第三話② 小説家のお仕事第二ステージっ! ケーキ屋『男島』よっ!


 さあてっ! 第二ステージよっ! パパは引ったくり犯を警察に通報した後に、とあるケーキ屋さんにやってきたわっ!


「いらっしゃいませーッ!」

「「「いらっしゃいませェェェッ!!!」」」

「ケーキ屋、男島(メンズアイランド)へようこそーッ!」

「「「ようこそォォォッ!!!」」」

「HAHAHAHAHAHAッ! いつもながらに元気が良いな、ここはッ!」


 一人が声を上げると野太い声が何倍にもなって後に続くわっ! 山びこがビックリして廃業するレベルよっ! パパは嬉しそうだけど、ここは何処かのかしら? ハッ●テン場?

 ジェニー。君は一体何処でそんな言葉を覚えてくるんだい? ここはケーキ屋の『男島(メンズアイランド)』。野太い声の汗まみれで筋肉質な男性達が経営する、体育会系の本格派ケーキ屋さんさ。度々雑誌にも紹介されてるくらいの、繊細で美しいケーキが自慢だ。


 お姉ちゃんっ! 前半と後半の内容が全く結びつかないわっ!

 ジェニー。世の中には理解できないものっていうものが、たくさんあるんだよ。順番に覚えていこうね。あとケーキは本当に美味しいから、今度一緒に食べに行こう。


 わーいっ! お姉ちゃん大好きっ!

 ありがとうジェニー。そしてお兄ちゃんと呼びなさい。


「何しとるんだお前ェェェッ! クリームは繊細なんだから、もっと優しくっつってんだろうがァァァッ! 見ろッ! 可愛いイチゴちゃんが崩れちまってんじゃねーかァァァッッ!!!」

「はいッ! すみません先輩ッ!」

「罰として腕立て百回ッ! 終わるまでお前に泡だて器は持たせんッ!」

「解りましたァッ! イッチニ、サンシッ!」


 厨房では野太い声で激しい先輩の指導が行われているわっ! これがあの有名なご指導ご鞭撻ってやつなのねっ! イチゴのショートケーキの前で腕立て伏せを始めたあの人は、コックさんなのかしら? ボディービルダーにしか見えないわっ! なんで厨房にヨガマットが敷いてあるのかと思ったらそういうことだったのねっ! 衛生的に大丈夫なのかしらっ!?

 このお店はその見た目に反して、他の飲食店のお手本となるくらい衛生面にはうるさいらしいからね。具体的な方法までは解らないけど、多分大丈夫なんじゃないかな?


「お待ちどうさまァッ! 季節のベリーで彩ったレアチーズケーキ、いっちょ上がりィッ!」

「「「いっちょ上がりィィィッ!!!」」」

「ドリンクはアールグレイの紅茶でしたねェッ! こちらをどうぞォッ!」

「「「どうぞォォォッ!!!」」」

「ありがとう店員さん達ッ!」


 やがてパパが四号のレアチーズケーキと紅茶を持って席についたわっ! 傍らにはスマホと折り畳み式のブルートゥースキーボードがあるから、今から執筆するのねっ!

 イートインがあるケーキ屋さんで小説の執筆。文字にするとお洒落に見えるんだけど、僕の視線の先じゃ暑苦しいおっさん達がひしめき合う空間で、それに似つかわしくないケーキを食べてるムキムキのパパっていう地獄しか見えないよ。視力が悪くなっちゃったのかな? そろそろ眼鏡の購入を検討しよう。


「さあて、ケーキも食べ終わったし、早速仕事に取り掛かろうッ! 今日は連載中の原稿を上げなければなッ! 都合十巻かけてようやくくっついた二人を、読者の望むままにイチャイチャさせてやろうッ!」


 四号のレアチーズケーキを一人で食べきった、凄いわパパっ! ピザのエルサイズを二枚も食べてたのに、まだ食べられるなんてっ! お腹にカービィ●でも飼ってるのかしら? 飼われるにしても飼い主は選んだ方が良いと思うわっ! 家畜にも選ぶ権利はあるのよっ!

 十巻かけてくっついたってことは『あなたに届いた私の運命』シリーズかな。幼馴染の婚約を聞いてショックを受けた結果、運命の赤い糸が見えるようになった主人公の女の子。しかし運命の赤い糸は、何故かその幼馴染の男の子と繋がっていたことから始まった、純愛ストーリーだね。


 ねえお姉ちゃん。そんなお話を本当に全裸のパパが書いたの? ゴーストライター雇ってるとかじゃなくて?

