第四話④ 秘密、真実。どれも甘くて魅惑的な言葉だ。知りたいって思っちゃうんだ。
「ねー、パパ。せっかくの十歳なんだし、わたしお誕生日ケーキはお城くらい大きいやつが欲しいわっ! 駄目?」
「HAHAHAHAHAHAッ! ジェニー……パパにもできることとできないことがあるんだよ」
いよいよわたしのお誕生日会が来週の日曜にになったわっ! ケーキの予約をする為に男島(メンズアイランド)にパパと来たんだけど、要求が却下されちゃったわっ! お財布事情ってやつなのねっ! これがあれね、ないものは出せないってやつっ! 世知辛いわっ!
「常連のマイケルの娘の要望なら、作れないことはないんだが……」
「でもお高いんでしょう?」
「もちろんだッ! 我々はケーキ作りに手を抜かんからなッ! それなりの金額は覚悟してもらおうッ!」
ケーキ屋さんのリーゼントのおじさんとパパが話してるけど、やっぱりお安くはないのねっ! ざっと見積もってもらったら、ゼロの桁が普段見たことないものになってたわっ! これってわたしのお小遣い何か月分かしら? パパが苦い顔で笑ってるくらいよっ!
「HAHAHAHAHAHAッ! ……ごめんねジェニー。パパの小説が映画化でもすれば、お金も入ってくると思うんだけど」
「えー、けちー」
ぶーぶー文句を言ったけど、結局は普通のお誕生日ケーキを予約したわ。わたしの大好きなショートケーキだったけど、やっぱり大きさが足りないわね。十歳のお誕生日なんだから、ケーキも十倍にしてくれても良いのに。
お誕生日会だって、本当は今度行われる野外フェスくらいの規模でやって欲しかったわ。だって初めて二桁の歳になるのよ? それにママも帰ってくるっていうんだから、それ相応の舞台が必要だって言ったのに。世の中お金がない人には厳しいのね。ぷんぷんよ。
「そう言えばお姉ちゃん、最近元気ないみたいだけど、どうしたのかな?」
ケーキ屋さんからの帰り道。わたしはパパに聞きたかったことを聞いたわ。そうなの。最近お姉ちゃん、思いつめたみたいな顔してて元気ないんだ。せっかくのわたしのお誕生日会が迫ってるっていうのに、どうしちゃったのかしら? 遂にマヨネーズの摂り過ぎで、身体に異常が出始めちゃったかな?
「……ああ。お姉ちゃんなら、大丈夫さ。だってジェニーのお姉ちゃんだからなッ!」
「? う、うん」
それに対して、パパは答えになっているのかなっていないのか微妙な返答をしてきたわ。お姉ちゃんなら大丈夫って、一体どういうことなのかしら? さっぱりさっぱり解らないわ。
「ただいまーっ!」
「あっ、ジェニー……おかえり」
家に帰ってきたけど、お姉ちゃんは少し小さい声でお返事してくれたわ。うん、やっぱり何か変よ。全然元気がないんだもの。変だわ変っ!
「お姉ちゃん、体調でも悪いの? 今日はわたしがご飯作るよ?」
「い、いや、大丈夫だよジェニーッ! ご飯は僕の担当だからね。これくらい、へっちゃらさ……」
晩御飯作るの代わるよって言っても、お姉ちゃんは大丈夫だって言ってきたわ。でもその後の様子が、全然大丈夫そうに見えないのっ! だっていつもより、摂取するマヨネーズが少ないんだもんっ! いつもは晩御飯で一本吸い切っちゃうのに、今日は半分くらいしか飲んでなかったわっ! あのお姉ちゃんがっ!
でもお姉ちゃんもパパも、大丈夫って言うばかりで、病院に行ったりもしないの。どうしてなのかしら? もしかしてお注射が怖いのかしら? もう、お姉ちゃんったらっ! そんなところまで乙女なんて、相変わらず可愛いんだからっ!
とは言っても、結局原因は解らないまま。首を傾げたまま次の日になって、わたしはいつものように学校に行ったわ。お昼休みになって、エマや他の仲の良い子に招待状を渡すの。もちろん、わたしのお誕生日会の招待状よっ! 綺麗な紙を切り貼りして、昨日徹夜して作ったわっ! 嘘よっ! 夜はちゃんと寝たわっ!
「はいエマっ! 今週の日曜日だから、ちゃんと来てねっ!」
「うんジェニー、必ず行くよ。確かマンデーだったよね?」
「エマ、マンデーは月曜日よっ! ナイスジョークっ!」
「前に自分で言ったんじゃない。その脳みそに膝を入れて直してあげようか?」
「HAHAHAHAHAHAっ!」
エマの目が本気中の本気になってるっ! 笑って乗り切るわよっ! そう言えば自分でそんなこと言った覚えもあったりなかったりモハメド●アリよっ! バタフライのようにダンシング、ビーのようにアタックよっ! エマにだって負けないんだからっ!
「それで誤魔化せると思わないことね」
「げふぉぁぁぁっ!?!?!?(可憐)」
駄目だったわっ! エマのEGKがまたわたしの鳩尾を捉えてきちゃったっ! 可憐なうめき声と共に、わたしはまた床にうずくまることになっちゃったっ! バタフライはウイングを、ビーはニードルをロストしたわっ! 痛いっ! 痛すぎるっ! ぴえんっ!
そんなわたしに対して話しかけてくる声があったわ。男の子の声ねっ! 誰かしら、イケメン?
