
「危険が危ないのよっ!」
心底不思議そうなハワードに対して、わたしはごく自然に身の危険を感じていたわっ! 出入口は彼の後ろにしかないし、理科準備室は二階。今までみたいの窓から逃げることもできない。
どうしましょう、袋小路ってやつだわっ! 追い詰められた哀れなネズミちゃんがわたしなのねっ! ちゅーちゅーっ! グルグル回りながらトレインしたい気分になってきたわっ!
「そんなことないさ。ぼくが君を害するなんてことは、例え宇宙が終わったとしてもあり得ない。ぼくがするのは、君を愛することだけさ。無限に有限な愛を、ただひたすらに君という器に注ぎ続ける。零したって構わない。零れたなら、また注げば良いだけだからね……あああッ! ぼくの愛で内も外も満たされた君は、一体どれほど美しいことになるんだろうかッ!? それを言葉で表せない、そして絵画にもメロディにも乗せられない自分の無力さが恨めしくて仕方ないッ! 君という美を表現し切れる程の芸術性がッ! 永遠に記録できる術がッ! ぼくには存在していないんだッ! ああ無力ッ! 無常ッ! ぼくという存在のちっぽけさが、こんなにも悔しいことだったなんてッ!」
何を言っているのか一ミリも理解できないわっ! 頭が理解を拒否してるものっ! 脳みそが拒絶反応を起こすなんて、もうこれ生存本能じゃないかしらっ!?
「……でもね、ジェニー。ふざけているように聞こえてるかもしれないけど、ぼくは本気だよ?」
するとハワードが、わたしの方を真剣な表情で見つめてきたわ。な、何よその顔は。ハワードの癖に。
「ベラベラと愛を垂れ流してるぼくを見て、君はいつも辟易したような顔をしているよね? でもね、考えてみて欲しい。ぼくがこんなことをしているのは、君だけなんだって」
すごく真剣な顔で、ハワードはそう言っていたわ。確かに彼はクラスの中でとても成績優秀で浮いているけど、他の生徒にそういうことをしてるところは見たことないわ。他のクラスメイトとは普通に話してるし、ルーカス先生の評判も悪くはない。
一方でわたしは、ルーカス先生には目を付けられてるし、エマにはEGK叩き込まれてるしで、今さらながらに変に目立っている気がしてるわ。クラスメイトとも普通に話せないことはないけど、そこまで深い仲でもないし。JCのお客さんは供給者と消費者の関係だし。こんなに真っすぐにわたしに向かってきてくれているのは、エマを除けば彼だけね。
「ぼくは君を愛してる。君を幸せにしたいって気持ちは、本気なんだ。それは、解ってくれるかい?」
「…………」
わたしはハワードのその言葉と視線に、何も返せなかったわ。自分に向かって、真剣に想いを伝えてきてくれる彼に。
「ジェニー。確かに、ぼくはまだ子どもだ。君より一足早く十歳になったばかりだけど、世間からしたら一介の小学生に過ぎない。経済的に君を養うことも、社会的に君を認めさせることも、ぼくにはできないんだ。だけどね、それでもぼくは、君を愛することができる。経済も社会も後回しさ。そんなものは、時の流れと共に可能になってくる。でも、愛だけは別だ。愛だけは早すぎるなんてことも、遅すぎるなんてこともない。小学生だろうが大人だろうが、それこそ幼稚園児からお爺ちゃんお婆ちゃんになってからだって、愛は育める。だからぼくは、何度でも君に言うよ」
顔を上げて、わたしは彼を見た。右手を真っすぐにわたしに伸ばしてくれるハワード。その顔はとても優し気で、そして微笑んでいたわ。
「君が好きだ。愛してるんだ。だから、この手を取って欲しい。ぼくが君を、世界で一番幸せな女性にしてみせる」
優しいながらに決意をみなぎらせたハワードのその言葉に、わたしの胸が高鳴ったわ。同時にあふれ出してくる、彼への想い。言葉が次々と思い浮かんでくるけど、ううん。ベラベラ喋るのはわたしらしくない。一言で、スッと。彼にこの気持ちを伝えられたら、それで良いわ。それがわたしらしさってもんなのよ。
わたしは息を吐いて、そして大きく吸い込むと。彼に向かって言い放ったわ。受け取って、わたしの想いをっ!
「絶っっっ対にNOぉぉぉっ!!!」
「HAHAHAHAHAHAッ!!!」
拒絶百パーセントの言葉を投げたら、ハワードが愉快そうに笑っていたわっ!
「酷いじゃないかジェニー。ぼくがこれだけ真剣に君のことを想っているっていうのに、何が不満なんだい?」
「オール、オブ、ユーッ! 君のことを想っているっていうのが、最高に気味が悪いわっ!」
「おいおい、ぼくの全部なんて酷いじゃないか。それに君だけに気味が悪いなんて、これは傑作だねッ! HAHAHAHAHAHAッ!」
それよりも早くこの部屋を出ることが先決ねっ! ストーカーと密室空間で二人っきりなんて、精神衛生上良くないわっ!
「グッバイハワードっ!」
「ポウッ!?!?!?」
だからわたしはハワードの股間を蹴り上げてやったわっ! 男の子はここを攻められると弱いのよっ! 生物学的弱点ってやつねっ! 足の甲に変な感触があったから、後で殺菌しないといけないわっ!
ハワードは奇妙な声を上げると白目をむいたっ! こうかはばつぐんよっ! おとこのこタイプはおんなのこタイプに弱いのっ! 世界の真理ねっ!
「お、おおおお……っ!」
「シーユーネバーっ!」
股間を押さえてうずくまったハワードの横を通り抜けて、わたしは優雅に理科準備室を後にしましょうっ! バイバイハワードっ! 二度と会いたくないわっ!
そしてミッションコンプリートっ! ルーカス先生も撒けたし、ハワードもノックアウトよっ! ウィナー、ジェニファーっ! ゴングの音が高らかに聞こえてきそうねっ!
今日は一日厄日かと思ったけど、案外何とかなるじゃないっ! やっぱり運命は自分で切り開かなきゃ駄目なのよっ! 囚われの身となった助けを待ってるお姫様なんて流行らないわっ! 今時の女の子は、囚われた檻を素手でブチ破って、見張りも黒幕も全部なぎ倒していくくらいじゃないとっ!
スーパーマンの時代は終わったわっ! これからはスーパーウーマン、ジェニファーの時代よっ! わたしは時代のパイオニアっ! パイオニアなのにおっぱいが小さいのが悔やまれるわっ!
でも大丈夫っ! 写真で見たママはおっきかったのっ! わたしの身体は遺伝子的に勝ち組なのよっ! 約束された勝利のおっぱいっ! エクスカリバーがハンケチを噛んで悔しがる姿が目に浮かぶわねっ!
そのまま意気揚々と理科準備室の扉を開けたら、
「ウェルカム」
目の前に笑顔のルーカス先生がいたわっ! 残念っ! ジェニファーの冒険はここで終わってしまったっ! めのまえがまっくらになったわっ! その後、ジェニファーの行方は杳として知れない、ってやつねっ!
シーユーネバー、わたしっ!
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