 残念ながら本当なんだよ、ジェニー。世の中の真実ってやつは、いつも残酷なのさ。天使もテーゼを歌う訳だ。


「とは言っても、どうやってイチャイチャさせるかだよなぁ。まずは王道路線から……」



 今からご飯を作ろうと台所に立ったカーリーを、ジャックは後ろから抱きしめた。愛娘を抱きしめる父親のように力強く、そして飴細工を触るかのように優しく。そこには、彼が持つ彼女への想いが溢れていた。


「キャッ! んもう、ジャックったら」

「ごめんねカーリー。君の後ろ姿が、あまりにも魅力的でさ」


 少し不満げな顔を向けたカーリーに対して、ジャックは笑いかける。悪戯が見つかった子どものようなその笑顔に、彼女も微笑み返した。


「どうしたのジャック? そんなにお腹すいちゃった?」

「違うんだよカーリー。君が、魅力的過ぎるからいけないのさ」

「もう、何よそれ」


 笑いながら、彼らの唇は吸い寄せられていく。それが重なるのに、それほど時間はかからなかった。甘く、熱く、二人は舌を絡め合う。やがてそれは十年来の関係を埋めるかのように長く、そして激しいものになっていったのは言うまでもない。彼女が眼を閉じると、瞼の裏には彼と繋がっている赤い糸が見えた。

 幼馴染として腐れ縁のままに大きくなっていったカーリーとジャック。互いが互いを異性とも思わないままに大きくなり、そして彼に婚約者ができた時。彼女は大きなショックと共にこの力に目覚めたのだ。運命の赤い糸を見ることができる力。彼女は誰が誰と運命で繋がっているのかが、解るようになってしまった。


 そしてなんと、自分の運命の赤い糸は、あろうことは婚約者ができた筈のジャックと繋がっていた。それによって彼女は苦悩することになり、一時は彼らをくっつけようと奔走し、遂には彼との運命の赤い糸を断ち切るところまでこぎつけたのだが。


「あんっ! もう、まだ駄目。ご飯食べてから、ね?」

「おいおい。オレはカーリーが食べたいってのに、お預けかい?」

「私はデザートよ。ちゃんとご飯食べてくれたら、いっぱい味わわせてあげる」


 結局。運命には逆らえなかった。ようやく断ち切ったその時に、カーリーは初めて彼への想いを自覚したのだ。

 しかし自分で後押ししたことで婚約は進み、最早式場まで予約してしまった始末。互いの両親への顔見せまで済んでしまっており、ここからの挽回などあり得るのかと絶望したのだが。


「本当かッ! そりゃあ腹を空かせておかないとなッ!」

「んもう。昔っからスケベなんだから」


 最後の最後で、彼女は彼へと踏み出したのだ。その結果が、今のこの光景だ。目の前にいるのは幼馴染にして最愛の人となったジャック。失ったものも多かったが、代わりに手に入れたのは唯一無二のかけがえのないものであった。

 だから、彼女には後悔なんてない。彼の微笑み以外に、欲しいものなんてないのだから。



 ねえお姉ちゃん。わたしの目がおかしなことになっちゃったわ。あのすっぽんぽんのパパから、こんな純愛ストーリーが生まれる訳ないじゃない。ねえ、パパは大丈夫なの? 誰かに人格を乗っ取っられたりしてない?

 うん。僕も未だに信じられないんだけど、パパは正真正銘の乙女心の伝道師だよ。女性からの圧倒的支持がある所為で、一般社会じゃとてつもない美少女が書いてるって思われてるんだ。だからジェニー。パパが作家だって書いても良いけど、ペンネームのラブリーチャーミーだけは書いちゃ駄目だよ。多分信用されないとは思うけど、サラ辺りには絶対に言えない情報だからね。サイン会すら郵送で済ませる程、徹底した情報統制っぷりなんだから。


 パパのペンネームってラブリーチャーミーだったのねっ! ここまで名前負けというか、名が体を現さない事例なんて初めてよっ! わたしも未だに脳みそが理解を拒んでいるものっ! 理屈は解っても感情が置いてけぼりっ! 周回遅れになってるわっ!

 感情ちゃんをなるべく早めにピットインさせてあげてね。ドリンクとタオルも忘れずに。


「駄目だッ! こんなんじゃ足りないッ!!!」


 すると途中まで原稿を進めていたパパは、突然大きな声でそう言ったわ。


「十巻だぞッ!? 十巻もかけてようやくくっついた二人が、こんなありきたりなイチャコラだけなんて読者が納得するのかッ!? まだだッ! まだいける筈……ッ!」


 そうしてパパはおかわりした紅茶を一気飲みすると、もう一度キーボードを叩き始めたわっ!

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