「ジェニー。ちょっと、良いかい?」
ハワードだったわ。アメリカンガッデムっ! お呼びじゃないわっ!
「なに、ハワード? わたし今、エマとお話してるんだけど」
「君たちのお話っていうのは膝を鳩尾に入れることなのかな?」
「これも私の愛情表現よ。ねー、ジェニー?」
「はい、エマ様」
「気のせいかな? 上下関係っていうものを目の前でまざまざと見せつけられてる気がするよ。まあ、ぼくの中での一番上は君なんだけどね、ジェニー」
良いのよ、わたし達は友達なんだからっ! この痛みも友達をするうえでの必要経費ってやつねっ! 早く事業仕分けして、経費節減しなきゃっ! 保たないわ、主にわたしのお腹がっ!
って言うかこの似非ギリシャ人。何気なく会話に混ざってきちゃったけど、もしかしてわたしのお誕生日会に来たいのかしら? お断りしたいわっ! だってわたし非公式のストーカーなんかが来ちゃったら、お誕生日会が全然楽しくなくなっちゃうものっ!
「もしかしてわたしのお誕生日会に来たいの? ごめんねハワード、このお誕生日会は人数制限が……」
「もちろん行きたいさ。でもねジェニー。その前に僕と二人で、お話しないかい?」
お断りしようと思ったら、言葉を被せられたわっ! ハワードと二人でお話? 絶対にノーねっ!
「七時から空手の稽古があるの。付き合えないわ」
「今日は休もう……それはそれとして、本当に良いのかい? ぼくが話したい内容は、君にとってはとてつもなく大きなものになると思うよ? それこそ君の認識を一変させちゃうくらいには、大きいものだ」
いつもならこれで引き下がる筈のハワードが、今日はやけに食い下がってくるわ。しかもわたしにとってとてつもなく大きいお話? 一体なんのことかしら? 以前の活きの良いイルカよりも気になっちゃうわっ!
「そんなこと言って、本当はジェニーとお話したいだけなんじゃないの?」
「もちろんそれもあるさ。ぼくだって健全な男の子だからね。好きな子と二人っきりでお話したい、なんて欲望があることは否めないよ。むしろそれを否定してしまったら、ぼくはぼくじゃなくなってしまうのさ。ジェニーを好きじゃないぼくなんて、ぼくじゃない。ぼくはジェニーが好きだからこそ、ぼくという個人として成り立っていられるのさ」
気にはなったけど、こんなこと言ってるストーカーと二人っきりなんて、鳥肌がスタンディングオベーションよっ! 身体中が拍手喝采と共にノーを言ってるわっ! ありかなしかで言ったら、あり得ないっていうやつねっ!
「気持ちは嬉しくないんだけど、やっぱりわたしお断りさせて……」
「君のママについて」
でも次にハワードが言った言葉に、わたしは食いつかずにはいられなかったわ。彼は今何て言ったのかしら? 君のママについて、って言ったのよっ! ハワードが君のママということはつまり、わたしのママのことについてってことよねっ! ええええっ!?!?!?
「知りたくないかい、ジェニー? 君のママについてのお話をさ」
「な、なんでハワードがわたしのママのこと、知ってるのよ……」
「偶然さ。偶然耳にしたことを調べたら、真実にたどり着いちゃったんだ。街の図書館で過去の新聞を読み漁る趣味が、こんなところで役に立つなんてね。でもこの偶然の全ては、運命だったと思ってるよ。こうして君のママについての真実を、知ることができたんだからね。ぼくは君に隠し事はしない。未来の妻に、隠すことなんてないからね。ただし、君は知りたくないって言うんなら、別に話したりはしないよ。知りたくないことを無理矢理聞かせるというのは、時に暴力にもなりうるからね。ただ、僕は知っているということ。そして君が知りたいなら教えることもやぶさかでないことを、伝えたかったんだ。それだけさ」
いつものようにベラベラと喋っているハワードだったけど、わたしの意識は一点にしか集中していなかったわ。ママの真実。それが一体何のことなのか、気になって仕方ないの。
お姉ちゃんでもパパでもなく、どうしてハワードが知っているのか。彼は偶然だと言っていたけど、その偶然とは何だったのか。そしてもし真実があるのであれば、お姉ちゃんとパパはそのことを知っているのか。頭の中でグルグルグルグルと回って、目が回りそうよ。
「……ジェニー。別にこいつの話なんて聞かなくても良いと思うよ。家族のことなら、家族が教えてくれる筈。無関係なハワードの話なんて、聞かなくても生きていけるよ?」
「酷いなあエマちゃん。そこまで言うなんて、そんなにぼくのことが嫌いなのかい?」
「うん、キモイ」
「HAHAHAHAHAHAッ!」
エマの言ってることももっともだったわ。ママのことなら、お姉ちゃんかパパから聞くのが本当。ストーカーのハワードの言うことなんて、信じるに値しないっていうのも、普通よね。だって彼キモイし。
「……教えて、ハワード」
「オーケー、ジェニー。じゃ、向こうに行こうか」
「良いの、ジェニー? 私もついて行こうか?」
「ううん。一人で大丈夫よ、ありがとう、エマ」
でもそれも彼の話を聞いてから。何の話なのかを聞かないと、何も決められないわ。それにママのことなら、知りたいもん。例え誰から聞かされた話だろうと。
ここぞという時には心配してくれるエマに感謝しつつ、わたしはハワードの後についていったわ。
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